第12話

 ミノタウロス側が選手交代を行った事もあり、状況が落ち着くまでかなりかかった。エルフ側のセットプレー。位置はペナルティエリアすぐ外右45度。直接も、味方に合わせるのもある形だ。

 守備は壁に4人。後はファーサイドに集まったエルフのマークについている。

 攻撃はボールの場所にカイヤさんとシャマーさん。何か喋っては、ふにゃふにゃ笑っている。あそこは徹頭徹尾かわらぬ女子ーズだな。合わせるボールに集まったのはティアさんルーナさん以外のフィールドプレイヤー全員。こちらは勝負を決める決意の顔をしている。

 時間表示はもう45分を指していた。ルーナさんの大胆なFKからファウル、乱闘未遂、負傷治療、交代……と随分いろんな事があったからだ。ロスタイムはあるだろうが、ここが最後のチャンスかもしれない。

 聖火台付近に戻った審判の笛が鳴り、プレー再開が告げられた。まず、シャマーさんが右手を挙げて合図を送り、助走に入る。それはもちろんフェイクで(俺はもうあのエルフに騙されないぞ!)、彼女はボールに触れずに勢いのまま左に駆けていく。

 壁の一名がシャマーさんのマークへ付く。ファーサイドにいた全員が次のプレーに備えて動き出す。カイヤさんが助走に入り、残った壁が一斉にジャンプする。


 その足元を縫ってエルフの一矢が飛び出し、逆を取られたミノタウロスGKが一歩も動けぬ横を通ってゴールに突き刺さる。


 エルブンアキュラシー。エルフの正確な飛び道具は矢でもFKでも狙い違わず獲物を射落とす。それはエルフサッカードウ代表が一部残留を決める一撃だった。


「よっしゃーーーー!」

 3ー2でついに逆転! 水晶球の表示は後半45+2分。カイヤさんは崩れ落ちるミノタウロスベンチ前を駆け抜け(士気の概念を良く分かってるなこのエルフ)、真っ直ぐ俺に近寄るとジャンプしながら抱きついた。

『ショーキチさん、やったよー!』

「ありがとうカイヤさん! 最高! 愛してる!」

 カイヤさんの身体は恐ろしく柔らかく恐ろしく軽かった。立ったままでも余裕で受け止めて抱き合ったまま肩や背を叩き合う。

 その衝撃で落ちないよう、彼女は足を俺の背中で組んできた。だいしゅきホールドやん……こんなみんなが見てる前で繋がるなんて(繋がってない)、頭がふっとーしそうだよぉ……あ、みんな!?

『うおおおおおおお! やったーーー!』

 追いかけてきた他の選手も一斉に俺達にのし掛かってきた。流石にもう耐えられない。俺はカイヤさんを上にして地面に倒れ込んだ。

『天才!』

『奇跡!』

『こんなの見たことない! 凄い』

 みんな口々に、そして手荒に俺達を祝福する。頬や耳を引っ張られる。腹や脇をくすぐられる。嬉しそうに俺の頭を連打しているのが誰かと思ったらダリオさんだ。やめろ、キャプテンがそんなんじゃ誰がこの騒ぎを止めるんだ?

「ピピー!」

 審判が止めた。そりゃそうだ。流石に今回は地上に降りてきていないが、ドラゴンさんは羽根を広げて威圧の構えだ。

 この世界の審判、強いな! 審判に抗議してカード貰う馬鹿なんかいないだろう。俺は……まあ未遂だったし。

「よし、このまま勝ちきろうな! みんな! えっと、ナリンさん!」

「はい! ここにいるであります!」

 ナリンさんはベンチ前から駆け寄ってきた。あの騒ぎにあっても彼女は黒板を手にフォーメーションの確認をしていたみたいだ。そう言えば俺がオフサイドトラップの指示に頭がいっぱいの間にもティアさんルーナさんと例のプレーを考えてたみたいだし、本当に頭が下がる思いだ。

 心からの礼を言いたい。が、それは後だな。

「相手が牛なら俺達は鹿だ。この後、俺達は鹿になりますよ!」

 俺は黒板にある作戦を書き付けた。


 ミノタウロスボールで再開。彼女らは焦ってホルス選手を使えない。その単純な前線へのフィードを例によってオフサイドで料理し、俺達はさっそく作戦を発動した。

 鹿島る……。勝っているチームが相手チームのコーナーフラッグ付近で露骨に行う時間稼ぎ。身体でボールを守る、相手に当ててCKを獲る、CKを放り込むのではなくショートコーナーで味方へ出し、またボールキープへ戻る。冷静さを失った相手がファウルする、セットプレーで再開、またキープへ……。Jリーグでは鹿島アントラーズが大一番で行った事によって有名になったプレーだ。

 それを鹿島る、あるいは単純に該当チームのマスコットなどから鹿るとも言う。今では広義な時間稼ぎ全体に言うし代表では中東戦法と言ったりもするが、そっちの言い方は好きじゃない。

 何にせよその戦法が戦意を失ったミノタウロス相手に必要かどうか分からなかったが、効果は抜群だった。彼女らは怒ると言うよりは戸惑った様子。観客すらブーイングをするものなのかどうなのか分からないといった模様の中、ただ時間が経ち終了を告げる笛が鳴った。

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