第13話 戦いの行方
アリーナ中央に向かった僕は、黒マントの男と初めて至近距離で対峙した。
僕と大して体躯の差はない。ただやはり不気味な雰囲気を感じる。素顔が見えないからなのだろうか。
「では、これから決闘を始める。勝負は一騎打ち。先にシールドが壊れた方が負け。勝者はイリス王女の専属騎士に任命する」
偉そうな兵士が手を挙げる。周囲の歓声が一気に高まっていく。黒マントの男は僕に背を向けると、五メートルほどの距離を取った。僕も同じように五メートルほど距離を取る。
いよいよ始まるんだ。これに勝てば、晴れてイリスの専属騎士になれる。ようやくスタートラインに立てる。
高鳴る気持ちを抑えるために深呼吸をした。そんな僕の脳に声が届く。
――ヒカル。気をつけて。
「イリス……」
――今から戦う相手ですが、身体から溢れるオーラにとてつもない闇を感じます。
「うん」
――でも、大丈夫です。ヒカルは絶対に勝ちます。夢のお告げ通りなら。
すると身体が急に軽くなった。おそらくイリスが両手と両足に力を与えてくれたから。
大丈夫。僕にはイリスがついている。
視線を黒マントの男へと向ける。十メートルほど先で、黒マントの男が木剣を振っていた。
何度見ても、隙があるような気がしてならない。でも、実際に隙なんてないことを僕は知っている。とりあえず様子をみよう。たとえ黒マントの男も魔法で強化していても、僕と互角のはずだから。
身体を低くして、木剣を構える。周囲の歓声が徐々におさまり、沈黙が数秒続く。偉そうな兵士が僕と黒マントの男を一瞥すると、挙げていた手を振り下ろした。
「決闘開始!」
その声と同時に、僕は地面を蹴って後ろに跳んだ。これで相手との距離を取れるはず。そう思っていた僕は、どんどん近づいてくる黒マントの男の姿に面を食らった。
「嘘だろ……」
黒マントの男の方が、明らかに僕よりも速く動けていた。同じ魔法を使っているはずなのに。
あっという間に距離を詰めてきた黒マントの男は、木剣を素早く振り下ろしてきた。僕はすかさず木剣で防ぐも、想像以上の衝撃の重さに顔をしかめる。
「苦しそうですね」
黒マントの男が初めて声を上げた。僕は攻撃を防ぐので精一杯で、返す言葉も思いつかない。
「アリアス人でない君に、僕は絶対に負けない。僕こそが、イリス王女の専属騎士に相応しい」
黒マントの男は無理やり僕を突き放すと、身を低くして突進してきた。すかさず僕は、地面を蹴って横に飛ぶ。木剣を伸ばしてきた黒マントの男の攻撃を防ぎつつ、ひたすら攻撃回避を続けていく。
「どうしましたか? 逃げるだけですか? そんな腰抜けにイリス王女は守れませんよ」
ニヤリと笑みを見せた黒マントの男。仮面の下で僕を馬鹿にしているのが、手に取るようにわかった。
くそっ。悔しくて、奥歯を強く噛みしめる。
逃げているだけでは、絶対に勝てない。そんなこと言われなくても、僕が一番わかってる。だって僕は、今までずっと逃げ続けてきたんだから。
でも今は違う。逃げないで向き合うことを決めたんだ。
もう何も失わないためにも。ここで黒マントの男に勝って、イリスの専属騎士になるんだ。
何もしないで終わるのは、二度とごめんだから。
「やあああああ!」
声を上げ、木剣を握る手に今日一番の力を入れる。今まで受け止めていた相手の攻撃を跳ね返すと、一気に黒マントの男の懐へと飛び込んだ。
「なっ!」
まさか僕が飛び込んでくるとは思っていなかったのか、黒マントの男の反応が少し遅れる。僕はその僅かな隙を見逃さなかった。木剣を右下から左上へと素早く切り上げる。
「くっ」
先程まで攻撃しかしてこなかった黒マントの男が、初めて僕から距離を取った。黒マントの男に視線を向けると、シールドにヒビが入っていた。
コロシアムが驚愕の声に包まれる。観客の誰もが、僕の反撃を予想していなかったみたいだ。
――ヒカル、その調子です。
イリスの声を聞いて、木剣を握る手にさらに力を込める。
黒マントの男にダメージを与えられた。僕にだってやれるんだ。イリスと一緒なら。
「驚きました。まさか僕のシールドにダメージを与えるとは」
視線を向けると黒マントの男が、口元に笑みを浮かべている。
「正直、見くびってましたよ。魔法の力があっても、君は何もできないと思っていましたから」
木剣を構えなおした黒マントの男。いつ攻められても対処できるように、僕も木剣を構える。
「僕だって、負けるわけにはいかない」
