第5話 千代、お出かけする
時間は土曜日の午前九時。私は、絶賛悩み中である。何故なら、十時に待ち合わせがあるからだ。
「お姉ちゃん、出かけるんじゃなかったの」
下から妹の声が聞こえてくる。しかし、まだ服を決めることができないのであった。
「昨日のうちに決めとけばよかった」
私は少し嘆くように鏡を見ながら服を放っては投げ、放っては投げを繰り返していた。
「もういや」
いつもは、ジャージという女の子らしからぬ服装をしてるせいで悩んでるのが馬鹿に思える。そもそも、ただの友達とラノベを買いに行くだけ。なのに何でこんなに服装ごときに苦悩しないといけないのか、デートじゃあるまいし。
ああ。そうだ、友達ができたからか。
「これにしよう」
結局、帽子にジーンズ、そしてカーディガンという無難中の無難な服装にした。ふと、時計を見ると、九時三十分。今の時間だと、十五分オーバーになってしまう。どうしたものか。私のメアドだけじゃなく、臼井君のもらっとけばよかった。
「とりあえず、急ごう」
私は、すぐに家を出てバスに乗った。バスに乗り遅れてしまった。おそらく、三十分オーバーになるのがここに確定してしまった。
バスに揺られ、いざ駅前に着くと、ものすごく見えやすいところに臼井君がいた。ちらちらと時計を見ているところから、長い時間を待たされて怒ってるかもしれない。私は意を決した。
「臼井君、おはよう」
「おはようございます。結城さん」
「・・・待たせたよね」
私は臼井君の顔色をうかがいながら、問いてみた。
「僕も今来たところです」
「・・・・はい?」
「だから、僕も今来たところです」
思ってもみない言葉に動揺して聞き返してしまった。どうしたものか。絶対待ったはずなのに気を使ってるのかしら。いや、まさか・・・。
「あのその言葉は」
「えっ。定型文みたいなものだと。信長君が」
「はぁ。そういうことね。実際どのくらい待ったの」
「えっと・・・・。一時間ぐらいですかね」
一時間・・・。予想以上に待っている。まさか、三十分前集合してるなんて。久我君の入れ知恵かしら。
「それより、行きましょう。結城さん」
「えっ。ええ」
私の友達のお出かけはスタートしてしまったのだ。私達は、とりあえず当初の目的である駅近くのショッピングモールにある本屋に突入した。
入ってすぐのところには、店員おすすめの本が多数置かれていた。臼井君は私を置いてそこに向かっていった。手に取って、後ろのあらすじなどを見ては置くの繰り返しをしていた。私はそこに行き、その作業に夢中になってる臼井君の肩をポンとたたいた。それに気づいて臼井君は後ろを振り向いた。
「裏表紙見るのって楽しいですね。なんか、ゲームのパッケージ裏を見るみたいで」
「いや、でも、あなたの持ってるのって。一巻じゃないでしょ。そんなの見て楽しいの」
「それもそうですね。最初から読まないと意味は分からないですけど。でも、面白いですよ」
この人なんか面白いかも。
「こっちじゃなくて、とりあえずラノベコーナーに行きましょう。たくさんの種類あるし、ね」
私は、夢中になってる臼井君をラノベコーナーに引っ張っていく。
「家の近くよりやっぱ品ぞろえ多いんですね」
なぜだか、目をキラキラさせている臼井君。こっちに来ても、私を置いてけぼりにして裏表紙を見ている。私はそれをさておき自分のおすすめの本を第一巻だけ数本とると臼井君のもとに持っていく。
「臼井君。これが私のおすすめなんだけど」
少し驚いている。私の存在を忘れているのかしら。
「ああ、結城さん。ラブコメと異世界ファンタジーものですか」
「うん。この二つはなかなか感動もするわよ」
「そうなんですか。じゃあ、これにします」
「結構あっさりなのね」
「自分では分からないですからね」
なかなかあっさりしてる人なんだと私は実感した。優しい人なのかも。初めにきつく当たったのは間違いだったわね。ただ、また私を置いてとっととレジの方に行ってしまった。それ治らないのかしら。心の中で笑ってる自分がいた。
「あの・・・。お願いがあります」
レジから買い物袋を持ってこちらに向かってきた臼井君は、私にいいたいことがあるようだ。
「なんでしょう」
「ゲーム見に行っていいですか」
何かと思えば自分の趣味の物だった。私は笑顔で答えるのであった。
「どうぞ」
そんなこんなゲームを見に来ている私達。ここでも私を置いてけぼりで、自分の気になるもののパッケージ裏を見ている。本当に好きなんだなと実感している。
「なんか、面白そうなゲームあった」
「最新作のFPSなんてとても面白そうです」
「FPSって何」
私には言葉の意味が分からなかった。ゲームはほぼしたことがなく、たまにいとことする程度である。ゲーム機本体のことかしら。
「ファーストパーソン・シューターのことです。簡単に言うと、主人公の視点でのシューティングゲームですかね」
シューティングゲームか・・・・。したことないな。
「それ買うの」
「いいえ、買うお金がないので。僕には、ラノベのほうが大事ですから」
臼井君は本気でラノベ作家を目指している。ってことなんだ。夢ってことなのかな。でも、そういうのいいな・・・。
「それより結城さん。ゲームセンター行きませんか」
「ゲームセンター・・・。いいけど、先にお昼にしない」
私は時計を見ながら提案した。
「それもそうですね」
