第15話 明かされていく真実

「あと、正式な授与式は明日ですが……ヒカルにこれを与えます」


 イリスが僕の手に置いたのは、リスの形に模られたバッチだった。


「これって……」

「勲章です。これを持っている者は、アリアスの騎士として認められたことになりますので」


 受け取った勲章を眺める。以前、イリスから貰ったものと変わった部分はなかった。それでも、何となく光り具合が違う気がする。僕は早速もらった勲章を、胸ポケットの辺りにつけた。二つの勲章が胸で光っている。何となく誇らしい気持ちになった。


「それと、ヒカルに私の大切なパートナーをお貸しします」

「パ、パートナー?」


 イリスがポケットに手を入れて取り出したのは、小さくて可愛らしいリスだった。


「この子はロゼッタ。私の使い魔です」

「へぇ。可愛いリスだね」


 僕はロゼッタの頭を撫でようと手を伸ばす。瞬間、ロゼッタが尻尾で僕の手を払った。


「えっ?」


 まるで人間のような行動に、僕は動揺を隠せなかった。そんな僕に追い打ちをかけるような行動をロゼッタは取った。


「全く。これだから男は。私に触らないでちょうだい」


 ロゼッタは僕を睨むと、尻尾の毛づくろいを始めた。


「イリス……」

「ごめんなさい。ロゼッタは気の強いリスなの」

「いや、そうじゃなくて。ロゼッタって、喋れるの?」

「ええ。私の使い魔なので」


 さらりと告げるイリス。イリスにとっては当然のことなのかもしれない。でも、そんな常識は僕にはないわけで。自然とロゼッタに興味が湧いてくる。


「ロゼッタには、ヒカルのサポートをしてもらうつもりです」

「サポート?」

「ええ。今日のように、私がヒカルに力を与え続けるのは無理なので。ロゼッタには、私の代わりを務めてもらうつもりです。力は少し劣りますが」


 僕はロゼッタに視線を向ける。ベッドの上でずっと毛づくろいを続けていた。


「ロゼッタ。頼みますね」

「ええ。わかってるわ。そこのポンコツを、私がみっちり鍛えてあげる」


 毛づくろいを止めたロゼッタは、リスのくせに腕組みをしていた。


「よ、よろしく」


 僕が手を伸ばすと、ロゼッタは再び後ろを向いた。

 また尻尾で攻撃してくるのか。そう思ったけど、今度は攻撃ではなく、そっと僕の指に尻尾を当ててきた。

 ふわふわとした感触。毛並みの良さが、僕の本能をくすぐる。

 もっと触りたい。そう思った僕は、ロゼッタの尻尾をつまもうとした。


「何するのよ! この悪魔!」

「痛っ」


 声を荒げたロゼッタに、手の甲を引っかかれてしまった。その光景を見たイリスが、クスっと笑う。


「ダメっ……ダメですよヒカル。リスの尻尾は非常に敏感で、取れやすいのですから」

「えっ……リスの尻尾って取れるの?」

「はい。それに一度取れると二度と再生しませんから。ロゼッタが怒るのも仕方ありません」


 ロゼッタは未だに僕のことを睨み付けていた。これから一緒に旅をするのに、嫌われてしまったかもしれない。


「ごめん、ロゼッタ。知らなかったんだ。許してくれるかな?」


 ロゼッタはプイっとそっぽを向いた。どうやら許してもらうのに、時間がかかりそうだ。


「そうだ。イリスは使い魔がいなくても大丈夫なの?」

「ええ。私には、もう一匹の使い魔がいますので」


 イリスの肩には、いつの間にかロゼッタではないリスが肩に乗っていた。


「スノウです。ロゼッタとスノウは姉妹で、スノウは妹です。とても大人しいリスですね」


 僕の方を向いてペコリとお辞儀をしたスノウ。ロゼッタよりも、雰囲気が柔らかくて、正直スノウの方がよかったなと僕は思ってしまった。


「あのさ、姫様。コイツ、私よりもスノウの方が良かったとか思ってるんだけど」

「どうして僕の思っていることが……」

「あっ! やっぱり思ってたんだ。姫様、コイツのこと懲らしめていいかしら?」


 ロゼッタの冷たい視線に、僕はただひたすら謝るしかなかった。


「姫様。よろしいでしょうか」


 明るくなった部屋に、クリスの声が聞こえてきた。


