第205話

 翌日。ボナザさんの看病、といった建前で残ったレイさんを除き選手は全員帰国し、スタッフもそれについていった。

 ただスワッグとステフには俺からお願いして滞在を延ばして貰った。ボナザさんとレイさんの護衛他、やって貰う事があるからだ。

 レイさんが看病担当になったのは、真っ先にスワッグとスタジアムから抜け出してボナザさんの様子を伝えてくれた流れからである。ある観点から言えば指揮官である俺に断りを入れずに独断専行、まだ試合中のチームから離脱する行為……なので処罰の対象かもしれない。だが一つにはボナザさんとチームの事を想っての行動であったし、二つにはその独創性や行動力がファンタジスタのプレーの源でもあるので、咎める訳には行かないし……というのがあった。

 そして三つ目。『2点取ったら一緒に空中ゴンドラに乗る』と約束していた事もある。

「みなさん、よろしゅうな」

 そんな訳で看病をしていた俺達は、昼食後ボナザさんが昼寝に入ったタイミングで後をボナザさんご家族――急遽、本国から呼び寄せた。どうせ費用はドワーフ持ちだし。いや自腹でも呼んだけど――とスワッグステップコンビに任せ、治療院を後にした。


 多少の後ろめたさを感じながらも行ったサンア・ラモの観光は、多方面に申し訳ないながらも非常に楽しかった。練習や試合への移動時にチラ見しただけでも圧倒されたドワーフの建築は、じっくり見れば更に素晴らしかったしレイさんはデートの相手としては申し分なかった。

 いや、申し分ないどころではない。最高の相手だった。

「うわこのお店めっちゃすごない!? きれー……」

 好奇心旺盛に辺りを見渡し、何か面白そうなモノがあれば引っ張って連れて行く。一つ一つの出来事に大きなリアクションをし、楽しそうに笑う。いつもは鋭く冷たさすら感じさせる切れ目の目尻をいっぱいに下げて。

 こんな子と結婚したら毎日、楽しいんだろうな……。そう思わせるものが、彼女にはあった。

「これ、記念に買おうか? いや、レイさんが気に入れば、だけど」

 気づけば俺は、薄紫の美しい耳飾りを手にそう言っていた。

「ええーっ!?」

「(あわっ!)」

 レイさんが驚きで目を丸くして叫んだが、自分でも驚いた。ネットショッピングをしていて『気づけばカートに入っていて決算を押していた』みたいな経験があるが、まさかリアルでそれをやってしまうとは。

「いや、レイさんが要らないなら別にいいから!」

「ううん! ショーキチにいさんがウチの為に、てこうてくれるもんやったら、なんでもうれしい……」

「そ、そう? じゃあ」

 珍しくレイさんがもじもじとしている。俺は店員さんの所へ行って手早く勘定を済ませ、彼女の元へ戻った。

「えっと……『ここで装備していくかい?』」

「あはは! 『防具は買うだけじゃなくて装備しないと効果が発揮しないんだぞ』みたいやな? うん!」

 レイさんはRPGの定型文にコロコロと笑ったが、店先の鏡の前に立ってさっと髪を耳にかけた。

「ん?」

「ああ」

 たぶん俺につけて欲しいのだろう。俺は初めて触るエルフの耳に――ああ、この世界に来て数ヶ月経つが、エルフの耳に明確に触れるのはたぶんこれが初めてだ――緊張しながらも、耳飾りをレイさんの耳へかけた。

「微調整はお願いします」

「うん!」

 ナイトエルフの耳は長くて薄くて、少し熱かった。だが、当たり前だが作り物コスプレじゃなくて生の肉だった。いや何を言っているのだ俺は。

「どない?」

 耳飾りの金具を調整して位置を決め固定をしてから、レイさんは言った。俺の方ではなく鏡を指さして。どうも一緒に鏡に映る自分の様子を見て欲しいようである。

「ああ、似合うよ。綺麗だ」

「ほんまはな? お店に入った時からこれええなあ、て。めえつけててん! ありがとうな! ちゅ」

 鏡を除き込むには当然、顔を寄せる必要があり……。俺は彼女の不意打ちのキスを避ける事ができなかった。できても避けたかどうかは言及しない。

「あのレイさん」

「いこか!」

 これではアクセサリーショップの軒先でキスをしているバカップルみたいだ。俺は注意の声を上げようと思ったが、レイさんはそれを制して俺の手を握り、走り出した。


「はよはよ!」

「待ってレイさん! えっと、大人二枚で」

 レイさんが次に俺を連れていった先は、例のゴンドラだった。地球で言う所のスキー場のロープウェイみたいなものだが、窓に当たる部分にはガラスも何もはめ込まれておらず密封性はかなり低そうな代物だ。

「しかし客を信頼してると言うかやっぱ命の値段が安いというか……」

 地球から異世界を上から目線で見て野蛮とか遅れているとか言いたくはないが、こういう部分の大ざっぱさはやはり異世界だ。

「どうした? ほれ、次のだと二人きりで乗れるぞい」

 俺の独り言に怪訝な顔をしつつも、切符売り場のオジサンはお釣りとチケットを俺に渡した。いや、流石に二人きりだとあまりにもデートデートしているというか……ねえ?

「いや、できればすぐので」

「はい、消えた!」

 ドワーフのオジサンはまるでクイズの司会者のように机を叩き、何名かが乗っていたゴンドラを急発進させた。

「ほな、あれやね」

 レイさんが次にくるゴンドラが発着所に近づいているのを目にして、そちらへ俺を引っ張る。

「あ、はい……」

 引っ張られながら後ろを見るが、俺達以降には客がいない様だ。何か強大な力が働いているような感覚を覚えながら、俺はレイさんに続いてゴンドラへ乗った。

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