彼も快く承諾してくれた。私は、ショッピングモール内にあるハンバーガーショップに足を運ぶことにした。ここなら、お金がないと言っている、臼井君にもリーズナブルな価格で大丈夫だからだ。
頼んだものを手に取り私たちは、奥の席に着いた。少し早い時間だったからか、まだ席は空いていた。
「そういえば、臼井君はなんでラノベ作家になろうと思ったの」
私は、とても疑問に思っていた。ゲームを我慢してまでなりたいラノベ作家。なんでそんなことを思ったのか。ラノベもそんなに読んでいない臼井君は、どこに魅力を感じているのか。
「最初は、お金ですかね。新人賞に入選したらお金もらえるじゃないですか。そしたら、ゲームを買えますし。それに出版されれば、印税やらなんやらでさらにもらえると思ったからですよ」
私は唖然とした。笑いながら言う臼井君に。たかが、そんな理由でラノベ作家になりたいだなんて。侮辱にもほどがある。私は内心イラっとした。こんな人だとは思わなかった。
「でも、今は違います。最初の入りは、お金のためでしたけど。ライトノベルを初めて読んだとき衝撃が走ったんです。文章だけで読者を喜ばしている。素晴らしいものなんだと。僕は、小説とかは絵もないのに面白くないし、正直読むのはめんどくさいと敬遠していたんです。でも、読んで文章のことを想像する。そしたら、なぜだか笑っていた。すごくないですか。文章だけですよ。それで、僕も書きたいなって思たからですかね」
・・・、違った。臼井君は、入り方が特殊なだけで、ラノベを分かっている。そう思えた。
「そうなんだ」
臼井君は笑顔をこちらに向けている。なんだろ。私、なんか変な感じがする。この人とは気が合うのだろうか。
「あの・・。早くゲームセンターに行きたいです」
いつの間にか頼んだものをたいらげていた。
「ちょっと待って」
私は少しペースを上げて食べた。そんなにもゲーセンに行きたいのだろうか。それより、そもそもお金無いんじゃないの。
頑張って食べたせいで何やらおなかが痛い。そんなことをいざ知らず、ゲームセンターに連れてかれたのであった。
「何します」
「あの、ちょっとお手洗いに行ってきます」
「わかりました」
私はゲームセンター内のトイレで用を足し、今鏡の前にいる。
どうしましょう。これってデートなのかしら。ラノベを買いに来ただけのはずだったけど。ゲームセンターにまで来るとは。いや、でも臼井君はただの友達。相手もそう思っているはず。デートってなんなんだろう。妹以外と出かけるなんてほとんど皆無に等しいし、ましてや男の子なんて。でも、楽しいからいいか。さぁ、臼井君のところに行こう。
私は臼井君のところに戻るようにした。しかし、別れたところには臼井君はいなかった。
「どこに行ったのかしら」
私は、あたりを見渡すと臼井君が一つのユーフォーキャッチャーの前にいた。私は、そこに近づいた。
「臼井君。何か欲しいものでもあったの」
臼井君は急に私が背後から言ったので少し驚いていた。
「結城さん。はいこれ」
臼井君はその機会の出口からクマのぬいぐるみを取って、私の前に出した。
「これは・・・」
「結城さんに今日付き合ってくれたプレゼントです。さっきトイレ行く途中、これ見てましたよね」
私は驚いた。ほんの一瞬に気になったこのクマのぬいぐるみが臼井君の手にある。もしかして、見ててくれてたんだ。私は少しうれしく思った。友達っていいな。
「ありがとう、臼井君」
「いえいえ。それはそうと。申し訳ないんですけど。この後僕用事が出来てしましました」
「えっ、そうなんだ。じゃあ、ここで解散でいいのかしら」
「すみません。では、さようなら」
なんか、少し悲しくなっている私がいる。どうしてだろう。
そんなことを知りもせず臼井君は、出口へと向かっている。残されたのは、このクマのぬいぐるみと私。でも、今日は楽しかった。友達ってやっぱりいいのかもね。ずっとラノベを読んで壁作ってきたけど。ちょっとはオープンにしてみようかしら。
さぁ、帰ろうかな。私は、駅に向かった。
ああ、そういえばメアドも何も教えてもらってない。言うの忘れてた。私のは渡してるから・・・。いや、でもメールとか来るのかしら。彼そういうのしなさそうだけど。私はちょっと臼井君の性格を考えながら。バス停の前まで来てしまった。どうしたものやら。
バスに乗ろうとしたとき、メールが来た。まさかの臼井君だった。
結城さん、先ほどは帰ってしまってすみません。結城さんの力が必要です。今まだ駅の近くにいますか。
どうしたんだろ。何かあったのか。まさか不良に絡まれてるとか。私は急いでメールの返信を返した。
今どこにいるの。
すると、すぐに返信が来た。
駅の近くのファミレスです
私はそれを見て駆けだした。私が行ってどうこうなるとは思えないけど。臼井君が大変なら行くしかない。友達を助けるのは当たり前。
すぐにファミレスに着いた。私のいたところから本当に近い場所だった。
外から臼井君が見えた。でも、もめてる様子はない。どういうことかしら。
私は、ファミレスの中に行くと、そこには見知った顔の人物がいた。
「すみません。結城さん」
「結城。悪いな。もう帰るところだったか」
のんきにジュースを飲んでる久我君であった。
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