ボッチも積もればリア充となる

虎野離人

第1話景虎、作家を目指す

 「僕、臼井景虎は――なかなかのゲーマーらしい」


 そう、親戚の集まりに顔を出せば必ず誰かが口にするフレーズだ。叔父、叔母、従姉、祖母までもが「ほんとにゲームばっかりしてるのよ、この子」と、まるで褒めてるのか呆れてるのか分からないトーンで僕を紹介する。


 でも、僕自身にしてみれば、別にそれが特別なことだとは思ってない。だって、面白いゲームが世の中に存在していることが悪い。僕が手を出してしまうのは、必然でしかないのだ。


 ――と、そんな屁理屈をこねつつ、今日も僕は我が家の“一室”でゲームに没頭していた。


 そう、我が家の「一室」だ。なにせこの家には部屋がひとつしかない。キッチン兼リビング兼寝室兼ゲーム部屋。それが僕の今の「城」である。


「いきなり言われてもな……」


 ぽつりと、独り言がこぼれた。まるでセリフの続きを待っていたかのように、画面の中のRPGキャラも会話の途中で停止していた。現実に引き戻される。


 あの日のことを思い出したのは、突然だった。


 ――あれは、一週間前。高校受験に無事合格し、のんびりとゲーム三昧の春休みを満喫していた時だった。


「なぁ、景虎。お前は、これから一人暮らしをしなさい」


 それが、僕の人生を揺るがす、叔父の一言だった。


「えっ、急に……。何でですか? いやまぁ、ゲームばっかりしてる底辺の僕を育てるのに嫌気がさすのも分かりますが……。そんな……。見捨てないでください……」


 言いながら、自分でもちょっと情けなさに笑いそうになった。が、叔父は真顔だった。


「いや、そういうんじゃなくてだな。……お前そんなこと思ってたのか。俺は、お前を自分の子供のように育ててきたつもりだ。見捨てるわけないだろ」


 その言葉を聞いた瞬間、不覚にも胸がジンと熱くなった。やめてくれ、そういうの……。反応に困るから。


「お前の従姉の琥珀も、高校に入る時は一人暮らしをしてたんだ」


「ああ、確かに……琥珀姉さんは立派でしたね」


「お前にも独り立ちってやつを経験してほしいんだ。家賃と教育費はこっちが払う。ただし生活費は自分で何とかしろ」


「えっ……」


 引っ越しは即決だった。学校から自転車で二十分という微妙な距離の部屋。運動不足の僕には地味にきついが、誰にも邪魔されずにゲームできるという点では、パラダイスだった。


 ――あれから二週間。僕は今日もゲーム三昧だ。


 が、そんな幸せな日々は突如として崩れた。


「……終わった。何もかも」


 ゲームを買いに出かけた帰り、僕の新居のドアの前に立っていたのは、長い黒髪を一つに束ねた、見慣れた女性――琥珀姉さんだった。


「お帰りなさい、景虎君」


「うわっ、琥珀姉さん……。来てたんですか」


 僕の視線は自然とテーブルに並べられた料理へと吸い寄せられた。豪華な手料理がずらり。何事かと思った。


「景虎君、どこに行ってたんですか?」


「えっと……ゲームを、買いに」


「……」


 姉さんは深く長いため息をついた。


「食事をしながら話しましょうか」


 その提案に逆らえるはずもなく、僕は席につき、唐揚げを口に運びながら問いかけた。


「で、何の話でしょう?」


「……今日、入学式だったのよ」


 ……。


 ……入学式?


「えっ、明日じゃ……」


「だから私は反対だったんです。一人暮らしなんて。景虎君、どこか抜けてるところあるから」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。ゲームのしすぎで日付感覚が狂っていた……ただそれだけのこと。だけど、その「だけ」が人生を変えることもある。


「……ボッチ確定ですね」


「今日はそれを踏まえて、もう一つ大事な話があります。これを」


 差し出されたのは、一枚の一万円札だった。


「……これって」


「今月の仕送り。以上。足りない分は、自分で稼いでください」


「え……」


「バイトでも何でも。じゃあね、明日から頑張って」


 そのまま、琥珀姉さんはご馳走と一万円を置いて、颯爽と帰っていった。


 ……。


「生きていける気がしない……」


 仕送り一万円。ゲーム優先主義の僕には死刑宣告に等しい。けれど、それが現実だった。


「とりあえず……バイト、探さないと」


 机の上に山積みのゲームパッケージを押しのけ、PCを立ち上げる。気づけば、いつものようにゲームのまとめサイトを開いていた。


「……って、違うでしょ!」


 自分に突っ込む。生活の危機だ。ちゃんと探さないと。


 その時――目に飛び込んできたのは、あるバナー広告。


『東都文庫大賞 ライトノベル部門 あなたもラノベ作家を目指そう』


「これだ……!」


 体が勝手に動いた。気づけば自転車を漕いで、本屋へ向かっていた。


 ラノベなんて、読んだことなかった。でも――今の僕には、それしか道がない。


 ライトノベルコーナー。何を選べばいいか分からず、手に取ったのは一冊の本。


『君に捧ぐ歌 作・霧島きな』


 ――店員一押し。それなら間違いないはず。


 その時だった。


 バンッ


 何かにぶつかった。いや、誰かに、だ。


「いてぇなあ……」


 顔を上げると、目の前に立っていたのはチャラそうな男子高校生。金髪にピアス、制服のボタンも外れていて、まさに陽キャ代表。


「す、すみません……!」


 ビクビクしながら謝ると、彼は落ちた本を拾い、手渡してきた。


「ほらよ」


「あ、ありがとうございます……」


「そんな髪なげえから前見えねぇんだよ。気ぃつけろよ」


 そう言って、チャラ男は去っていった。


 なんだ、見た目に反して、案外いい人……?


 ホッと胸を撫で下ろしつつ、僕は手に取ったラノベを見つめた。


 ――ここから始めよう。僕の、リアルと物語の再起動(リスタート)を。


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