第11話

「バカ野郎! どこに目を付けてんだこの牛頭が!」

 リーシャさんはシュートに入れなかった。追いついたミノタウロスDFが彼女の立ち脚付近を地面ごと刈り取ったからだ。かなり危険なプレー。両チームの選手も、ベンチもいきり立った。

 そんな混乱の中、指揮官たる俺は冷静に……なっていなかった。リーシャさんが倒れている付近、相手ベンチ前まで飛び出し、どうせ言葉は通じないだろうが観衆の声に負けないくらいの大音量で監督らしき牛頭人身の化け物に吠える。

 それを聞いた一頭と、短い棒を尻尾に絡みつけたリザードマンの一頭。計二頭が俺の方へ突進してくる。

「(早まったか……)」

 後悔がよぎったが引く訳にはいかない。俺のすぐ横には足を押さえてうずくまるエルフの少女――リーシャさんの事だよ? まだ若そうだし少女でしょ?――がいる。俺は敢えて胸を反らし、両手を後ろに組んで仁王立ちになった。

 ミノタウロスはもう眼前だ。あれ? 止まらない? ぶつかって吹き飛ばされて死んじゃう俺?

「ピピー!」

 笛をかき鳴らしながらドラゴンさんが舞い降りてきた。ド迫力。流石に全員が圧倒され動きを止める。

「ミノタウロス5番レッド。あとエルフベンチの貴方はイエローです」

 流暢な、しかも俺に分かる言葉でそのドラゴンさん――審判だよな?――はジャッジ内容を告げ、それぞれの色のカードを提示した。

「ああ!? なんでだよ!」

 俺はなおも抗議の声を上げる。ドラゴンさんは指を二本立てながらイエローカードをちらつかせる。

「もう一枚貰いたいのか?」

 という意味だろう。慌てたナリンさんとカイヤさんが二人で挟み込むように肩を抱き俺を自陣ベンチ方面へ引っ張り、ダリオさんが審判に再確認を行う。 

 知っての通りカイヤさんは「ある」がナリンさんは「ない」な。いいや、別に俺はおっぱい星人じゃないし。人には人それぞれ、エルフにはエルフそれぞれの魅力があると思うぞナリンさん。

「ショーキチ殿……冷静になって下さい! 貴方が……貴方だけが頼りなのであります……」

 ナインさん……もといナリンさんは泣きそうな声で話しかける。俺は彼女を安心させる為にわざとニヤついた顔で言った。

「切れてない、切れてないよー。俺を切れさせたら大したもんだよー。むしろ切れてるのは相手の集中っしょ」

 クオリティの低い物まねだが二人とも分からないだろう。俺は説明することにした。物まねの笑いどころではなく、真意を。

「GKの集中力を切る為に、ちょっと時間を稼ぎました。FKのキッカーには『壁がジャンプした下を通して、ニアにぶち込んで』て伝えて下さい。GK右利きぽいっし、左側足元は苦手でしょう」

 ナリンさんはポカンとした顔で俺の顔を見つめている。何かを察したカイヤさんは俺の腕を強く挟み込みながら(何で? かは言わずとも良いだろう)、ナリンさんに


「ねえねえ、早く通訳して」


とでも言うように催促している。

「演技だったで……ありますか?」

「まあね。キッカーは誰? あとリーシャさんの状態はどう?」

「あ、えっと……キッカーは、カイヤであります。リーシャの状態は通訳したら聞きに行くであります」

 そう言うとナリンさんは俺とカイヤさんを引き離し、カイヤさんに説明を始める。

『ショーキチさんは演技で怒っていました』

『分かってたよ~』

『分かってたのに何故……。いや結構です。えっと、GKは右利きで左側足元が弱点と見受けられるのでそこが狙い目だそうです。壁がジャンプした時に下を通してニアを狙って下さい』

『うん、わたしもそのつもりだった。やっぱり二人って気が合うんだね~、て伝えても伝えなくても良いよ』

『なっ……』

 少し話し込んだ後、憮然とした顔のナリンさんを残してカイヤさんがピッチへ戻る。入れ違う様に担架に乗せられたリーシャさんが運ばれてくる。いつの間にかユイノさんも心配そうに付き添っていた。

 既に左足の靴は脱がされ足首は大きく腫れている。聞くまでもなく、プレー続行は無理だろう。

『ごめん、ちゃんと収めてシュートできてたら……』

「リーシャさん、よく頑張ったよ。お疲れ」

『監督、みんなは無理って言うけど何とか足を靴に押し込むから出して!ピッチに戻して! あたしはまだやれるよぉ……』

 彼女はそう言いながら俺の腕を掴み、ボロボロと涙を流す。ユイノさんが肩を撫でるがずっと首を左右に振っている。

「リーシャさん、なんて?」

「悔しいと。でもまだやれる、だそうであります……」

「馬鹿言うなよ」

『せっかく相手に退場が出たのに、あたしが下がったら意味ないじゃん……』

「聞いて……聞けよリーシャさん! ナリンさん、通訳して下さい」

 俺は彼女の顎を掴み、上を向かせて目を見て言う。

「君は十分、闘ってくれた。1点目は君のゴールだし、2点目も君が誘発したものだし、さっきのもこの時間帯にあの位置に走り込めること、そのものが素晴らしい事だ。正直、このチームの未来は君にあると思う。だけど今はもう良い。仲間を信じて下がって、しっかり治療して」

 そこまで言うと俺は通訳を待たずにその場を離れ、自陣右サイドでセットプレーの準備を見守るティアさんとルーナさんに近づいた。

「あんなプレーよくやったね。無謀でめっちゃ怖かったけど……て通じないか」 

 労いの言葉をかけたかったがナリンさんはまだリーシャさんユイノさんと話している。

「違うスポーツでやるって聞いたことあったし」

 ぼそっ、とルーナさんが呟いた。

「あ、やっぱりルーナさんも日本語知ってたんだ。君もクラマさんに教えて貰ったの?」

 俺の名前を耳ざとく聞いてた素振りから、なんとなく気づいていたんだよなあ。ルーナさんは訪ねる俺の言葉には返答せず、ティアさんと何言かやりとりした後、口を開く。

「練習では成功してた。それに『サッカードウはスリルを楽しむもの』て言ったのはお前だろ、て」

 ニヤリと口角を上げるティアさん。……やられた。

「これが終わったらいろいろ教えてよ。君たちがどんな練習をしてるとかも」

「それはお互い様。でもその前に勝たなきゃ」

 そう言い残すとルーナさんは背を向けてポジションへ戻って行った。ティアさんも俺の鳩尾に軽くボディブローを入れるフリをした後、FWのマークへ付く。

「そうだな。勝たなきゃ」

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