アリアスを守るために僕は来た。僕以上に負けられない理由がある人は、正直いないと思う。
「君にも負けられない理由があるみたいですね」
「……ああ」
「でも、最後に勝つのは……僕の方です」
瞬間、目の前から黒マントの男が見えなくなった。
「き、消えた……」
周囲を警戒するも、黒マントの男の気配はどこにもない。
「遅いですよ」
声が聞こえ、咄嗟に後ろを振り向く。しかし既に黒マントの男は、僕に木剣を振り下ろしていた。
「グッ」
何とか木剣でガードすることを試みるも、わずかに黒マントの男の攻撃が上回り、僕のシールドにヒビが入る。
「まずは一回」
ニヤリと笑みを浮かべた黒マントの男は、僕を囲むように動き回る。そのあまりにも素早い動きに、僕は黒マントの男の残像までもが見えてしまった。まるで八人の黒マントの男に取り囲まれているように。
動けずにいる僕に、八人の黒マントの男が一斉に木剣を突き出す。防ぎようのない攻撃を、僕はもろに受けた。
バリンと大きな音が鳴り、僕を守っているシールドに亀裂が入る。咄嗟に僕は距離をとるために後ろに跳んだ。しかし黒マントの男の攻撃の威力が残っていたせいで、バランスを崩した僕は地面に強く身体を打ちつけてしまった。
負けた……さっきの攻撃で、僕のシールドは完全に壊れたはず。
負けを認めた僕は、ゆっくりと目をつぶった。
しかし、暫くしても試合終了の合図は聞こえてこない。その代わりに、観客の大歓声が僕の耳に入ってきた。
聞こえてくる「コポリ」コール。こんな状況で黒マントの男の名前を、初めて知ることになるとは。
「やりますね。僕の攻撃を防ぐとは」
「……えっ」
目を開けた僕は、目の前の状況に開いた口が塞がらなかった。
大きくひび割れながらも、シールドは辛うじて残っていた。
僕はコポリの攻撃力を知っている。一騎打ちになる前に、参加者のシールドを一撃で壊すところを目の当たりにしていたから。だからこそ、あの一撃で完璧にシールドが破壊されたと思っていたのに。
――ヒカル、大丈夫ですか。
脳に響く声を聞いた瞬間、謎はすぐにとけた。
「……ありがとう、イリス」
――何とか……間に合いました。でも……もう次は防げない……と思います。
イリスの言う通り。既に僕のシールドは機能をほぼ果たしていない。あと一撃、コポリの攻撃を受けた瞬間、僕は確実に負ける。
「君は、とても優秀な魔法使いにサポ―トしてもらってるみたいですね」
ゆっくりと近づいてくるコポリ。僕はどうにか立ち上がり、木剣を構え直した。
「でも、僕の方が強い。次で決めさせてもらいますよ」
瞬間、僕の目の前からコポリが消えた。
またあの攻撃が来る。
予想通り、直ぐに八人のコポリが僕の周りを取り囲む。このまま何もしないと、僕はまた八人のコポリの餌食になるだけだ。
どうするべきか。僕は必死になって考える。
そんな僕を邪魔するように、コポリが話しかけてきた。
「もしかして君をサポートしてるのって……イリス王女?」
「えっ……」
茫然とする僕をみるなり、コポリはニヤリと笑った。
「やっぱりそうですか。君が推薦枠の参加って聞いて、おかしいと思ってたんです。もし君が勝ったら、アリアス人でない君が王女を守ることになる。それをわかったうえで、王女自ら君を参加させたとしたら。イリス王女は、何としても君に勝ってもらわないといけない事情がある。違うかな?」
僕は何も言い返せなかった。コポリの言うことは、まぎれもない事実。
「当然、君が勝ったらイリス王女を守ることになる。でも王族からアリアス人でないと反発が出るはずです。そこでこのスクイラル杯を上手く使ったわけだ。この長年続く伝統ある戦いに勝ったことで、王女を守るにふさわしい人間だと思わせるために」
僕にはコポリの言うことが、本当かどうかわからなかった。でももし僕が勝ったとしたら、当然その問題は出ていたはずだ。もしかしたら、イリスもコポリと同じことを考えていたのかもしれない。
「でも、僕には目的がわからない。どうして君みたいな見慣れぬ人間が、このアリアスにいるのか。そして、どうしてイリス王女が君に力をかしているのか」
僕は口を開くべきではないと思った。それよりも今は、目の前の敵をどう倒すか。
「無視ですか……まあいいでしょう。そんなことは考えても無駄なだけですから」
来る。僕を取り囲む八人の動きが更に早くなり、僕にじわりと詰め寄って来る。
そしてコポリは、口元に笑みを浮かべて言った。
