第204話

「ボナザ! 良かったですわ……」

「後遺症は無いのー?」

「こちらはもちろん勝ったよ。あの後は無失点」

 ロッカールームではおおよそスーツに着替え終わったアローズの面々が、魔法の鏡を必死で覗き込んで姦しく騒いでいた。

「おいお前! 見ろよ! 治療院からスワッグとレイが映像を飛ばしてくれてんだぞ!」

 鏡の真ん前に揃ったDFライン達の中からティアさんが俺を呼んだ。見ると、映像の中ではベッドの上で上半身を起こしたボナザさんと、それを支えるレイさんの姿があった。

「あ、監督! 申し訳ない、怪我で迷惑をかけて……」

「迷惑なんてとんでもない! もう起きて大丈夫なんですか?」

「ああ、大事を取っただけさ。試合の方は、勝ったんだね? ユイノ君はどうだった?」」

 頭に巻いた包帯が痛々しいボナザさんは、自分の事よりもチームと後輩GKユイノさんの方が心配らしかった。

「ほら、ユイノ! ちゃんと前に行きなさい!」

「リーシャ押さないで! あ、ボナザさん! ユイノです」

 親友に背を押されて、ユイノさんが前に出た。その長身を折り畳むようにして鏡を覗き、言葉を続ける。

「具合はどうですか? 本当にスゴい、えっと勇気のあるプレイで尊敬しました。いや、あのプレイだけじゃなくて試合でやってること全部と言うか……。私、ドキドキして緊張してぜんぜん駄目で……。今日もチームにスゴい迷惑かけちゃって……」

 ユイノさんはそう言いながらも半泣きになり、更に小さくなりそうだった。リーシャさんがポンポンと背中を叩いて励ます。

「はやく帰ってきて下さい。でも無理はしないで! というか……」

 そこでもう情緒がぐちゃぐちゃになったのだろう。完全に泣き出し、リーシャさんの肩に顔を埋める。

「何を泣くんだい? 無失点で終えたんだろ? ユイノは立派に仕事を果たしたよ」

 ボナザさんが画面の向こうから優しい言葉をかける。だがユイノさんは変わらず泣き、震えていた。

 戦争では戦闘の最中よりも後に精神が崩壊する兵士もいるという。或いは、記者会見で責められた事が追い打ちをかけたか? 何れにせよ、ユイノさんは試合中の大胆な振る舞いからは想像もつかない程、心が衰弱していた。

「ユイノ、大丈夫だよ」

「ほら、ボナザさんも褒めてくれてるんだし」

 これには仲間意識の強いデイエルフ中心に貰い泣きの気運が広がり、しんみりとした空気になってしまう。エルフだ、闘う集団だ、と言っても女の子なんだな。

「早く帰ってきて欲しいのはもちろんだけど」

 誰も口をきけない雰囲気だったので、俺が前に出た。

「ボナザさんは念の為もう二、三日、治療院に泊まって下さい。費用は全部ドワーフ持ちらしいので、高そうな検査や治療、あればルームサービスもじゃんじゃん使って」

 そこまで言うと流石に何名かから忍び笑いが出た。

「俺もこちらに滞在しますから。それ以外の選手はだいたい、帰国してすぐ練習ですけどね」

「「えーっ!」」

 今度はほぼ全員が悲鳴を漏らす。

「冗談だよ。オフは3日とります。ボナザさん以外でも、細かな負傷とか気づいてないだけで思ったより疲労してるとかあるだろうし、少なくとも1日は身体と心もメンテに当てて。メディカルルームも24時間で開けて貰いますから」

 俺はそう言って、ザックコーチに目配せをする。俺がドワーフの王国にいる間は、彼に総指揮をお願いしていた。

「「はーい」」

 3連続オフを聞いて空気が一気に明るくなった。そうだよな、プレシーズンマッチとは言えせっかく宿敵に勝ったんだし、盛大に祝わないと。

「じゃあ、そういう事で。中継ありがとう、レイさんと……スワッグ?」 

俺がそう呼びかけるとボナザさんとレイさんが手を振り、画面がぐるっと回ってスワッグの顔を写した。

「現場からは以上ですぴよ」

「うん、ありがとう」

 しかしあの羽で証明とかカメラとか毎回どうやって操作してるんだろうな。

「これが本当の地鶏の自撮りぴい!」

 いや余計なギャグで落とそうとするな。案の定、笑ったのはドーンエルフ数名だけだった……。

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