さらば、愛おしい日々よ


黄昏時の海は、落ちかけた日の光を飲み込むようにひかり輝いていた。

やがて訪れる暗闇を待つように、ゆらゆらと漂う水面はまるで宝石の断面のようで。揺れの角度によって微妙な色の違いを見せていて、全く飽きることがない。

全てを橙色に染めながら落ちて行く白い球体を眺めつつ、僕は冷めかけた珈琲にそっと口を付ける。

幻想的な黄昏の世界から、僕が生きる世界へと魂を揺り戻すような苦みが口内をほどよく潤す。


夢から醒めた僕は店内の喧噪を耳に入れながら腕時計を見下ろした。

母に買ってもらった腕時計の秒針が真下を通り過ぎた頃、過ぎ去って行く悲しみを惜しむように僕はカフェの席を立つ。


「今日はおひとりなんですね」


小銭を取り出しながら、店員が僕を見て言った。

僕は気持ち口角を上に持ち上げて、小銭を受け取る。

それからレジ横に置いてあったハッカ飴を手に持って、隣を向く。

そこでようやく飴を渡す相手が居ないことに気が付いた。

上を向いて、無機質に回り続けるシーリングファンを眺める。

「どうしました?」と声を掛けた店員の声でようやく首を戻した僕は、行き場の無いハッカ飴をポケットにしまい、店員に笑みを向けた。


またこの海の見えるカフェに黄昏を見に来よう。


そうして次の無い明日を想いながら、僕は静かに店を出た。




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