第254話

 前回は酒臭く、今回は乳臭い。アローズを追っている記者さんからどう思われているか心配になりながら、俺たちは試合後会見の会場へ入った。

「まあ今回は失敗したけどよ。あの戦法の威力は確認できたし、ショーキチ監督からアドバイスも貰ったからウチの悪ガキどもも、もっとやれると思っているよ」

 タイミングとしてはサンダー監督が締めの言葉を述べている状況だったらしい。決めのシーンを邪魔しないように、俺はこっそりと壁際に立った。

「なんと! どんな助言を?」

「それは女と男の睦言だからよ、ここでは言えないな!」

 エルフの記者さんの質問に彼女は笑顔で首を横に振る。てかサンダー監督、言葉の選択をミスってますよ!

「ブヒッヒ! ショーキチ監督、せめて差し障りのない所だけでも、いや差し障りのある所を是非とも教えて貰えませんかね?」

 ふと、俺の存在に気づいたオークの記者さんが壇上にいない俺に話を向ける。いや何で積極的に差し障りのある部分を聞く!? 別に存在しないけど!

「(ショーキチにいさん、選手だけやなくて監督にまで手を出すようになったん?)」

「(確かに監督会議の時からその片鱗は見せてたわねー)」

 そう後ろで囁くのは記者会見への出席を求められついてきたレイさん(プレイヤー・オブ・ザ・マッチ)とシャマーさん(キャプテン)だ。

「(そんな事ありません! てか選手に手を出した事にも勝手にしないで!)」

 俺は慌てて二名に注意をすると、記者さんの方へ向かって首を横に振った。

「ノーコメントで」

「ブヒブヒ、『監督同士で親好を暖めた熱い夜については、ショーキチ監督は語らず』と……」

 オークの記者さんはブツブツブヒブヒと呟きながらメモを取る。いやそっちも勝手に既成事実あったことにするなや!

「こらこら! ショーキチ監督をあまり困らせるな。すまんな、お詫びに明日、ここでやるセンシャの特等席のチケットを何枚か贈るからよ、それで赦してくれよな!」

 サンダー監督はそう言って同族記者の無礼を詫びた。いろいろ難点はあるが、人の良い、いやオークの良い監督だ。

 いや、待てよ?

「それには及びませんが……『明日のセンシャ』って何ですか? 我々は対戦チームに免除を言い渡している筈ですが?」

 センシャと言うのはサッカードウの公式試合において、敗北したチームが勝利したチームの馬車などを洗う儀式……というか罰ゲーム的なヤツで、俺はその廃止に動いていた。だってそれはこの世界にサッカーをもたらしたクラマさんのイカレた趣味によるものだし、選手への余計な負担にもなるしね。

 ただ残念ながらその廃止運動は直ちに、という訳にはいかず、今シーズンエルフ代表が好成績を収めればDSDKも検討する、といった状況であった。

 で、それはそれでこちらの姿勢として相手にセンシャさせながら撤廃を訴えるというのもおかしなものなので、『エルフ代表に負けてもセンシャを行う必要はなし』と通達してあったのだ。

「ああ、分かっているぜ! ただウチの悪ガキども、せっかく買った水着と鍛えた肉体を観客に見せたくてよ。こっちが自費で会場を手配して開催する事にしたんだ」

「はあ!? 自分のスタジアムでもないのにそんな事が可能なんですか!? あとウチは馬車を提供しないのに……何を洗うんですか?」

 俺は驚きながらも周囲に問う。

「まあ……他国の所有する場所であろうと、使用料を払って許可を得て何かの活動をする分には、禁止する筋はないであろうな」

 エルフのベテラン記者さんがふむふむと頷きながらそんな事を言う。言われてみればその通りだ。この場の所有者はエルフ王家で、俺はエルフ代表の監督としてスタジアム機能やアローズの優先使用についてそれなりにやりとりはしていたが、普段の利用状況についてまでは話していないしその権利も無かった。

「でも、その、相手国の領土でセンシャみたいなふしだらな行為を……」

「まあまあショーキチにいさん。ドワーフの国のゴンドラの中でもっとエッチな事をするエルフかているかもしれんやん?」

「なになに? 何のはなしー?」

 ショックを受ける俺に追撃するようにレイさんが言う。その目は明らかにあの時の事を匂わせるものだった。

「ショーキチ監督に習ってよ、ウチも悪ガキどもをもっと売り込む事にしたんだ。入場料とって会場に屋台やら座席やらセットして見せ物にしようと思ってな! あと馬車を洗って貰う権利も売りに出す」

 なんとそんな事が……。レイさんの匂わせに反応できない間に、オークのボスが楽しげに言う。いやしかしオークのムキムキ姉さんたちに馬車を洗って貰う権利なんて買うか? エルフの男性は……決してオークに屈したりしないぞ!

「あ、間違えた。馬車洗い券は既に売り切れだった。後は立ち見席が少し残っているだけだ。訂正してくれよな!」

 サンダー監督は『ぜってえ見てくれよな!』みたいなイントネーションでメディア陣へ言い放った。てかめっちゃ売れてるやん! 屈してるやん!

「なんか最後は宣伝で終わってしまうが良いかブヒ?」

「いやいや、サッカードウで負けた分、こっちで元を取らんといかんからな! 宣伝上等だわ!」

 そう言って金貨袋を持ち上げるような仕草をして頭脳派のオークは笑いをとった。それがオーク代表側記者会見終了の合図となった。

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