「入って来ていいですよ。クリス」


 ドアを開けたクリスは、イリスに一礼すると耳元で何か囁いていた。そしてクリスが離れたのを機に、イリスが僕を見据える。


「ヒカル。私はアリアス城に戻ります。良い報告、待ってますので」

「うん。わかった」


 イリスはニコリと笑うと、ロゼッタに視線を向けた。


「ロゼッタ。ヒカルを頼みます」

「大丈夫、姫様。私達の特性で案内するんだから。それに、ヒカルをみっちりと鍛え上げるつもりだし」


 ニコっと笑みを見せるロゼッタ。その笑顔が不気味すぎて、僕は苦笑を浮かべた。

 イリスが部屋を出て行く。するとロゼッタも、ドアの方へと走っていった。


「姫様とスノウを見送って来るわ」


 そう言い残し、イリス達の後を追っていった。


「それなら僕も……」


 そう言いかけた僕の前に、クリスが仁王立ちした。


「ヒカル……私は貴様に言ったはずだ。姫様の期待に応えて欲しいと。それなのに、何てざまだ。姫様が頼りにしているからおとなしくしているものの、姫様を危険な目に遭わせた罪。私は許さないつもりだ」


 クリスの言う通りだ。僕はイリスの力を上手く使えなかった。力を有限だと思い、イリスを酷使したのだから。


「うん。僕は、イリスのことを考えていなかった」

「き、貴様……」

「でも、今は違う。僕は誓ったんだ。イリスの望みを叶える為に。イリスが望むことを、最後までやり抜くって。イリスが信じてくれたものを武器にして」


 クリスから視線を逸らさなかった。迷いなんて一切ない。僕が何をするべきなのか。霞んでいた答えが、ようやく見え始めたのだから。


「……そうか。なら、貴様にこれを授ける」


 クリスは僕に立派な剣を差し出した。


「これは……」

「ブレイブソード。アリアスに代々伝わる剣だ。昔、アリアスがこの世界を統治した時に使われた。ブレイブソードは別名「退魔の剣」とも言われている。争いの根源となる人の心に潜む悪を消し去り、世界を平和に導いた剣だから。これをヒカルに託す」


 受け取った瞬間、その重さに驚いた。木剣と比べものにならない重さ。殺傷能力のある剣は、僕にとっていろんな意味で重みがあった。


「どうして僕にこれを……」

「姫様はおっしゃっていた。ブレイブソードは、アリアスを救う者が持つにふさわしいと。今回のスクイラル杯を見れば、多くの者はコポリを推すだろう。しかし姫様は、コポリよりもヒカルこそがアリアスを救うと信じておられる。そう信じられる根拠は何か。ずっとヒカルを見てきて、ようやく私も理解できた」

「ずっとって……」


 クリスの言いたいことが理解できなかった。だって僕とクリスは、今日会ったばかりなのだから。訝しむ僕を見るなり、ニヤリと笑みを浮かべるクリス。瞬間、その身体が光を放った。


「うわっ……」


 眩しくて僕は咄嗟に目を細めた。徐々に光が消えていく。視界を取り戻しつつある目が、目の前にいる人物の足をとらえた。

 太い。クリスってこんなに太かったっけ。

 そんな疑問を振り払うような声が、僕の脳に響いた。


「よう、兄ちゃん。大丈夫か?」


 聞いたことがあるセリフ。間違えるわけが無かった。僕がこの世界に来て、初めて出会った人物なのだから。


「た、タリス……えっ、どうしてここに……」

「もうわかるだろ。つまり、タリスはクリスだったってこと」


 笑みを見せるタリスに、開いた口が塞がらなかった。とりあえず深呼吸をして、現状の整理をする。タリスがクリス。男性と女性。つまり……。


「もしかして、魔法で変身してたの?」

「おう。本来の姿はクリスで、今の俺は変身後の姿ってわけだ。ちなみに俺の正体を知っているのは、イリス様とごく一部の人間だけ。だから他の人には内緒だからな」


 ガハハと大声で笑うタリスを見て、ほっとしている自分がいた。一度、裏切られたと思っていたからかもしれない。それにスクイラル杯の前に感じた違和感は、これだったんだとわかった。でもそんなことよりも、タリスは味方だったこと。その事実が本当に嬉しかった。


