第86話
ステフの頑張りにより、俺達は画材原稿含め全員無事でヨミケへ帰った。大荷物と大人数という事なので今のフィーさんの家では入りきらず、フェルさんの漫画喫茶へ向かう。
店には出かける時から「臨時休業」の札が下がっており、中では楽しいそうにジョアさんの子守をしているスワッグとクエンさんの姿があった。
「その様子を見ると大団円ぴよ?」
訊ねるスワッグにたぶんな、と言いつつお願いしてカイさん達兄弟も呼んできて貰う。
全員が揃い各々が喫茶店のシートに腰を落ち着けた所で今回の件のまとめとこれからの方針を話し合う事となった。
フィーさんはこの漫画喫茶へ戻ってくる事にした。あの家は仕事場兼、連れてきてしまった――そう地上に戻すタイミングを完全に失った――フープさんの住居にする。彼も彼で顔を見られていたらイリス村には戻りづらいし、かと言って何も知らないヨミケで暮らすには不安なので安全なあの家が良いだろうという判断だ。彼も騒動の元凶の一人とは言え……波乱の人生を過ごすことになるな。
フェルさんは帰ってきた家族を迎えつつ、一連の事件について説明と謝罪をして回る役を買って出た。なんとも男らしい。彼がモデルのあの漫画の主人公は
で漫画と言えば、その「タイガー&タイガー」はヨミケで執筆を続け、やはり変わらずあと一年で終わらせるつもりらしい。事態の変化と作品としてのケジメはまた別との事だった。
変わらない、と言えばレイさんの意志も変わらなかった。あのチームに戻る事も家族と過ごす事もせず、俺達の視察旅行に同行しそのままアローズに加入する、と。
あれほど家族を想い家族の為にサッカーをしてきた子としては意外な面もあるが、彼女の気持ちを推察できないでもなかった。
レイさんは「戒律を破った女の娘」として後ろ指を指され、それでも家族を繋ぐ為に戦い、余計な気苦労や心配をしてきた。
「今度はおかんがウチの心配をしたらええねん」
という気分なのだ。
子供っぽい浅慮だ。だが彼女は実際に子供だし、実の所それほど心配をかける事にはならない。地上でのサッカードウ選手としての生活は協会が十二分にサポートするし、俺に嫁ぐ云々も親に心配させようとのはったりでしかないからだ。たぶん。
それらを話し合った後に、俺はフェルさんフィーさん夫妻とナリンさんだけを残してレイさんの契約や処遇について詳細を詰めることにした。
「……という感じにですね。彼女にはこちらで用意する寮で生活し、学校にも通って頂こうと考えています」
俺の説明を神妙な顔で聞いていた夫妻は、しかし若干信じられない、といった表情で問うてきた。
「はあ。あの、これは実に有り難いお申し出なんやけど……ほんまの話なんでっか?」
「そうですよ。そこまでして頂いて……そちらに旨味あるんでっか?」
彼らの率直な質問に俺は苦笑しつつ答える。
「もちろんほんまの話ですし旨味もあります。世代交代が難しいエルフのサッカードウチームにとって、優秀な若手の安定供給は必須です。学業や生活を保証し管理下に置くことで、サッカードウの選手としてだけではなくエルフ全体の未来を担う
俺は旅の間にナリンさんに仮作成して貰っていたパンフレットをご両親に見せる。
「もし不運にもサッカードウ選手としての道が開けなくても、提携する学校へ進んで何か適正のある学問や職業に進む事もできる。そういった背景があればご家族も安心してお子さんをアローズに託せるでしょうし、金銭面などの原因で今まで拾えなかった
まあこのご夫婦に財政面の心配はないだろうが。商売してるし売れっ子漫画家さんだし。
「これは『スカラーシップ』という制度で本格始動するのは少し先なんですが、レイさんには是非ともそのプロトタイプになって頂きたいんです」
実際の所、レイさんは世代としては学生だがサッカードウの選手としては出来上がっている。と言うか既に一流のレベルだ。そんな彼女をスカラーシップ制度の成果物のように扱うのは
……チートではあるが、制度の宣伝に多少のズルは付き物だ。それに細かい事を言えば、彼女が本当に活躍するかはシーズンが始まるまで分かるもんじゃない。地上に出て何か悪い遊びで身を崩すとか。まあそれをさせない為の寮生活(予定。まだ建設は終わっていない)ではあるが。
「そうでっか。あ、もう一つ大事なことが。挙式は何時どちらでしはるんです?」
「ぶはっ!」
ナリンさんが飲みかけていたブルマンを吹き出した。慌てて全員で書類や机の上を拭く。
「すみません!」
「いいえ、ワシ、おしぼり持ってきますわ」
フェルさんが立ち上がりカウンターに消える。なおこの例のコーヒーぽいやつ、ブルマン蟲を潰した飲み物はそのフェルさんが淹れてくれたもので、俺は快く辞退している。ナリンさんは説明を聞いた上で躊躇いなく頂いていた。強い……!
