第24話 死闘の末に
衝撃的な発言だった。でも、納得のいかないことばかりが僕の脳内を徘徊している。
「嘘だ。だってダーゲン、お前はブリノスの王子だろ」
僕の問いかけに、ダーゲンはニヒルな笑みで応える。
「魔法の力で、俺様がブリノスの王子だと民を洗脳していた。としたらどうだ?」
たしかに魔法なら、それくらいのこと容易くできるのかもしれない。でも。
「もしそれが本当だとして、どうしてお前は魔法が使えるんだ」
ダーゲンは紛れもない男だ。男は魔法を使えないはずなのに。
ダーゲンは大声で笑うと、僕に向け言った。
「どうやら俺様は近年のアリアスで、唯一魔法が使える体質を持って生まれた男らしい」
するとダーゲンは離れた位置にも関わらず、右手を僕に向けてきた。
「魔法が使える。それを知ったのは、俺様がブリノスで生活するようになってから。その時に思った。この力があれば、アリアスから追放した国王を倒すことだってできる。でもいくら俺様が特別な存在でも、数の力には敵わない。一人でアリアスを攻めたところで、敗北は目に見えている。だが俺様は閃いた。ブリノスで母が持参していた魔導書ばかり読んでいた頃に出会った、ブルーローズの記述のことを。もしブルーローズが本当に存在するなら、その力を手に入れれば、俺様は最強の力を手にできると。そして今、ようやく手に入れた」
ダーゲンの手のひらを、赤い煙が纏っているのが見える。
「貴様ごときに無駄話をしすぎた。そろそろお遊びも終わりだ。貴様はあの世から俺様がこの世界を手にする勇姿を、見届けるがよい!」
瞬間、赤い煙が急激に輝き始めた。魔力のわからない僕にも、その威力の大きさを肌で感じ取ることができた。
このままじゃマズイ。
僕は地面を蹴ってダーゲンとの距離を取った。
――危ない!
イリスの声に反応するように、僕は咄嗟に横に跳んだ。
瞬間、とてつもない炎の光線が、さっきまで僕のいた場所を貫くように通過した。そして光線が通った場所が一瞬にして炎に包まれる。ここはアリアス平原。こんな攻撃をされたら、平原全部が火の海になってしまう。
弱い雨は未だに降っていた。しかしその雨だけで消火が追いつくわけもなく。火の海がさらに範囲を広げていく。
「このままじゃ、アリアス平原が……」
本当ならチャンスだった。魔法攻撃なら、退魔の剣で受け止めることができたはずだから。僕が逃げたせいで、あの綺麗で癒される景色の広がる平原が滅茶苦茶に。
僕はダーゲンに視線を向ける。しかしその視線の先で、異様な光景が目に入った。
「えっ……」
先程まで笑みを浮かべていたはずのダーゲンが、突然頭を抱えてはじめたのだ。
突然の出来事に、僕は何が起こったのか理解できない。
「ヒカル!」
ダーゲンの元に潜んでいたはずのロゼッタが、走って僕に近づいてくる。
「ロゼッタ」
「不死の力の場所はわかったわ。でも、今はそれどころじゃなく――」
「うおおおおおおおお!」
突然、獣みたいに咆哮を轟かせたダーゲン。
「いったい何が……」
「ヒカル。どうやら今の魔法を放ったことにより、ブルーローズの力が暴走したみたいです」
振り向くと、イリスが近くまで来ていた。
「今のダーゲンは、自らの力を制御できなくなっているはずです」
「そんな……それじゃ、このままどうなるのさ?」
「ダーゲンは無作為に力を消費し続け、マナが尽きるまで魔法攻撃を出し続けるはず。本来であれば攻撃魔法を出すには代償を伴うのですが、不死の力をダーゲンは手にしています」
「それじゃ、ダーゲンはこの世界を滅ぼすまで攻撃を続けるってこと?」
「そうなります……でも、それを防ぐ手段をヒカルは持っています」
イリスは僕が手に持つブレイブソードを見つめた。