「でも、どうして姿を使い分けてるんだ?」

「それはスパイを見つけるためだ。アリアスの平和を守るために」

「なるほど。だから僕と会った時から、ずっとスパイって言ってたんだ」

「おう。俺はこの姿で、普段は行商人としてアリアス近辺の見回りをしている。この姿の方が、警戒されずにすむからな」


 タリスの笑いに、僕は苦笑で応える。どうみても筋肉がありすぎだし、目立ちすぎな気がしてならない。


「あと、もう一つ。俺からヒカルにプレゼントがある」


 タリスが僕の目線上で右手をゆっくりと握っていく。そしてタリスが握った手を開いて、僕から見て左斜め上方向に手を動かした。

 瞬間、僕がこの世界に来てからずっと着ていた服が、一新された。

 白を基調とした布製の服。青いラインが所々に入っていて、良いアクセントになっている。ズボンも伸縮性があり、まるでジャージを着ているような感覚だった。


「これって……」

「動きやすさを重視した服装だな。ヒカルは鎧で武装するよりは、ちょこまか動き回って攻撃していくタイプだと思ってる。おう、似合ってるじゃないか」

「そ、そうかな……」


 改めて自分の服装を見る。着たことがない服装に、少し舞い上がっているのかもしれない。自然と顔がにやけてしまう。胸元には、いつの間にか二つの勲章がついていた。


「大切に扱うように」


 声音の変化に、僕はタリスに視線を向ける。そこにいたのは、タリスではなくクリスだった。いつの間に変わったのだろう。驚く僕を気にせず、クリスは僕を見据える。


「私は姫様が見た夢のことを信じている。貴様には、姫様の心を動かすほどの勇気があるはずだ。その勇気で、どんな困難にも立ち向かってほしい」

「うん……わかった」

「……次に会う時までに、強くなっていろ。絶対にコポリに負けるんじゃないぞ」


 僕の手に小袋を置いたクリスは、そのまま階段を降りて行った。手に乗っている小袋は、僕にとって見覚えのあるものだった。


「咲……」


 学校で咲が僕に向かって投げつけた袋。色々あってまだ中身を見ていなかった。いったいこの袋には、何が入っているのだろう。


「ちょっと。クリスさんは、何処に行ったのよ」


 帰ってきたロゼッタの声に、僕はビクッと身体を震わす。咄嗟にポケットに小袋を隠した。


「何処って……さっき帰っていったよ」

「そう……あら、さっきよりはましな格好になったじゃない」


 ロゼッタは感心するように僕を眺めると、肩の上に乗ってきた。


「まあ、今日はもうすぐ夜になるし、森へ行くのは明日の方が良さそうね」

「そうだね。僕もそう思ってた」


 夕暮れ時の時間帯になり、窓の外はすっかり茜色に染まっていた。


「ヒカル、今日は泊っていくの?」


 コレットがひょっこりと部屋に顔を覗かせる。


「うん。そのつもりだよ」

「わかった。それじゃ、晩御飯の用意が出来たら……って、リスだ!」


 コレットが一目散に、僕の肩に乗るロゼッタに近づいた。


「ロゼッタって言うんだ」

「可愛い。ねえ、触ってもいい?」


 僕はロゼッタに顔を向けた。


 ――何この女。あざとすぎないかしら。


 脳内に直接話しかけてきたロゼッタ。まさか、こんなことまでできるとは。


 ――コレットは天然なんだって。純粋に触りたいだけだと思うよ。

 ――ふーん。まあ、別にいいわ。女の子は嫌いじゃないし。


「ロゼッタが触っていいって」

「ホント! ありがとう、ロゼッタ」


 笑みを見せたコレットの手が、ロゼッタに迫っていく。

 この時、僕は知らなかった。コレットが、動物の扱いに慣れていないことを。


 ――ちょ、何するの。痛い、痛いって。


 グッグッグッっと鳴き声が部屋中に響く。目の前では、コレットがロゼッタの身体を鷲掴みにしていた。


「コレット、その……もう少し丁寧にね……」

「見て、ヒカル。ほわほわしてて、気持ち良いよ」

「キィ、キィ、キィ、キィ!」


 満面の笑みを見せるコレットのことを、僕は止めることができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る