第21話 時を越えた再戦
「――て、ヒカルってば!」
声が聞こえ、僕はゆっくりと目を開けた。
「……ロゼッタ?」
「そうよ。大丈夫?」
「ん……僕は大丈夫」
身体を起こし、辺りを見渡してみる。視界に飛び込んできたのは、以前僕が見たことのある景色だった。
「ここって……時計塔だ」
「そうみたいね。でも、私達って本当に時を越えたのかしら?」
たしかにこの場所だけでは、四年後に来たという判断を下せなかった。見た感じ、四年前と変わったところが見受けられなかったから。
僕は文字盤の対面にある窓に歩み寄り、外の様子をうかがう。
「……どうやらちゃんと辿り着いたみたいだよ、ロゼッタ」
「何よ。なんか外に見え――」
窓辺に駆け寄ったロゼッタは、月明かりに照らされた外の光景に言葉を失っていた。以前の城下街を知っている僕達から見れば、その変わり様は明らかだったから。
「僕達が時を越えている間、コポリが……クーデターを起こしたんだ」
「コポリって……スクイラル杯でヒカルに勝った姫様の専属騎士よね?」
「うん」
「それって大問題じゃない。ねえ、姫様は無事なの?」
詰め寄って来たロゼッタを手で制し、僕は頷く。
「大丈夫。イリスは無事だよ。リーマスさんが守ってくれてるから」
「リーマスが……」
「うん。時を越えている間に、リーマスさんと話すことができて。そこでアリアスの現状について色々と聞いたんだ」
俯いた僕は拳を握りしめ、悔しさを押し殺す。もし僕がスクイラル杯でコポリに勝っていれば。このような事態にならなかったのかもしれない。
「ヒカル!」
顔を上げると、ロゼッタの真っ直ぐな視線が目に入った。
「あなたは姫様を助ける為に来た。そうよね?」
「……うん」
「だったらくよくよしている暇なんてないでしょ。何度も転移魔法が使えないんだから、過去を悔やんだって意味がないの。だったら、今できることに全力を尽くしなさい」
「ロゼッタ……」
胸に響く言葉だった。ロゼッタの言う通りだ。もう逃げない。そう決めたのは僕自身だ。だったら、まだ決まっていない未来を作っていくことの方が大事だろ。
パシッと頬を叩いた僕は、気合を入れなおす。
「ありがとう、ロゼッタ。目が覚めた」
「べ、別にあんたのことなんてどうでもいいから。私は姫様を救いたい。そ、それだけよ」
ぷいっとそっぽを向いたロゼッタの頭を撫で、僕は歩き出す。
「ちょっ……何を――」
「行こう、ロゼッタ。リーマスさんがイリスを守ってくれている間、僕達はイリスの大切なものを取り戻す」
「た、大切なもの?」
頬を赤らめたロゼッタに向け、僕ははっきりと言った。
「まずはコポリに捕らわれたみんなを助ける」
時計塔を出た僕とロゼッタは、静寂の広がる城下街を歩いていた。
崩壊した建物、焦げ臭さが漂う街中。こうして間近に見ると、イリスが僕に助けを求めてきた理由が痛いほどわかる。
「それにしても、本当に酷いわね……」
いつも明るいロゼッタも、流石に元気がないように見えた。でも、それは当然で仕方のないことだと思う。目の前に広がっている光景を見てしまうと、嫌でも賑わっていたあの頃と比べてしまうから。
暫く道なりに歩くと、前方にアリアス城前の門が見えてきた。
「ヒカル、あそこに人がいるわ」
ロゼッタが指差す方に視線を向けると、そこにはたしかに人がいた。しかし様子がおかしい。
「だ、大丈夫ですか?」
駆け寄った僕は、門柱に背中を預けていた兵士に声をかける。身体は既にボロボロで、心身ともに疲弊しきっているようにみえた。
「……誰……ですか?」
「アリアスの騎士、ヒカルです」
「ヒカル……そうか、あの時の……」
顔を僕に顔を向けた兵士は、苦しそうにしながらも笑みを浮かべた。
「あの、コポリはどこに」
兵士は震えている右手を何とかあげると、後方を指差した。
「城内に立てこもっている……はずだ。彼は国王様を殺してクーデターを起こし、民を人質に……」
咳き込む兵士に、ロゼッタが回復魔法をかけた。ほんの僅かだけど、兵士の表情が穏やかになっていく。
