第13話

 試合終了、エルフ3-2ミノタウロス。審判の指示で選手が整列し礼を行ってようやく、観客たちは歓声を取り戻した。

『凄い試合だった!』

『エルフ万歳! 来年も一部だぞー!』

『ミノタウロスもお疲れさま! 負けても三位をキープ!』

 言葉は分からないがみんな興奮しているのは分かる。面白い試合を観て興奮するのは、この世界でも一緒なんだな。

 まあ最後の鹿は余計だったかもしれないが。……と言えるのは当事者じゃない奴らだけ。あれを指示しないで負けたら、俺はずっと後悔する羽目になっただろう。

「ショーキチ殿! 本当にありがとうでございます! もう、なんと言って良いのか……」

 ナリンさんは涙を必死に堪えながら握手の手を差し出す。俺はその手を払いのけ、勢いよく抱きついた!

「こちらこそありがとう、ナリンさん! 貴女がいたから勝てたよ!」

「そんな、ショーキチどの……うわぁぁぁぁん!」 

 張り詰めていた糸が切れたように泣くナリンさんの髪をそっと撫でる。俺は触ったことがないが、高級な絹はたぶんこんな感触なんだろう。彼女を落ち着かせる為なのか自分が冷静になる為なのか分からないまま、手を動かし耳元に囁く。

「よーしよし、よく頑張ったね。偉いね」

 本当の意味で試合中から最後まで――勝ち越し、時間稼ぎをする段階になってまで――気を張り続けたのは俺とナリンさんだけかもしれない。選手や審判もそれはそれで精神力をすり減らしているのだろうけれど、たぶん性質が違うのだ。

 ああすれば良かった、こうすれば良かった。あの判断は間違いだろうか? 自分の指示が選手達の足を引っ張ったんじゃないか?

 そんな事を考えながら、先の展開も読んで準備しないといけない。監督は孤独な職業だと聞く。俺は初めてそれを実感し、でもナリンさんと共有できた幸運を幸せに思った。

 いや、あと一人いたな?


「ナリンさんごめん、最後に二つだけ仕事をして下さい」

「何で……ありますか?」

 俺は抱擁を解いて歩き出した。ミノタウロスベンチ側に。先ほど、俺と衝突寸前までいった恰幅の良い一頭の元へ。

「良い勝負でした。あと……先ほどは失礼なことを。謝罪します。と言って欲しいんだけどミノタウロス語ってある?」

 相手チームの監督だ。彼か彼女もまたその苦悩を知っている。知力と死力を尽くして闘った相手だが、試合が終わって思う。いま目の前にいる存在はきっと同じ孤独を共有している。だから彼だか彼女だかこそが、この世界に来て今のところ最も分かり合える相手かもしれないと。

「ミノタウロス語は上手くないのですが、少しなら……ミノミノミノ、モウモウモウ」

 追いついたナリンさんに通訳を頼みつつ、握手と許しを乞う。ミノミノモウモウとかクイズミリオネアでも始まりそうな響きだ。

 などと感心してる隙にミノさんは急に俺を軽々と抱き上げ、何度か高い高いをした後、熱心に話しかけてきた。

「怖い怖い! 降ろして! なんて!?」

「ええと、『熱い試合だった! お前は勇気と知力を備えた英雄だ。来季の予定が決まっていないなら是非、俺のアシスタントコーチにならないか? 最高の美女と迷宮を用意するぞ』だと思います」

 1000万円じゃなくて美女と迷宮……いらんがな! いや、ちょっと欲しいけど。

「遠慮しときます。先の事は……俺も全然分からないので全てがフィフティフィフティですよ。ただ……」

 地面に降ろして貰って、感謝と罪滅ぼしの気持ちで俺は敢えて言う事にした。

「途中交代で入ったハーフミノタウロスの選手……彼女は逸材です。使わないなんて勿体ない。彼女を中心にした攻撃を構築したら、チームは1段階上のランクへ行くと思います……と。ナリンさん的に思うところもあるかもしれませんが、伝えて下さい」

 ナリンさんは真剣な顔で頷き、通訳を始める。ミノさんは驚きで目を丸く……したんだと思うが頷き、また何か返事をする。

「彼曰く、『助言に感謝する。お前は本当に気持ちの良い男だ。俺もその提案には同感だが、いろいろと難しい部分があるんだ。監督を続ければいずれ分かるさ』だそうです」

 ナリンさんが言い終わるのを待ってミノ監督は俺の肩を叩き、去って言った。ファイナルアンサーは簡単に出ないって事かな?

「ミノタウロスチームも色々あるようであります。でも強くなりそうですね」

「あーやっぱり今の助言は言わない方が良かったですか?」

「いえ、正々堂々戦い互いに高め合うのがサッカードウ、そして清く正しく美しくがエルフ代表のスタイルであります! それに、相手が強くなる以上に我々がもっと強くなれば良いでありますよ。ショーキチ殿と一緒にいればきっとそれは可能であります!」

 俺と一緒……か。そこはどうなるか分からないんだけどなあ。

「一緒と言えばもう一仕事。ナリンさん、選手たちと一緒にゴール裏の……サポーターっているんかな? オーディエンスに挨拶行って下さい。あと監督インタビューとかあればそれも代理で」

「ええっ!? ショーキチ殿は来ないでありますか?」

「はい。実際、この付近のエルフさん数名を除いたら、俺って『お前誰やねん!?』て存在じゃないですか? 言葉も分からないし。だからここに座ってます。もろもろ終わったら、迎えに来て下さい。実際、へとへとなんですよ」

 俺は笑いながらその場に座った。もう足だって大笑いしてるのだ。

「了解であります! では……帰ってくるまで何処にも行かないで下さいであります!」

「うん、了解であります!」

 俺は敬礼して駆け出すナリンさんを見送った。

「正々堂々戦い互いを高め合うのがサッカードウ、か。良いな」

 サッカーではなくサッカードウ。女性だけがやるスポーツ。ナリンさんの独特な日本語。忙しくて考えずにいたが、そろそろ突っ込んで良いだろう。

「この世界にサッカーを持ち込んだクラマさん。お前、ガ○パンおじさんだな?」

 クラマさんの特殊な好みが少々、ほんの少々変化を与えているがルールは歪めず伝えているしフェアプレーの精神もある。彼は紳士だったんだろう。

「『ガ○パンおじさん』、ええたまにそう自称されていましたね」

 大きな、少しだけ聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

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