「知っての通り、ブレイブソードをヒカルが使うことで、マナを吸収できます。私が魔法でダーゲンを足止めするので、その間にダーゲンを斬ってください」
「斬る……僕が……ダーゲンを」
「ええ。ロゼッタ、不死の力はどこにありましたか?」
僕の肩に乗ったロゼッタは告げる。
「心臓だったわ。アイツの心臓を貫けば、不死の力とブルーローズの力をその剣に封じ込めることができるはず」
「そうですか……ヒカル、今が好機です。おそらくダーゲンは力を制御しようと抗っているはずです。ですが、もしダーゲンがブルーローズの力に抗えなくなったら。その時はアリアスの終わりを意味しています」
「アリアスの……終わり……」
イリスの言葉が僕の胸を深く抉った。
僕がこの世界に来たのは、アリアスを救うためだ。そのためにイリスは、世界を越えて僕に会いに来てくれた。
今の僕にはわかる。それがどんなに大変で、どれだけ多くの人の運命を変えたのか。
もし僕が失敗すれば。これから生きるはずだった人々の運命までも、終わらせてしまう。
「どうかアリアスを、この世界を救ってください」
イリスが深く頭を下げた。僕はどうして女の子に頭を下げさせているのだろうか。この決断がアリアスの命運を握っている。そんなのとっくにわかっていた事じゃないか。
僕を信じてくれたイリスのために、僕はできることをする。
「うん。わかった」
僕は頷くと、イリスを抱えて地面を蹴った。ダーゲンは未だに地面をのたうち回っている。だからこそ、今のうちにやらないといけない。
ダーゲンとの距離が三メートルの所でイリスを降ろす。
「準備はいいですか、ヒカル」
「……うん。大丈夫」
周囲は煙が充満していた。そんな息苦しい中、イリスがゆっくりと両手をダーゲンへと向ける。そして、イリスが動きを止める魔法を放った。
「ストップ!」
イリスの手から放たれた緑色の光線は、そのままダーゲンの身体に当たった。すると先程までのたうち回っていたダーゲンが、仰向けになったまま動きを止める。
「さあ、ヒカル。今です。ダーゲンにとどめの一撃を……」
ついにイリスのマナも限界に近づき、光線が消えると同時に地面に膝をついた。
ありがとう、イリス。後は僕が決めるだけだ。
ダーゲンの目の前に近づいた僕は、両手で剣を持って心臓に剣先を合わせる。
この剣で心臓を貫けば、全てが終わる。イリスの思いを、僕は叶えることができる。
僕は剣を握る手に力を込めた。これで終わり……。
そう思った矢先だった。
動かないはずのダーゲンの手が突然すっと伸びて、僕の手首をつかんだ。
「なっ……」
僕は直ぐに剣を心臓に突き刺そうとした。しかしダーゲンの抵抗の方が強く、中々突き刺せない。次第にダーゲンの身体が小刻みに震えはじめた。
抵抗しているのかもしれない。もし、ここで硬直が解かれたら……。
「リストップ!」
突然、僕の視界に青色の光線が入ってくる。その光線はダーゲンに命中し、再びダーゲンは動きを止めた。
イリスはもう限界のはずだ。ロゼッタも魔法は使えない。ならこの魔法はいったい……。
「早くしろ、ヒカル。ダーゲンに、最後の一撃を……」
声を聞いた瞬間、その懐かしい声に僕は泣きそうになった。
でも、まだ泣くのは早い。僕の手で全てを終わらせないといけない。
「ヒカル!」
「うん」
ロゼッタの声に僕は頷く。今度こそ、本当に終わりだ。
「やああああああああああ!」
ありったけの力を込めて、僕はダーゲンの心臓に剣を突き刺した。
瞬間、ブレイブソードに埋め込まれていた唯一の宝玉が、七色に輝き始める。そこから溢れ出る光は、時間を追うごとに強さを増していく。そして宝玉から放たれた強烈な光が、アリアス全土を包み込んだ。僕は暫く目を開けることができなかった。
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