「ありがとう。少し楽になったよ。使い魔のリスさん」
「人助けは姫様が望むこと。私は当然のことをしたまでだわ」
すました顔をするロゼッタ。それでもロゼッタの尻尾を見れば、言われて嬉しかったんだということがわかる。表情に出さないところが、いかにもロゼッタだなって僕は思う。
「それでヒカル。ここに来たってことは……」
「コポリを止めに来ました。それと、人質になっている人達を助け出します」
次は絶対にコポリには負けられない。もし負ければ、今まで積み重ねてきたことが全て水の泡になってしまう。それだけは、絶対に避けないといけない。
「そうか……いや、この四年で迷いがなくなったな。本当にたくましくなった」
「私がみっちりと鍛えましたから、当然ですよ」
ロゼッタは誇らしげに胸を張る。実際にロゼッタのお蔭でもあるので、僕は素直に頷いた。
「あの、人質の場所ってわかりますか?」
「おそらくイリス王女の部屋にいるはず……くっ」
すると突然胸を押さえた兵士は、地面に倒れこんだ。
「大丈夫ですか! ロゼッタ!」
「ええ。わかってる」
ロゼッタが再び回復魔法をかける。しかし一向に回復する兆しがみられない。
「どうして……ロゼッタ! もっと強い回復魔法を!」
「そんなのないわ。でもどうして効果が……まさか!」
ロゼッタが何かに気づき、辺りの捜索を始めた。
「ロゼッタ、何してるのさ。そんなことよりも、早くこの人を――」
――その人はもう助からないですよ。
声を聞いた瞬間、僕の中で怒りのボルテージが一気に上がった。
「コポリィィ!」
大声で憎き相手の名を叫ぶ。しかしコポリは、僕の前に姿を見せようとはしない。
「ヒカル! こっち」
ロゼッタの声に導かれるように、僕は壊れた門をくぐり抜けた。
開けた場所に出た僕は、直ぐにおかしな光景を目の当たりにする。風が強く吹いているわけでもないのに、落ち葉が不規則に動いているのが見えた。
「ロゼッタ! 補助魔法を」
「ええ。いくわよ」
剣を抜いた僕は、落ち葉の所へ向け走り出す。そしてロゼッタが呪文を唱えた。
「ストレッグ!」
脚力強化魔法により、僕は誰よりも速く動けるようになった。そして僕は、落ち葉の所にいた人物をようやく視界に捉えた。
「いたぞ!」
僕は速度を緩めず、そのまま剣を握る手に力を込める。そして棒立ちしているコポリに向けて、勢いよく剣を振りかざした。
「やああああっ!」
コポリの身体に剣先がめり込む。ついに捕らえたと僕は思った。しかし剣は、あっさりとコポリの身体をすり抜けていく。
違う。これはコポリじゃない。僕が切ったのは、コポリの残像。
仕留めそこなった僕をあざ笑うかのように、コポリの声が響く。
――危ないですよ。いきなり僕を切るなんて。酷いじゃないですか。
「コポリ! 出て来い。どうしてお前はこんなことを……」
――ったく、仕方ないですね。今行ってあげますよ。
すると城内に入るための正面扉が、ゆっくりと開いた。そこから黒いマントを羽織って、仮面をつけた男が姿を見せる。
何も変わっていない。四年前、スクイラル杯で戦ったコポリ本人。
「お久しぶりですね。あの日以来ですから……四年ぶりでしょうか」
「そんなことどうでもいい。どうしてイリスを裏切ったんだ!」
僕の叫びに、コポリは腹を抱えて笑い出す。
「な、何がおかしいんだよ」
「いやー僕は裏切った覚えなんてないですから」
「何だと……」
「そもそもイリス王女の専属騎士になる前から、僕はダーゲン様に仕えていたんで」
笑みを見せるコポリが許せなかった僕は、地面を強く蹴ってコポリのいる場所へと飛び込む。
「ちょ、ヒカル。無理に飛び込んで――」
「うらああああ!」
ロゼッタの注意を無視して、僕は再び剣を振りかざした。しかし僕の攻撃は、いとも簡単にコポリに交わされる。
「ちょっと待ってくださいよ。まだ話の途中ですよね。君ってそんなに短気でしたっけ? もっと弱い人間だったはずじゃ――」
「うるさい。だいたいアリアスで育ったはずなのに……どうしてアリアスの平和を奪うんだよ!」