「だってこの戦いは、僕が勝つんですから」
今だ。
コポリが攻撃態勢に入ろうとした瞬間、僕は握っていた木剣を胸元へ手繰り寄せ、左足を一歩だけ前に出した。
「やあああああ!」
そして木剣を握る手に力を込め、出した左足を軸に反時計回りに一回転する。
回転切り。
ゲームで見たことがあった攻撃を、僕はそのままコポリにくり出す。
「くっ」
虚をつかれた八人のコポリは、回転切りによって一気に消滅した。残ったのは本物のコポリ一人。しかも僕の木剣は、コポリのシールドに当たっていた。
これで両者のシールドは、二回攻撃されたことになる。どちらかがあと一回攻撃を受けた時点で、勝敗が決まる。熱い展開に、会場のボルテージが一気に上がった。
「まさか……分身を一気に消すとは。それもイリス王女の力……ではないですね。認めますよ。君はこの世代でも、上位の騎士になれると」
余裕なのか、コポリはいきなり拍手をしてきた。僕はコポリを睨み付ける。
「でも、君は重大な欠陥に気付いていない」
「欠陥……欠陥って何だよ」
いったい何が言いたいのか。理解できない僕は、コポリに問いただす。
そんな僕の反応を見るなり、ニヤリと笑ったコポリは、ゆっくりと口を開いた。
「それはですね……君をサポートしている人が、欠陥を抱えているからです」
言われても、僕には全く理解ができなかった。
だってイリスはこの国の王女で、魔法の力だってずば抜けているはずなのだ。実際に、イリスは僕を何度も救ってくれている。味方になって、これほど心強いパートナーはいないはず。
それなのにコポリはたしかに言った。イリスが欠陥だと。いったいどういう意味なのか。
「さてと、決着をつけましょうか」
コポリは真っ直ぐ僕へと向かってきた。突進して、その勢いで僕を蹴散らそうとしている。
でもそんな攻撃は僕だって防げるし、回避だってできる。回避してからの勝負だ。
僕はコポリの突進を交わそうと、横に跳ぶ。
異変に気付いたの直ぐだった。先程まで、周囲の時間が止まっているように見えていた。それなのに今の僕が見ているのは、いつもと変わらない風景。
バリン!
「うっ」
シールドが壊れる音と共に、お腹付近に痛みが走った。
視線を向けると、木剣の代わりにコポリの拳が僕の腹に食い込んでいる。徐々に息苦しくなって、とうとう僕は膝から崩れ落ちた。
どうして今、動けなかったんだ……。
欠陥。その言葉が意味することに、僕はようやく気づいた。しかし、時すでに遅し。
「勝者、コポリ!」
偉そうな兵士のアナウンスにより、会場中が再びコポリコールに包まれる。僕は地面に這いつくばったまま、声援に応えるコポリを見上げていた。
負けた。イリスとの約束を果たすためにも、絶対に負けられない戦いだったはずなのに。
「くそっ、くそっ!」
拳をつくり、僕は何度も地面を叩いた。
結局、僕は何も変えられなかったってことなのか。
うなだれる僕の耳に、参加者の声が聞こえてくる。
「おい、聞いたか。イリス王女が倒れたらしいぞ」
「えっ……」
イリスが倒れた。その言葉を聞いた僕は、動揺を隠せなかった。どうしてイリスが倒れたのか。その原因は、紛れもなく僕にあったのだから。
「ヒカルだな」
腹部の痛みに堪えて立ち上がった僕の前に、エントリー会場にいた女性が現れた。
「イリス様がお会いしたいと言っている。ついてこい」
「で、でも。僕は……」
「いいから、行くぞ」
「って、ちょ、ちょっと」
女性は僕の腰を持つと、いとも簡単に僕を持ち上げて肩に担いだ。
「おいおい、クリス様に連行されてるぜ」
「何かやらかしたんじゃねぇ」
「不正があったのかもな」
僕を見て嘲笑してくる参加者。でも、今はそんなこと気にもならなかった。
それよりも、このクリスと呼ばれている女性の方が気になる。
戦う前、僕はクリスに言われたのだ。イリスの期待に応えてくれと。おそらくクリスはイリスに近い人物だろう。もしかしたら、僕とイリスのことについても知っているのかもしれない。
去り際に、コポリと目が合った。勝ったのにも関わらず、コポリの口元は一切笑っていない。いったいどこまでクールな男なのか。その仮面の下には、何が隠れているのだろう。
それと、僕にはもう一つ気になることがある。それについても、僕はイリスと話す必要があるのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます