第14話 イリスの秘密
クリスに連れて来られたのは、お食事処パレットだった。アリアス城に向かうと思っていた僕は、意外な場所に虚をつかれる。
中に入ると、バレッタとコレットが僕とクリスを迎えてくれた。
「バレッタさん。姫様は?」
「先程、目を覚まされました。二階で休んでいます」
「そうですか。かくまっていただき、本当にありがとうございます」
クリスがバレッタにお辞儀をした。
「ちょっと待って。かくまったってどういうこと?」
「……先に二階へ行く。ちょっとそこで待機してろ」
質問に答えなかったクリスは、担いでいた僕を床に下ろすと、階段をのぼっていった。
「大丈夫? ヒカル」
「うん。もう大丈夫。でも、負けちゃった」
ハハハと笑って見せるも、どこか空気が重い。コレットも何て声をかけるべきか、迷っているみたいだ。
「なんか、ごめん。期待させるようなこと言っておいて」
「ううん。ヒカルは凄かったよ。でも、なんていうのかな……結果に納得できないなって」
「納得できない?」
コレットの迷いは、どうやら試合の結果についてらしい。頷いたコレットは口を開く。
「コポリと私はね、小さい頃からよく一緒に遊んでた幼馴染なの。だからわかるんだけど、元々コポリは身体が弱くて、あまり剣の稽古を受けられなかったの。だからね、同級生の中だと一番剣術に優れていなかったはずで。いくら魔法の力があったとしても、あそこまでヒカルと戦えるのはちょっとおかしいかなって」
「いや、そんなことないよ。僕だって体力は全くないし。魔法の力は本当に凄いんだ」
「うーん。そんなものなのかな」
僕が言っても、やはりコレットは首を傾げていた。
「ヒカル。イリス様がお呼びだ。上がってこい」
クリスの冷めた声が響く。僕はコレットに行ってくると告げ、階段をのぼっていく。一段のぼるごとに、不安が押し寄せて来る。
僕はイリスとの約束を果たせなかった。そのうえイリスが倒れる原因をつくってしまったのだ。そんな僕にイリスと会う資格なんて……。
「姫様。お連れしました」
「ありがとう、クリス。二人だけにしてもらえますか?」
「わかりました。何かありましたら、お呼び下さい」
礼儀正しくお辞儀をしたクリスは、そのまま部屋から出て行った。
「さてと、ヒカル。予想外のことになってしまいましたね」
僕はイリスのいるベッドに近づくと、頭を下げた。
「ゴメン。僕のせいで……」
「顔を上げてください、ヒカル。負けたのは私のせいです。絶対に勝てる。その過信が、相手に隙を与えてしまいました」
「違う。イリスは僕に言ってただろ? 自分のマナが多くないって。僕はそのことを忘れていたんだ。忘れていなければ、イリスをこんな目に遭わすこともなった」
イリスが味方なら、絶対に負けない。魔法の力を与えられた時から思っていた。実際にイリスのお蔭で、あと一歩のところまでコポリを追いつめることができた。
でも、僕はその力を過信しすぎていた。
アリアスを救う。イリスに頼られたことで、僕はどこかで浮かれていたんだ。
「マナが多くない話。私……ヒカルにしたでしょうか?」
「うん。確かにイリスから聞いた。聞いていたのに僕は……イリスに無理をさせたんだ」
悔しくて手をギュッと握りしめた。どうしてあの戦いで気づけなかったのか。自分の不甲斐なさで生まれてしまった現状に、酷く後悔を覚える。
するとイリスは、僕の頭を優しく撫でてきた。
「それだけ相手が強かったってことです。私はもう大丈夫ですし、むしろアリアスのことを考えれば朗報です。ヒカルにコポリ。同世代に二人も強い騎士が現れたのですから」
「……そういえば、コポリもイリスのマナが少ないことを知ってたんだ」
僕とイリスしか知らないこと。だからイリスはコポリが知っている事実に驚くと思った。でもイリスは驚きもせず、僕に笑みを見せてから口を開いた。
「それはですね……アリアスに古くから伝わる言い伝えを、皆が知っているからです」
「言い伝え……それって何なの?」
僕の問いにイリスは、右手の人差し指と中指を片方のこめかみにあてると、そっと指を放していった。するとこめかみの部分から、白い煙上の糸が引っ張りだされる。
「実際に見てもらおうと思います」
頷いたイリスは煙上の糸を、僕の方へと投げ飛ばした。すると煙上の糸が、空中に三十センチ四方の面を作りはじめる。やがて面上に文章が現れた。
王女を受け継ぎし者 マナ抑制されし マナ自覚した暁 マナ解放されし
「これって……」
「これはアリアスの王女になった者が、代々背負ってきた戒めです。王女に任命された者は、マナが強制的に抑制される。私のマナが弱いのは、この戒めに縛られているからです」
「でも、どうしてマナが抑制されるの?」
僕の疑問に対して、イリスは布団から出るとベッドに腰掛けた。するとベッドをポンポン叩いて、隣に座るよう促してくる。
僕は頷いてから、イリスの横にそっと腰掛けた。
「かつて王女になりし者は、強大なマナを保有していました。その力は圧倒的で、全世界を制圧するほど。しかし一人だけ圧倒的なマナを持つ者がいる。それがいかに恐ろしいことか。時を重ねていくうちに、人々が認識し始めていきました。もし王女が、世界を我がものにしようと企むようになったら。最悪の事態を恐れた国民たちの訴えを、当時の王女は快く受け入れ、強大なマナを制御するため、封印の儀を執り行ったと言われています。封印は無事に成功したのですが、当初予定していたよりも多くのマナが封印されるようになって。その結果アリアスの王女は、マナを多く持てなくなったそうです」