僕の発言が気に食わなかったのか、コポリは冷淡な目で僕を見つめた。
「平和ですか……民の誰もが平和な生活を送れていたと思っていたら、大間違いですよ」
コポリは鞘から剣を抜くと、僕の方へと飛び込んできた。
「ロゼッタ!」
「ええ。いくわよ……スターム!」
キーンと甲高い音が響く。僕は腕力を強化して、コポリの突進を剣で受け止めた。
重い。その剣の重さに、たまらず僕は一歩後ずさった。
「僕はですね、小さい頃に病気で父さんを亡くしたんですよ。そんな僕と母さんの生活は、周囲と比べてとても貧しかった。でもアリアスには、そんな貧しい生活から抜け出せるかもしれない職があったんですよ」
「それって……」
「そう、スクイラル杯ですよ。優勝すれば、間違いなくアリアスの騎士になれる。それは生きている間、生活を保障されることにもなりますからね」
僕は思いっきり腕を前に出し、反動を使ってコポリと距離を取った。
「ならコポリは目的を果たしているだろ。僕に勝ってイリスの専属騎士になった。生活だって保障される。なのに、どうしてダーゲンの言いなりになる必要があるんだよ!」
「いちいちうるさいですね。僕に力を授けてくれたダーゲン様のこと、悪く言うのはやめてください」
コポリの姿が目の前から消えた。剣を構えた僕は、集中力を高めて攻撃に備える。すると僕の周りで土埃が立ち始めた。
来る。
瞬間、八人のコポリが現れて僕を取り囲んだ。
スクイラル杯の時と変わらない攻撃パターン。対処法を知っている僕は、右足を一歩下げて腰を捻る。そして左足を軸に反時計回りに一回転した。
回転切り。ロゼッタとの特訓で威力の上がった技は、コポリの残像を一気に蹴散らす。そして八人のコポリのうち、本物の一人が地面を蹴って僕との距離をとった。
「クソっ」
コポリは肩で息をし始めた。僕は息を整えつつ、コポリがダーゲンに従う理由を考える。
元々、コポリは身体が弱かった。それはコレットが言ってたし、イリスだって知っていた。そんなコポリがスクイラル杯で勝つために、ダーゲンから力を借りたのは理解できる。
でも目的を果たしたコポリが、そこまでダーゲンに粘着する理由が僕にはわからない。
それにダーゲンは……。
「ヒカル!」
突然名前を呼ばれ、僕は後ろを振り向く。しかし、視線の先には誰もいない。
「上よ。上を見て」
声に従って僕は上を見上げる。するとそこには手を振っている人の姿があった。
「コレット! 動けるなら、早くそこから逃げるんだ!」
「逃げられないの。見えない壁が、このバルコニー全体を覆ってて」
コレットが空中を叩くたびに、見えなかった壁が現れるのがわかった。おそらくコポリが仕組んだのだろう。
「お願い、ヒカル! コポリを助けてあげて!」
「助けるって……」
「コポリは……危ない!」
コレットの声に反応した僕は、咄嗟に地面を蹴った。後方で剣が地面を叩く音が聞こえる。後ろを振り向くと、鋭い目つきのコポリが目の前にいた。
「誰がよそ見をしていいって言いましたか? 相手はこの僕ですよ」
ニヒルな笑みを見せたコポリは、怒涛の攻撃で僕を追い込んでいく。攻撃を防ぐたびに、重い一撃が痺れとなって、僕の手に伝わってくる。
それでも今は、何とか攻撃を防げている。
でも、このままじゃ絶対にだめだ。僕は今、ロゼッタの補助魔法でコポリと渡り合えている。でも、魔法の効果は無限じゃないことを学んだ。もしもスクイラル杯のイリスみたいに、マナを限界まで使ってしまったら。
「ロゼッタ……大丈夫?」
「ええ……でも、そろそろ限界が近いかもしれないわ」
ロゼッタの力は、使い魔の中で見れば優秀な部類に入るのかもしれない。しかしその力はウィッチ達と比べると、やはり劣っている。消耗だって激しいのだ。
苦戦する僕を見たコポリは、ニヤリと笑みを見せた。
「弱い……弱すぎる。でもそれは仕方のないことですね。そもそも魔法の質が違いますから」
「あら、言ってくれるじゃないの。補助魔法が無ければ、あんたもへなちょこなくせに」
