第10話

「ショーキチ殿! 大丈夫でありますか!? 医療班、シャマーさんは良いからこちらに……じゃなかった!」

『シャマーは良いからショーキチさんを診て』

 ナリンさんは途中からエルフ語に変えて何か叫んでいる。シャマーさんの名前が聞こえたが……まさか失点した上に彼女まで痛んだ!?

 顔を青くし鼻からは赤い鼻血を出しながら頭を上げた俺が見たのは、脚を押さえて倒れる件のミノタウロスMF、側に倒れるルーナさん、そして地面に伏せて脚をバタバタさせているシャマーさんだった。

 まさか負傷者二人……!? もとより交代は使い切っている。絶望的な気持ちで残り時間を確認する為に、俺は水晶球を見上げた。

「後半35分2ー2……てあれ?」

 得点されてなかった。呆然とする俺の前で水晶球にリプレイが写る。

「ルーナが間に合ったのであります!」

 見つめる俺に包帯的なモノを渡しながらナリンさんが解説する。確かに、頭上のリプレイには凄まじいスピードでミノタウロスに追いつきスライディングでボールをカットする……と同時にそいつをはじき飛ばすルーナさんの勇姿、そのボールを拾ってクリアするシャマーさん、クリア後のシャマーさんの背中に追突するミノタウロスのFW……といった風景があった。

「かっけーなルーナさん。有言実行の女……!」

 下手なDFは相手選手を倒す。上手い選手はボールを奪う。もっと上手い選手は……ボールを奪いながら相手選手を倒しておく。それを後ろから追いついてやったのだ。ファウル無しで。さぶいぼ(鳥肌)が立った。

 あの絵(ルーナさんが書いた恐ろしいやつ)を思い出したからではなくてね。感動でね。

「あ、でもシャマーさんが……」

「あれは演技であります。脚をバタバタさせてる時は演技、してない時は本当に痛い、と常々彼女が言っていたであります」

 マジかよ俺もうあのエルフぜってーに信じねえ。俺は鼻血を拭きつつナリンさんに指示を出す。

「それは良かった……でも医療スタッフはやっぱり送って下さい。彼女が作ってくれた機会で時間を稼ぎたい。あとDFラインの残り二人、ルーナさんとティアさんを呼んで下さい」

 俺の言葉を受けて今度はナリンさんが指示を出す。時間稼ぎ……そうだな、もしこのあと勝ち越せるとしたら時間稼ぎも考えていないとな。ずっと逆転する事しか考えてなかったし。

「よし、二人ともこれから聞く事を後でシャマーさんにも伝えて下さい。理由を説明する時間は無いが、あの交代で入ったハーフミノタウロスの選手、彼女に付け焼き刃のオフサイドトラップは通用しない。彼女がボールを持った時は仕掛けよりもマークを優先して下さい。で、余裕があれば中盤の選手に声をかけて二列目から飛び出す選手をケアさせて下さい」

 やって来た二人にそう伝え、ナリンさんが通訳するのを待つ。その間にハーフミノタウロス選手の顔をまじまじと見る。せっかく自分が作り出したチャンスがフイになり悔しそうだが、やっぱり顔立ちが良い。ケモ属性に目覚めてしまいそうだな……じゃなくて!

 目だ。やはりミノタウロスチームで彼女だけ両目が前についている。俺やエルフや肉食獣と同じように。それがどういう事かと言うと、彼女は俺達と同程度に立体視できる、つまり遠近感が分かるということだ。

 両目が前方についている俺達は視野が狭いが、その構造を生かして対象の正確な位置を計るのが得意だ。逆に牛や鹿などは目同士が離れ視野は広いが、対象との距離を認識するのは得意ではない。大まかに言えば狩りをする生物と狩られる側の生物の差みたいなものかな。

 で、頭部が牛である牛頭人身の生物……ミノタウロスがオフサイドにかかりまくった理由がそれだ。パスを出す側も受ける側も、奥行き的な意味で位置の把握が上手くない。だから、俺の乱暴なかけ方でも十分だったのだ。もちろん、この世界にそんな戦術が浸透して無かったのもあるが。

 反面、彼女らは意外な事に視野が広い。だから前半にエルフが固執したサイドからのクロスを簡単に跳ね返せたのだ。ボールの正確な位置は……エルフのFWが教えてくれる。馬鹿正直な位置に放り込み続けたのだから。 


 それはそうとしてハーフミノタウロスの彼女――もう面倒くさいからホルス選手としよう。ホルスタインからね?――ホルス選手はミノタウロスにあって異色の選手だ。あのチームにあって彼女だけは「誰がオンサイドか」を正確に把握し、パスを送る事ができる。だからあの乳牛にだけは中途半端なラインコントロールは通用しない。

 ……てかナリンさんの通訳、長いな! 俺そんなに喋ったっけ? ブラジル人選手のインタビューかよアシュケー!