空中に表示されている文字に、僕は目を向ける。何度も見直した僕は、とあることに気づく。
「あのさ」
「はい」
「この言い伝えの最後にさ、マナ解放されし。って書いてあるよね」
「ええ」
「それってイリス本来のマナを、取り戻す手段があるってことだよね」
もしイリスがマナを取り戻せれば。ダーゲンを止めることは、簡単なのではないか。
「おそらくそうでしょうけど……私は何も知らないです」
「知ってる人はいないの?」
「マナを封印したのは、はるか昔のことと聞いています。それにマナを解放する方法は、アリアス内部の記録にも残っていないらしく。誰も知らないらしいです」
イリスの話を聞いて、僕も納得した。もしマナを解放する手段を残していたら、封印した意味がなくなるから。
暫くの沈黙の後。俯いていたイリスが、突然顔を上げて僕の方を見た。
「……もしかしたら、あの方なら知っているかもしれないです」
「あの方?」
イリスは頷くと、僕の目を見て言った。
「アリアスに隣接する漆黒の森にいる、リスの長です」
「リスの長……」
「そもそも魔法の始まりは、漆黒の森に住んでいるリスだと言われています。アリアス人に魔法を教えたのもリス。そのリスの中でも魔法の生みの親であるのが、リーマスさん。リスの長にあたります」
リスが魔法を与える。僕にはそんなこと想像できないことだった。
「でも魔法が生まれたのって、ずっと前のことだよね? リーマスさんはもう亡くなっているんじゃ……」
「リーマスさんはご存命ですよ」
「えっ、リスってそんなに長生きする動物だったっけ?」
「いいえ。リーマスさんは特別です。不死の力を持つと言われている方なので」
不死。その異次元の言葉に、僕は呆気に取られていた。
「ヒカルは私がマナを取り戻せれば、ダーゲンを止めることができる。そう言いたいんですよね?」
「……うん」
「たしかに私が本来のマナを取り戻せたら、ダーゲンからアリアスを守ることは容易になるかもしれません。でも、マナを取り戻すってことは……」
言葉に詰まったイリスの身体が震えていた。
マナを取り戻す。それが何を意味するのか。
正直、僕は今の今まで一方の面しか見えていなかった。ダーゲンを倒すためには、イリスの力が必要。だから取り戻すべきだと。
でも先代のアリアスの王女は、強力なマナを封印した。その理由を考えれば、イリスがマナを取り戻すことを躊躇うのも、直ぐにわかることができたはずなのに。
僕はイリスに何て声をかけるべきか、わからなかった。
アリアスに来て、イリスから多くの助けを受けた。スクイラル杯だって、イリスの助力があったからこそコポリと渡り合えた。全てはイリスがいてくれたから。
でも僕は、まだ何もイリスの力になることができていない。どうして僕は弱いのだろう。異世界に来た主人公は僕の知っている限り、もっと悪に対して立ち向かっていくはずなのに。
僕だってもっと強くなりたい。もっとイリスの力になれる存在になりたい。
そうなるために、僕はどうすればいいのか。
その答えを僕は知っていた。それはイリスが僕に何度も言ってくれていたから。後は、僕の中に居座る弱い自分を追い出すだけ。
「……大丈夫だよ、イリス」
僕ができること。思っていること。その全てをイリスに伝える。
「イリスがマナを取り戻すのは、絶対に必要なことだと思ってる。だって僕はイリスのように魔法が使えない。そんな僕が、魔法の存在するアリアスに来た。今日、コポリと戦ってその意味がわかった気がするんだ」
イリスが僕に目を向ける。翡翠色の綺麗な目。僕は強い意志を持って、イリスに言った。
「僕とイリスが、二人で力を合わせること。それがアリアスを救うための鍵になるはず。だからこそ、イリスはマナを取り戻さないといけないんだ」
僕はイリスの手を握った。以前イリスが僕にしてくれたように。今度は僕がイリス
に返す番。
「そのために僕ができることは一つしかない。どんな困難があっても、イリスの為に動く。イリスが強大なマナを取り戻し、アリアスの平和のために使う。僕はそれを国民に証明するための騎士になる。イリスの力を上手く使えるのは、僕しかいない。だって僕とイリスは、夢でも繋がっていたんだから」
勇気だけではどうにもならない。そんなことわかってる。
でも僕は今日、たしかに感じたんだ。
勇気を持って一歩踏み出すことが、どれだけ大切なのかを。
「……ありがとうございます。ヒカル」
イリスの顔は、もはや悩みなど一切ない顔つきだった。
「私も、相応の覚悟を決めたいと思います」
イリスは腰を上げると、数歩ベッドから離れていく。
「明日から私の側近としてコポリが就きます。コポリにはしばらくの間、クリスと一緒に行動してもらい、側近としてやるべきことを学んでもらうつもりです。私はコポリやクリスと常に行動を共にすることになるでしょう。そのため、アリアス城から動くことができません。ですので、ヒカルにお願い……いや、アリアスの騎士であるヒカルに使命を与えます」
振り向いたイリスは、圧倒的な風格で僕に告げた。
「私の代わりに漆黒の森へと行き、リーマスさんに会いに行ってください。そこでマナの取り戻し方を、聞いてきなさい」
「……うん。わかった」
僕も腰を上げ、拳に力を込めた。
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