ロゼッタはコポリを睨みつける。強気な姿勢を絶対に崩さない。
「魔法をいかにうまく使うか。その力も求められているんですよ。でもヒカルはそれができていなかった。だからあの時も、僕が勝ったんです」
するとコポリの剣が突然輝き始めた。
「な、何だ……」
コポリの剣を受け止めていた僕は、直ぐにその輝きの意味を理解する。
「さっきよりも力が……」
「お遊びは終わりにしましょう。これで最後です」
瞬間、コポリは思いっきり剣を振り払った。
「うわああああ!」
そのあまりにも強大な力に、僕は身体ごと吹っ飛ばされる。身体が地面に叩きつけられ、激しい痛みが全身を駆け抜けた。
「所詮、こんなもんですか。やはりダーゲン様こそ、この世界を統治するにふさわしいお方」
ゆっくりと僕の方へ歩いてくるコポリ。僕は手から離れた剣を握り直し、コポリへと顔を向けた。コポリの表情は仮面の下に隠れていて、様子がわからなかった。でも口角が上がっている所を見ると、おそらく笑っているのだろう。
「ロゼッタ……」
「まだ……まだ大丈夫。私は……戦えるわ」
僕の肩にしがみついていたロゼッタも、既にボロボロだった。それに加えマナだって、ほぼ底をつきかけている状態。
もう駄目なのかもしれない。そう思った僕の脳裏に、とある言葉が蘇る。
勇気。
そうだ。僕にはイリスが信じてくれた勇気がある。こんなところで諦めるわけにはいかない。
剣を支えにして片膝をついた僕は、ゆっくりと近づいてくるコポリを見据える。
コポリを救ってほしい。ついさっきコレットは僕にそうお願いした。でも僕は、未だにその発言の意味が理解できなかった。
だってコポリは、コレットの生まれ育ったアリアスを滅茶苦茶にしたのだ。普通なら憎しみの感情とかが湧いてくると思うのに。どうしてコレットは助けてあげてと言ってきたのか。
今までのコポリの行動、四年前のスクイラル杯での戦い。コポリについて聞いた多くの情報。様々なことから、コレットの発言の意味を僕は考える。そしてとある疑問にたどり着く。
そもそもコポリは、誰に補助魔法を受けているのだろうか。
補助魔法は魔法をかける人とかけられる人、二人がある程度近くにいないと成立しないはずだ。でもダーゲンはこの場所にいない。今頃、イリスを探し回っているはずだから。ならどうしてコポリは、補助魔法の恩恵を受けることができているのだろう。
「ここであなたを倒せば、僕はダーゲン様に認めてもらえる。そうすれば、アリアスが滅亡しても生活は保障されるはず」
「違う! そもそもダーゲンに加担しなければ良かったんだ。それなのに、どうして今の生活を捨てる必要があるんだよ」
必死に叫ぶも、コポリには僕の声が聞こえていないらしい。口角を上げながら、ゆっくりと僕の元へと近づいてくる。
僕は小声でロゼッタに話しかけた。
「ロゼッタ。コポリのマナが一番強い場所ってわかる?」
「強い場所って、アンタ何考えてるのよ」
「コポリの様子、おかしいと思うんだ」
「たしかに、色々と言ってることが矛盾してるわね……」
「だから思ったんだ。コポリはダーゲンに洗脳されてるんじゃないかって」
僕の考えが間違っていなければ、コポリは何かしらダーゲンに弱みを握られているに違いない。そうでなければ、今ある生活を捨てるようなリスクは犯さないはずだから。
「ちょっと待って……顔。顔の付近に強いマナを感じるわ」
「顔って……もしかして!」
確信を持った僕とロゼッタは同時に頷いた。
「どうかしましたか? 最後に言いたいことでもあるなら、言わせてあげますよ。冥土の土産として」
そしてようやくコポリは僕の目の前にやって来た。相変わらずコポリの表情が見えない。でも、僕達はようやく原因を突き止めたのだ。コポリを止める為にするべきことを。
「それじゃ、一つだけ言わせてもらうよ……僕はまだ、勝負を捨ててないから」
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