第87話
その時の会合はそれで終わり、色々な事が有耶無耶になったままヨミケを立つ日が訪れた。
母親の事を許す事ができない、とあの日には言っていたレイさんだがとっくに仲直りしていたらしく、別れの時はフィーさん含め家族全員と熱く抱擁を交わし、これまた関係を修復したかつてのチームメイトやコーチに手を振りヨミケを後にした。
ルートは以前、俺達がリストさんの尊み略奪隊と共に来た道である。フィーさんの抜け道はイリス村に近過ぎるのだ。
故に道中は再び無言と緊張で占められ、地上に無事着いた時は全員が一斉に大きく息を吐いた。
「はあ~! これが地上の朝、なんやね!」
特にレイさんは感動もひとしおといった感じである。彼女は略奪隊に参加経験も無く、母親を問い詰めにイリス村付近に行った時は夜かつあんな事情……ということで地上を噛みしめる状況ではなかったからだ。
「準備おっけーだぴい!」
「よーし、みんな乗りな!」
俺達が一息ついている間に諸々を整えたスワッグとステフが馬車と共に現れた。このコンビは地上に隠していた馬車を回収そして改造してくれたのだ。
「お邪魔するでござる。ほう、広い!」
「ゲームも漫画もいっぱいあるっすよ!」
乗るなり、リストさんとクエンさんが歓声を上げる。以前から馬車の内部は魔法で見た目より広くされているが、今回三名が旅に加わるとあって更に広げられたのだ。
そう、三名。ナイトエルフのリストさんクエンさんレイさんだ。初めて地上で暮らす事になる彼女らをいってらっしゃい、とばかりにエルフの都へ自分たちだけで行かせる訳にもいかず、かと言ってずっと同行させるにもフットワークが悪い……との事でこの後の視察旅行はやや駆け足で済ませる事となる。
「じゃあ、俺はこっちで。すぐ出発しますよ」
みんなにそう言い残し、俺は御者台へ座った。スワッグに合図し移動を始める。
動き初めてすぐ、馬車内の部屋から歓声があがった。おそらく
「うわ、全然揺れてない」
などと盛り上がっているのだろう。
これからの旅の間は御者台で俺が引き続き世界や種族の講義を受け、馬車の中でナリンさんがアローズの戦術などについて指導する予定だ。という予定ではあるが、あの女子だらけ集団でどれだけ順調に進行できるかは謎だ。時には俺もアシストに入る必要があるだろう。
「眠そうな話だったから来たぞ」
そう考え込む俺の隣にステフが現れた。俺達にまあまあ感化されて変わってきたとは言え、彼女はサッカードウにそこまで興味はない。ナリンさんの話も退屈だったのだろう。
「ああ、ちょうど良い所に来てくれた」
俺は御者台のクッションを手渡し、彼女に相談を始めた。
「先にちょっと困った報告から言っておくんだけど、ナリンさんに俺の家族の事が知られたよ」
大洞穴へ入る前に俺のステフの間で議題に登った件だ。俺の境遇――家族と殆ど死別し孤独な身であること――をナリンさんに伝えるかどうか? 伝えたらどんな影響があるか? の話。
「ほほう」
「正直、その後から忙しくて二人っきりになる事もなかったからナリンさんの態度がどう? とかは言えないんだけどな」
デイエルフは
前半部分については間違いはなくナリンさんも例外ではなかった。レイさんの悩ましい家族関係を耳にした時、ナリンさんは普段のクールさからは想像もつかないくらいに取り乱し、人目もはばからずに涙を落とした。
が、そこは問題ではない。やっかいなのは後半部分だ。そのレイさんの家族関係が一段落したのと入れ違うように、俺の環境がナリンさんに伝わってしまった。いやはっきり言うと俺が口を滑らせてしまったのだが。
それを聞いてナリンさんはどう思ったのだろう? また俺に対して何か違った感情を持つようになってしまったのだろうか?
「そっか」
「そっかじゃなくてさ。そんなに軽く受け流さないでくれよ。意外と深刻な問題になるかもしれないんだし」
ステフの態度に少し苛ついた俺が抗議の声を上げると、彼女はすまんというように手を上げ続けた。
「実は別方面でも事態が動いてな。じゃあこっちもちょっと困った報告から行こうかな」
上げた手をそのまま頭部に降ろし、髪先を指で弄びながらステフは続けた。
「レイちゃんにもお前の家族の話が伝わったぞ」
「はあ。そっか」
どういう会話の流れでそうなったのか謎だったが、もっと不思議なのはそれが困った報告、という部分だ。
「そっかじゃなくてな! お前も軽く受け流し過ぎだぞ」
今度はステフが俺の態度に抗議を行った。
「いや、だって別にナイトエルフはナリンさんたちデイエルフほど情がどうこうって訳じゃないだろ? 尊いとかそっち方面はうるさいけど」
俺がそう聞き返すとステフはクンクンと鼻を鳴らした後、空を見上げて言った。
「分からんのか、哀れな男だな。まあいいや、アタシの勘じゃあと3分くらいで
なんだよその哀れな男呼びと具体的な時間は? としかめっ面でステフを見るが、彼女は口笛で「コーヒールンバ」を奏でつつよそを向いた。
「なあ? ウチもそっち行ってええ?」
悔しい事に、ステフの予言通りレイさんが馬車内から声をかけてきた。
「いいぞ、入れ替わろう。あ、それ一個貰って良い?」
俺が返事するより早くステフがレイさんに応答し、彼女の持ってきたトレイからコーヒーカップを一つ掴むと入れ替わるように馬車の中へ消えた。
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