五章

第20話 時の狭間

「ヒカル……起きるのじゃ、ヒカル」


 呼びかけられた僕は、その声に導かれるように目を開けた。

 見たことのない景色が目の前に広がっている。全体がメタリックな素材で囲まれているような。未来を彷彿とさせる神秘的な空間は、僕にはとても似つかわしくない場所だった。

 身体を起こした僕は、目の前にいた一匹のリスを視界に捉える。


「……リーマスさん?」

「四年ぶり……いや、お主にとっては数分の感覚かもしれぬな」

「あの、ここって……」

「ここは時の狭間。転移魔法で移動するものが、必ず訪れる場所じゃ。本来であれば、この場所で目覚めることは決してない。だがワシはお主に話したいことがあっての。無理矢理この場所に干渉し、目覚めてもらったわけじゃ」


 改めて僕は辺りを見渡してみる。まるで時間の流れに乗っかっているような。そんな感覚を覚える。


「でも、どうして無理矢理僕を目覚めさせたんですか?」


 別に四年の時を越えた後でも良かったはずだ。漆黒の森に行けば、会えるのだから。


「まずはこれを見てほしい」


 そう告げたリーマスは、尻尾を持って呪文を唱えた。


「リバイバル」


 すると、空中に突然画面が現れた。その画面を覗き込んだ僕は、飛び込んできた映像に自分の目を疑った。


「うそだろ……アリアスが……」


 平和そのものだったアリアスの街並み。人々の喧騒で、日中はいつも賑わっていたはずなのに。映像を見る限り、その賑わいは跡形もなく消えている。崩壊した建物が映し出され、アリアス城に至っては、火の海に飲み込まれていた。


「どうしてこんなことに……」

「時間がないから手短に話そう。ヒカルが四年の時を越えている間、コポリが国王の命を奪い、クーデターを起こしたのじゃ」

「コポリが!」

「うむ。結論から言うと、コポリはダーゲンの手下だったのじゃ」


 コポリには以前からずっと違和感を覚えていた。剣を交えた時に感じた悪のオーラ。でもそれは、勝負に勝つための闘志からくるものだと思っていた。まさか、コポリがダーゲンの手下だったなんて。


「ヒカルがいなくなって以降、ダーゲンは王女との距離を一気に詰めていった。異世界から来たお主なら、既に知っているだろう。この四年の間で、ダーゲンはアリアスとブリノスの和睦交渉を始め、さらに王女に婚約まで迫ったことを」

「……うん」

「コポリは専属騎士として、常に王女と一緒じゃった。そしてヒカルがいなくなって二年が経ったある日。コポリもついに知ってしまったのじゃ。王女がニ十歳になった時、真名を取り戻すことを」


 その後に何があったのか。リーマスの話を聞かなくてもわかった。おそらくコポリはブルーローズを入手するための条件を、ダーゲンに伝えた。それを知ったダーゲンは、コポリに指示したんだ。イリスがニ十歳を迎える直前に、クーデターを起こしてアリアスを支配しろと。


「イリス……イリスは無事なんですか?」

「無事じゃ。今はワシと一緒に、漆黒の森へと身を潜めておる」

「そうですか……」


 ほっと安堵するも、僕はどこか落ち着かなかった。


「コポリは今、ダーゲンの魔法の力を使ってアリアス城を占拠しておる。逃げ遅れた民を人質にとり、ダーゲンの到着を待っておるのじゃ」


 アリアス城のバルコニーが映された。多くの人々が不安な顔を晒している。その人々の中に、僕の知っている人達がいた。


「コレット! それに、バレッタさんまで……」

「ダーゲンは今もなお、血眼になって王女を探しておる。今はワシの力でかくまっておるが、王女が二十歳に近づくにつれ、徐々にマナが濃くなっていくのじゃ。それに選択の時が訪れる瞬間、天から差し込む光に照らされたブルーローズが王女の元に現れてしまう」

「それって……イリスの場所を誰もが認識できるってことだよね?」


 リーマスは頷くと、尻尾から手を離した。それと同時に空中に表示されていた画面が消える。


「ヒカルよ、お主はアリアスを救うために来た。そうじゃったな」

「うん」

「そのためにはダーゲンの野望を阻止するしかない。しかしお主がやるのは、ダーゲンを止めることではない。ブルーローズのマナをどうにかするのじゃ」


 リーマスの言う通り。ブルーローズの力さえどうにかできれば、ダーゲンは力を持てないのだ。それはダーゲンの野望を阻止することに繋がる。


「でも、どうすればいいのか。まだ僕はわかっていないんだ」


 それが一番の問題だった。ブルーローズに溜まった膨大なマナを、どう処理するのか。

 リーマスは言っていた。もしこの膨大なマナをイリスが得ることになったら。力が暴走して、世界が破滅すると。それにイリス自身も力に取り込まれてしまうと。

 どうすればマナの力に飲まれずにいられるのか。

 ずっと考えてきたけど、未だに良い案が思いつかない。


「問題ない。既に解決できる手段をヒカルは持っておる」

「それって……」

「背中に背負っておるではないか。退魔の剣、ブレイブソードを」


 ブレイブソード。僕は鞘から剣を抜いた。


「その剣は以前アリアスがこの世界を統治した際、使われた剣。剣の鍔をみるのじゃ」


 言われた通りに鍔を見ると、中心に大きな透明な宝玉が埋め込まれている。その宝玉の両サイドには二つずつ丸いくぼみがあった。


「この世界は大きく四大国に分かれておる。北のアクアスノウ、南のボルケラバー、東のブリノス、そして西のアリアス。そのくぼみには、各国が持つ宝玉が入るのじゃ。宝玉を付けた剣は、とてつもない魔力を秘めた剣になると言われておる」

「もしかして、僕は四つの国に行かないといけないってこと?」


 そんな時間なんてないはずだ。イリスがマナを取り戻す瞬間が、すぐそこまで迫っているのだから。しかしリーマスは首を横に振った。


「そうではない。この剣の持つ真の力は、四つの宝玉が無い時にこそ発揮されるのじゃ」

「それって……今も使えるってこと?」

「使える。しかしその力は誰もが使えるわけではない。お主にしか使えない力なのじゃ」

「僕にしか使えない……それって、どういう――」


 瞬間、まばゆい光が僕を包み込む。その眩しさに、僕は思わず目をつぶった。


「ヒカルよ、もう時間じゃ。ワシと王女は漆黒の森でお主を待つ。まずはコポリを倒し、アリアスの民を救うのじゃ。ヒカルが持っているのは退魔の剣。その意味を決して忘れるでないぞ」


 その言葉を最後に、リーマスの声は聞こえなくなった。それと代わるように、どこかで聞いたことのある音が、頭に響いてくる。

 チクタクと時を刻む音。その音に包まれるように、僕は意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る