四章

第16話 透明

 透明になりたい。

 そう意識し始めたのは、高校生になってからだった。

 小さい頃から、僕は咲と聡の二人と常に一緒にいた。公園で砂遊びをしたり、鬼ごっこをしたり。僕の家に集まって宿題をしたり、テレビゲームで遊んだり。

 本当に飽きることなく、僕達三人はどんなときもずっと一緒にいた。

 だからこそ、高校生になる直前。咲がかけてくれた言葉は本当に嬉しかった。


 ――ずっと三人でさ、いつまでも仲良くしてようね。


 今まで紡いできた三人の時間が、これからもずっと続く。僕だけが一緒にいたいと思っているわけではない。そう思えるだけの力が、咲の言葉にはあったから。

 だから僕は直ぐに気づけなかった。少しずつ、僕達の関係が変化していることに。

 高校に入学して一ヶ月が経ったある日。二人のクラスメイトに話しかけられた時、僕は初めてその異変に気づいた。


「磨石って、聡や咲ちゃんと仲良いよな」


 僕はクラスメイトの問いに、自信をもって答えた。


「二人とも、小学生からの幼馴染なんだ」


 そう答えた僕にクラスメイトの二人は、なるほどねと頷いていた。

 どこにでもある普通の会話。質問に答えた僕は、話に一区切りついたと思い、別の話をしようと思った。

 でも、まだ終わっていなかった。

 僕よりも先に口を開いたクラスメイトの発言に、僕は衝撃を受ける。


「でもさ、意外だよな」

「意外?」

「だってさ、あの二人は華があるじゃん。イケメンに美少女。でも磨石は二人とは違うって言うか……」


 開いた口が塞がらなかった。そんな僕の様子を見たもう一人のクラスメイトが慌てて口を開く。


「おい、お前ストレートに言い過ぎ」

「あ、ごめん。でも磨石はあの二人と違って、俺達と同類っていうか……」

「同じ匂いがするって言いたいんだろ?」

「そう、それそれ!」


 クラスメイトの二人は僕に悪いと言って、そそくさと何処かに行ってしまった。

 二人とは違う。その言葉が、僕の胸を深く抉った。

 ずっと一緒だったから、意識なんてしたことがなかった。僕達三人は周囲の人から見ると、変わった関係だということを。

 でも、少し考えればわかることだった。聡はスポーツもできて、勉強もできるイケメン。咲は異性の誰もが、通りすがりに一度は振り返ってしまうほどの美少女。それに比べて僕は。

 スポーツも勉強も特段できるわけもない、何の取り柄もない高校生。

 クラスメイトの言う通りだ。僕は二人と違って、秀でているものが何一つない。

 それを自覚した時、僕は気づいてしまった。

 高校入学前に約束した、ずっと仲良くすることが叶わないのではないか。僕が咲や聡と一緒にいることは、迷惑なのではないかと。

 だからこそ僕は必死に考えた。二人とずっと一緒にいる為にできることを。

 そして僕は一つの答えに辿り着いた。

 それが透明になることだった。

 透明になれば、誰からも評価を受けないはず。だって自分の価値を決めているのは、他人なのだから。誰にも存在を気づかれなければ、僕は変に目立つこともなく、二人との関係も壊すことがない存在でいられるはず。透明になることこそが、咲と聡と一緒にいることの近道だと。

 僕はそのために、目立たない努力を徹底した。

 最初の定期テストで真ん中の順位を維持し、苦手なスポーツでは必死に頑張って真ん中の順位に滑り込んだ。

 上でも下でもない立ち位置。中間点。そこにさえいれば目立つことがないし、周囲の人達に埋もれることだって容易い。それに僕は、イケメンではないただの眼鏡男子。

 これで透明になる条件が揃ったはず。だから僕は二人と一緒にいてもきっと大丈夫。

 そう思っていたのに。

 高校一年生の夏休み以降。突然、咲が僕を避けるようになった。

 透明を望んだ僕は、どこかで間違いを犯していたのだ。

 何をどう間違ったのか、僕にはわからなかった。

 だって僕は透明になった。二人と一緒にいても、遜色ない存在になったはず。

 なのにどうして咲は、僕と距離を置くようになってしまったんだろう。


 この頃から、僕は同じような夢を見るようになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る