第3話 景虎、ナンパをする
「……やっぱり、前髪がないと……恥ずかしいな……」
今まで僕の顔を守ってきたバリア――否、前髪がなくなったことで、視界は確かに良好になった。でも、それと引き換えに、やたらと“他人の目”が気になるようになってしまった。
今日はいつもより早足で登校している。なんだか、すれ違う人の視線が自分に刺さる気がしてならない。いや、被害妄想かもしれないけど、それでも妙に落ち着かないのだ。
教室に近づくと、中から賑やかな声が聞こえてきた。ちょっとだけ、覗いてみる。
……いた。久我信長――通称チャラ男、いや、今では僕の唯一の友達。彼はクラスの中心で、数人の男女と楽しそうに談笑していた。
やっぱり、リア充はすごいなぁ……。
「景虎、遅いじゃねぇか」
不意に名前を呼ばれてビクッとする。教室の真ん中から信長君が僕に向かって手を振っている。周囲の視線が一気に集まり、僕は半ば逃げるように教室の中へ足を進めた。
「信長君、おはようございます……。それより、なぜでしょう。朝からやたらと人の視線を感じるのですが……」
僕が言うと、信長君はニヤッと笑った。
「そりゃ、お前が顔見せてるからじゃねぇか」
「……やっぱり、こんな醜態をさらす髪型はまずかったんじゃ……」
「お前、自分の顔をなんだと思ってんだ。どっか崩れてるわけでもないし、普通に整ってんぞ?」
「いやいや、どう見ても“男らしさ”とは程遠い顔でしょう」
「……まぁ、そういう卑屈なとこ含めて、いかにも“陰キャ”だな」
「……信長君。それ、褒めてるんですか?」
「気にすんな。それより、忘れてねぇよな? 今日の放課後」
「あっ、はい。……女子と友達になるための……ナンパですよね」
「はぁ~……。お前の一言一言にツッコむの、そろそろ疲れてきたわ……」
そうこうしているうちにチャイムが鳴り、僕らはそれぞれの席についた。
先生が入ってきて、なぜか僕を見て二度見していた。隣の信長君はクスクス笑っている。
……何がそんなにおかしいんだ。
授業は淡々と進み、休み時間には誰とも話すことなく、僕はラノベを読みふけった。最近読み始めたばかりだけど、ラノベはなかなか面白い。そして、僕の“研究資料”でもある。だって、将来はラノベ作家になる予定だからね。
放課後、信長君と一緒に校舎を移動する。目指すは――隣のB組。
「俺は廊下で待ってるから、お前は中に入って声かけろ」
「……はい、わかりました」
正直、今の僕の心境は“まずい”以外の何ものでもなかった。女子と話すのなんて、琥珀姉さんくらい。そもそも、どうやって声をかければいいのか……。
「おい、どうした? 早く行けよ」
「いや、その……。誰に声をかければいいのかな、と……」
「ああ、それもそうだな。あいつだよ。結城千代」
信長君が指差したのは、教室の隅。紺色がかった長髪を静かに揺らしながら、一人黙々と本を読んでいる少女だった。クールな佇まいというべきか、孤高というべきか……。
要するに――ボッチ仲間っぽい。
「じゃあ、行ってきますね……信長君」
「おう」
緊張で心臓がバクバクする中、僕は決死の思いで結城千代の席に向かって歩いた。
「あの、ちょっといいですか……?」
声をかけると、彼女は静かに顔を上げ、睨むような鋭い視線をこちらに向けた。
うわっ……怒ってる?
「なんでしょうか」
声は冷たいけれど、内容は至って普通。それでも、僕の足はすくみそうだった。だけど――ここで逃げたら、またボッチのまま。それに、信長君との“約束”もある。
「あの……。僕と、友達からでいいので――付き合ってください!」
深々と頭を下げる。完璧なフォーム。心を込めた一言。
……はずだったのに。
「はぁ? イケメンだからって調子乗ってるの? 付き合うわけないでしょ!」
「えっ……イケメンとは、誰のことでしょうか……?」
「私の気持ちはこれっぽちも動いてないから。はい、終了」
「……そうですか」
バッサリ。これほど分かりやすい拒絶は初めてだ。
教室の空気がざわついてる。笑ってるやつもいる。なぜだ……僕はただ、友達になりたかっただけなのに……!
耐え切れず、僕はその場から逃げ出した。廊下には信長君が腕を組んで待っていた。
「あの……ダメでした……」
「見てりゃ分かるよ。で、なんて言ったんだ?」
優しさが見え隠れする声。ちょっと救われた気分。
「僕と友達からでいいので、付き合ってくださいって……」
「やっぱりな……。だからそれは告白の言葉だっての!」
「間違っちゃいました……」
信長君は深くため息をついて、僕の肩に手を置いた。
「……難易度が高すぎたか。まぁ、いい。ちょっと付き合え」
「えっ、どこに?」
「昨日のファミレスだ」
なぜか連れていかれる僕。金欠だけど逆らえない。
ファミレスに着くと、信長君はやけにそわそわしていた。
――そして。
「よし、ちゃんと来た」
扉のベルが鳴り、見慣れた少女が入ってきた。結城千代――さっき、僕をフルボッコにした相手である。
「あの、久我君。無駄な時間は好きじゃないんだけど……」
「まぁまぁ、座れって」
千代さんは渋々席に着く。そして、いきなりの信長君の司会進行。
「てことで、景虎と千代。まずは自己紹介だ」
「えっと……臼井景虎、一年C組です……」
「結城千代、一年B組。で、これはどういうつもり?」
「まぁまぁ、まずは景虎が謝りたいことあるらしいからな」
「(……僕、ですか)」
「(さっきのラブコメ誤爆を、だよ)」
……仕方ない。信長君の手前、やるしかない。
「すみませんでした。さっきは……。僕はただ友達になりたかっただけで……。言い方が分からなくて、ラノベのセリフから引用したら、間違ってしまって……」
「……臼井君も、ラノベ読むの?」
「えっ、はい。最近、読み始めました」
「そう……。私も読んでる。……じゃあ、許してあげる。代わりに――」
「代わりに?」
「私と、友達になりましょう」
……。
その一言が、今日一日の失敗をすべて帳消しにしてくれた気がした。
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