「ナリンさん?」

『……じゃあ、それで』

「はい、終わったであります」

 彼女の言葉通り両チームの医療スタッフはそれぞれ負傷及び仮病選手(シャマーさんの事ね!)をピッチ外へ運び出し、それ以外の選手達もポジションへ戻って行く。

「咎めている訳じゃないんですけど、長かったですね?」

「あ、はい。ついでに策を提案しましたので」

「策!?」

「ええ。彼女らと居残りで練習したものがあるのであります」

 何それ凄い。

「どんなの!? 教えて」

「今は言えないであります。ショーキチ殿があの交代選手をジロジロ見ている理由を教えてくれたら別でありますが」

 え!? ばれてた!?

「いや違うんですてか違わないと言うか彼女だけ違って特別な選手で生物学的構造を説明すると長いのですが立体がねこの立体てのは胸じゃなくてしか……」

「冗談でありますよ。どうせすぐに見れますし」

 ナリンさんはそう言ってピッチ内を指さした。彼女が示したのはミノタウロスFWがシャマーさんに反則のタックルをしてしまった場所だ。プレースキックで再開の地点、位置としてはペナルティエリアすぐ外。

 そこにはボールがポツンとあるだけで誰もいなかった。キッカー誰? いや、いた。ルーナさんがほぼGKの隣あたりに立っていた。

「へ?」

 俺が見守るなか審判がプレー再開の笛を吹き、ルーナさんは小刻みに歩幅を調整しながら走り出しボールを蹴るモーションに入る……これロベカルのあれなんじゃ!?

「どごーん!」

 というような音が聞こえた気がした。それくらい、ルーナさんの左足から放たれたキックは衝撃だった。高く舞い上がったボールが、両チームのフィールドプレイヤー全員を追い越し、無人のミノタウロス陣右コーナーめがけて飛んでいく。

 いや、無人ではなかった。そこへ追いつきそうな選手が一人だけいた。それはなんと、ティアさんだった。

「はぁ!? えっ、DFは?」

 シャマーさんは負傷治療の名目でピッチ外。ルーナさんはキッカー。それでティアさんが前線に走り込んでいるとなると……誰もFWを見てないじゃないか!

『おっしゃ! おちつけじゃじゃ馬!』

 そんな俺の心配を知りもせず、ティアさんはスライディングでボールに追い縋りなんとかコントロール下に納める。普通に考えれば間に合う筈ない。見てなかったが、おそらくルーナさんが助走している時から自分も疾走を始め相手オフサイドラインギリギリで最高速に到達。独走状態に入ったのであろう。

 これほとんどもう、アメフトのパントやラグビーやんけ!

「練習通り、であります!」

 ナリンさんのドヤ顔はじめて見たな。確かにこれは俺には思いつかない戦法。エルフのキックコントロールと俊足のたまもの。この世界はこの世界で独自のサッカードウを進化させていたんだな……!

「……すご」

「まあ、スタメンとは練習を併せてないのでありますが……」

 ナリンさんの言葉通り、ティアさん以外には誰も追いついていない。かと言って彼女がゴールを狙うには角度がない。現在地はコーナーフラッグすぐ手前だ。

 ティアさんは少しだけゴール方向へドリブルした後、真っ先に反応したリーシャさんにマイナスのパスを送った。

『無理って! 今日そんなパスばっかり!』

 全速力で駆け寄ってきたリーシャさんに正面方向からのパス。それでも彼女はなんとかトラップし、ペナルティエリア外右45度からシュートモーションに入る。いけ、家元ならぬ釜本!

「どごーん!」

 再びそんな音が聞こえた気がした。

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