第203話

「ナリンさん、今のって?」

「……はい」

 その隙にナリンさんに耳打ちして詳細を確かめる。どうもドワーフの記者さん、エルフを罵る時の単語悪いスラングを言い放ちそうになったらしい。あーどこにでもやっぱあるんだな。

 しかしよりにもよってダリオさんを『棒切れ』って。めっちゃ出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだ棒だな?

「えー先ほど申し上げた事ですが」

 俺はすっと手を上げ注目を集めた後、言葉を紡ぐ。

「我々はスタッフの皆さんに感謝しています。大変フェアに、仕事をまっとうしてくれました。あのシーン一つとっても、です。カラム君ボールパーソンは正しく仕事を行っただけです。もしその彼が非難されるような事があれば、それこそ恥ずべき事でしょう」

「こちらはエルフ王家として一言。彼を国賓として、夕食会にお迎えしたいです」

「あ! 良いですねえ! でも彼はまだ少年だし、昼食会の方が良いかもしれませんね。或いはアローズのクラブハウスで、選手とランチとか」

 俺は少々悪ノリと自覚しつつも、そう言ってダリオさんと微笑み見つめあった。後に聞いた話ではあるが、『国賓として迎えたい』と公の場で言うことは『彼に何かあったら外交問題にするぞ?』という脅しでもあったらしい。

 つまりダリオさんはそう宣言する事で、カラム君が身内のドワーフからあらぬ容疑や嫌がらせを受けないように手を打ったという事だ。さすが王家の屋台柱。庶民の俺とは違う。

「あちらのGKがシュートをポビッチ監督にぶつけたり、ヘディングでクリアしてあざ笑ったりした件はどうなんじゃ!」

 別の記者がユイノさんに太い指を向けて言う。

「あわわ! ごめんなさい、ワザとじゃないんです!」

 ユイノさんは慌てて頭を下げるが、その態度を見て俺やダリオさんより与し易し! と思ったか他のドワーフも一斉に非難の声を上げる。

「待って下さい。アレは偶発的な事故で、悪意はありません。それにユイノ選手の名誉にかけて言いますが、もし俺が命じたとしても彼女は決してそんな事はしません。優しいエルフなんです」

「かんとくぅ……」

 ドワーフ達の糾弾に既に涙目になっていたユイノさんは、俺の擁護を聞いて目を袖で覆った。

「それに研究熱心なドワーフのみなさまならご存じだと思いますが、ユイノは昨シーズンまでFWでした。急造のGKなのです。上手くプレイできなかったり以前の癖が出たりするのも当然です」

 ダリオさんも続いて援護射撃を行う。『研究熱心なドワーフのみなさま』というのがなかなかに急所を突いたようだ。皮肉ととって赤くなるドワーフもいるが、何名かは照れて赤くなっている。要するに殆どが赤くなっている。さすがダリオ姫、対ドワーフ外交のプロだ。

「そうですよ。もしあの距離で狙って当てられるなら、もう一度FWに戻って貰いますよ」

 俺の言葉にドワーフ以外の種族からどっと笑いが起きた。それが、混沌とした試合後記者会見の締めくくりの合図となった。


「かんとくぅ……ダリオひめぇ……ほんとうにありがとう!」

 記者会見会場を出て廊下で三人だけになるなり、ユイノさんがその長い腕を広げて俺達二人をまとめて抱き締めた。

「監督として当然の仕事をしただけだよ! それに本当の事しか言ってないから! こちらこそごめんね?」

「もう! 試合中はあんなに勇ましく戦ったのに甘えん坊さんね! 良いから早く着替えてらっしゃい」

「うん!」

 俺とダリオさんが何とか宥めると、ユイノさんは笑顔で頷いて更衣室へ走った。残った俺達は抱き合ったまま目を合わせて笑う。

 ん? 抱き合ったまま?

「あーダリオさん? もう良いですよね?」

「あら? すみません。良い匂いがして名残惜しくて……」

 彼女はそう言いながら俺の前髪を嗅ぎ、しぶしぶといった感じで体を外した。良い匂い? あ、酒か!

「ですが……言葉的な意味でもいよいよ、貴方を手放す訳にはいかなくなりました」

「はあ」

「的確なゲームプランを建て、それに適した練習を行い試合中も冷静に采配を振り、若いチームで宿敵ドワーフを打ち破る……。ショウキチさんと契約して正解でした。ありがとうございます」

 いや、デス90はああいうつもりじゃなくて、切り替えの早さや集中力を養う為の練習だったんだけどな。でもまあダリオさんが上手くやってくれたのは確かだ。

「それを言うならこちらこそありがとうございます、ですよ。俺を信じて総監督としての権限を与えて下さったし、全力でサポートしてくれてますし。選手としても……」

「仮契約をした時の事を覚えています? ミノタウロス戦に勝利して、貴方はその代償を要求して、こう」

 いやあれは要求したんじゃなくて勘違いで! と開きかけた俺の唇を、ダリオさんの唇が塞いだ。小さな吐息を漏らしつつ彼女が俺の髪を掻き上げる。あの時の様に柑橘系の匂いが漂うが、今回の発生源は間違いなく俺の身体だ。

「(ダリオさんちょっと! もしかして酔ってます!?)」

 と尋ねようにも声は出せない。だが彼女の様子と行動からその答えは分かっていた。記者会見で俺の隣にずっと座って、ユイノさんによって強制的に抱き合わされて、それで匂いを嗅ぎ過ぎて酔ったか! どれだけ酒に弱いんだこのお姫様!?

「おーい! レイちゃんと魔法通信が繋がったぞい!」

 そこへ、更衣室から飛び出してきたステフが現れた。

「治療院から特報が……。あ? こっちの特報を流した方が良い?」

「いや、ステフ、これは……」

「ステファニー! まさか、余計な事は言いませんよね?」

 いつぞやの様にダリオさんが凄むと、ステフは直立不動になった。

「僕は何も見てません! ダリオさんは裏表の無い素敵なエルフです!」

「よろしい。では行きましょうか?」

 ダリオさんはそう言うと他者を従わせるのに慣れた人々特有の空気を出してさっとロッカールームへ向かう。

「(ステフ、前から聞きたかったんだけどさ。お前とダリオ姫って……)」

「「おおーっ!」」

 ロボットの様な足取りでダリオさんの後を追うステフに声をかけた所で、部屋の中から大人数の歓声が響く。それを聞いてステフが走り出し、仕方なく俺も続いた。

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