「いや、その、結婚なんてしませんよ!」
「嘘でしょ? だって娘は言うてましたよ? 『君が欲しい』て猛アピールされたで、って」
いやそれはサッカー選手としてね?
「あの、これを言ってしまって言いのかわかりませんけど……。アレはたぶんはったりで、一種の意趣返しですよ」
俺はフィーさんに小声で説明をする。
「意趣返し……ですか?」
「そう。ご両親を心配させようという」
俺がそう言うとフィーさんは大きく口を開けて笑い、手を振った。
「またまた~」
完全に関西のおばちゃんがするアレや。
「娘の事は母親であるウチが一番よう分かってます。ここへ帰ってくる途中で話しましたが、アレはほんまに惚れとる目ですわ」
嘘だろ? 俺は唖然としつつ横を向いてナリンさんと目を合わせようとしたが、彼女はさっと下を向いて視線を反らしてしまった。くっ、アシストは貰えないか?
「まあでも監督と選手なんで、線は引かないと……」
「でもなあんさん、ウチの娘はなかなかの
フィーさんの目が途端に輝きだした。
「親の贔屓目もあるけどあの娘、結構可愛いでしょ?」
「はあ、はい」
ずっと暗い表情かつ冷たい目で見られ続けてきたが、それが終わってから見れば儚さと強さを併せ持つ美しい顔をしてるとは思った。
「スタイルもええし」
「はい」
サッカー選手としてね! 均整がとれてて動きが滑らかだ。
「頭もええんですよ。機転が利くというか」
「それは、はい」
視野が広いし判断も早い。それは間違いない。
「しかも両親は手堅い喫茶店と売れっ子漫画家で実家が太い! これはお買い得でっせ~!」
自分で言うのかよ! いやまあ自分だから言えるのか。でも俺だって金持ちだもんね~。そこは気にしないや……ってもっと気にすべき事が!
「そういう問題じゃなくてですね」
「おしぼりでっせ~。監督さんのご家族は、連れてくるの難しいんでっか? そしたらヨミケの方でしますか?」
フェルさんがテーブルを拭く為のおしぼりを持って帰ってきた。ナリンさんがさっと受け取り、ゴシゴシと磨くように手を動かす。
「いや俺、家族は全員死んで生きておらんのですよ。だからもしやるんやったらヨミケやなくて黄泉でやったらちょうどええんですけど」
関西弁話者と会話を続けて思わず血が騒ぎ、何か上手いこと言ったろ! との気持ちが働いた。しかしその俺の言葉に帰ってきたのは笑いではなく、がしゃん! というコーヒーカップの割れる音だった。
「あ、ナリンさん!」
「すみません!」
テーブルを拭いていたナリンさんの手が滑り、カップを落としてしまった。全員一斉に立ち上がり、一緒に拾い出す。
「大丈夫ですか? 怪我していませんか?」
俺はナリンさんの手を取り血が出ていないか確認しようとしたが、彼女はさっとその手を引き距離を空けた。
「え?」
「あの、汚れるといけませんので……」
そう言うナリンさんの目には涙が浮かんでいた。やはり何処か切ったか? と焦る俺を押しのけフィーさんが指示を出す。
「ほんまやな。お嬢ちゃん、こっちはウチらがやるから旦那にお手洗い連れてって貰い。ほら、アンタ頼むで」
「ああ。こっちやで」
俺が何か問いかける前にナリンさんは連れられて行ってしまった。やむなく残って破片を片づける俺は、そこでようやく気付いた。
俺の家族の事を、ナリンさんに知られてしまった。
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