第2話信長、友人になる

 「はぁ~……だる」


 教室の天井を見上げて、俺は小さく息を吐いた。高校生活、始まってみれば案の定って感じ。何がフレッシュスタートだ。やってることは中学とそう変わんねーじゃねーか。制服がちょっとカッコよくなったくらいで、何もかもがやり直しになるわけじゃない。


 廊下側、二番目の一番後ろの席。俺にとっちゃベストポジションだ。先生の目は届かないし、風通しもいい。だが――。


「隣、まだ来てねーな」


 朝からずっと空席のままの隣の席をチラ見する。自己紹介の順番もそろそろ終盤。まさかこのまま欠席ってオチじゃねーだろうな。


 ――ガタン。


 タイミングを見計らったように教室のドアが開いた。そこに立っていたのは、まさかの――


「うわっ……マジかよ……」


 長すぎる前髪。顔の半分が見えない。口元しか見えてないのに、雰囲気だけで「あ、こいつ陰キャだ」って分かる。昨日、本屋でぶつかった、あのキモオタ野郎じゃねぇか!


「はぁ、はぁ……。申し訳ないです、先生」


 息切れしながら立ってる姿は、もはや戦地帰りか何かかよ。


「ちょうどあなたの番です。自己紹介をしてください」


「えっと、臼井景虎です。東邦南中学校出身です。好きなものは……ゲームです。よろしくお願いします」


 ――おい、やめろ。その自己紹介、余計に誤解を深めるぞ。


 しかも、よりにもよって、そいつの席は俺の隣。もう運命とか呪いとか、そういうレベル。


 午前の授業は軽く流しで終わった。友達は何人かできたけど、どうも今日はテンションが上がらない。だって、隣の席のやつが、朝からずっと空気のように静かだったからだ。


 ――と、思ってたら。


「あの……すみません」


 その“空気”が、まさかの言葉を発した。


「……なんだ、俺になんか用か?」


「はい。僕は、あなたに言いたいことがあるので……一緒に帰りませんか?」


 え?


 なんだこれ、新手のナンパか? それとも昨日の仕返しか? もしかして、あの時ぶつかったこと根に持ってる? ネットで見たことあるぞ、陰キャの逆襲ってやつ。


 でも、変に断って粘着されるのもめんどくせぇ。


「ああ、いいぜ。望むところだ」


 俺は、ある種の覚悟を持って、こいつ――臼井景虎と並んで歩いていた。昼下がりの帰り道。微妙な沈黙。気まずいにもほどがある。


「おい、言いたいことあんだろ? 立ち話もアレだし、ファミレスでも行くか?」


 環境を変えれば、こいつも話しやすくなるだろう。……って思ったら、コクリと小さく頷いた。こいつ、案外素直かもな。


 ファミレスの隅っこ、窓際の席。注文もそこそこに、話の核心へ。


「えっと……久我君……」


 景虎が口を開く。その声に、俺は思わず身構える。


「なんだ?」


「僕と、友達からでいいので、付き合ってください」


「…………は?」


 おいおい、マジかよ。俺、今、告白された? いや、まさか――


「お前、そっち系か?」


「……そっちとは?」


「いや、だから男が好きなのかって意味だよ!」


「僕は、ちゃんと女の子を好きになりますよ。何言ってるんですか」


 お、おう……。違うならいいけどよ。


「じゃあ、その言葉の意味はなんだったんだよ!」


「この本通りに友達申請をしたのですが……」


 そう言って、景虎がカバンから取り出したのは――ラノベ?


「おい、それ……貸せ」


 ペラペラとめくってると、「友達から付き合ってください」ってセリフが目に飛び込んできた。


「お前、これを見て言ったのか?」


「ええ。何か間違ってるでしょうか?」


「間違いってレベルじゃねぇよ! これはラブコメの告白シーンだろ!」


「えっ……。でも“友達から”って……」


「そういう問題じゃねぇ!」


 俺は、ため息をつきながら頭を抱えた。こんなに天然で生きてて大丈夫か、こいつ。


「信長君。どうやったら君と友達になれるのでしょうか」


 ――ああ、もう、面倒くせぇ!


「……しゃべって、気が合えば、勝手に友達になるんだよ」


「なるほど。じゃあ、僕と信長君もこうして話してるので、友達に……」


「しょうがねぇな……」


「ありがとうございます、チャラ男君」


「前言撤回。なんだその呼び方は!」


「友達になったら、あだ名で呼び合うものだと……」


「それは二次元の話だ!」


 言っても無駄っぽい。どうしてもこの景虎ってやつ、ラノベと現実の区別がついてねぇ。


 でもまあ……嫌いじゃない。


「で? 何で俺と友達になりたかったんだ?」


「ラノベを書こうと思ってるんです」


「……は?」


「切実な話ですが、お金が欲しいです。新人賞の賞金、すごく魅力的で」


「お前……夢がねぇな……」


「ですが、問題があるんです。僕はボッチらしく、ラブコメの“友達”や“恋愛”描写がまるで分からない」


「……そりゃ、確かに」


「信長君、恋愛って分かりますか?」


「俺も、分かんねぇよ」


「ええ~、チャラ男のくせに!」


「次それ言ったらボコるからな」


 こいつ、いちいち俺の怒りのツボを正確に突いてくる。


「まぁいい。女友達でも作れば?」


「でも、知り合いはいませんし……信長君以外」


「俺も昨日知り合ったばっかだろ!」


「……でも顔は見たじゃないですか」


「前髪で見えてねぇよ!」


 ……で、その瞬間だった。


 景虎が、前髪をかき上げた。


「…………」


 思わず黙った。目の前に現れたのは、意外にも――


「……お前、結構イケメンだな」


「えっ……不細工じゃないですか?」


「いや、バンドマンっぽくて、むしろカッコいいぞ」


「……そうですか」


 顔が赤い。こいつ……恥ずかしがってやがる。


「よし、決めた。ちょっと来い」


 俺は、景虎を連れて駅前の理髪店――俺の実家に向かった。


「ここで何を……」


「お前の髪、切るぞ」


「ええっ!」


 多少は抵抗されるかと思ったが、素直に椅子に座ったこいつ。前髪だけ手早く整え、後ろ髪は一つに結んでみた。


「……これで完璧。どうよ?」


「……似合ってるでしょうか?」


「似合ってる。文句なし。……よし、明日から女友達ゲット作戦始動だ」


「えっ……やっぱチャラ男ですね」


「だからそれ言うなっつーの!」


 それでも、こいつの後ろ姿はどこか満足げだった。


 俺も、不思議と悪い気はしなかった。


 こんなキモオタ、ちょっとくらい手ぇ貸してやるのも悪くねぇかもな――。

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