第8話 残酷な再会
「タリスさん、いつもご苦労様です」
「おう、今日も美味しい牛乳に酒を持ってきたぜ」
アリアス城門前でタリスが門番と会話をしている。会話の雰囲気から、親密な関係を築けているのが僕にもすぐにわかった。
「姫様はもう帰宅してるか?」
「いえ、まだ学びの園からはご帰宅されてません」
「そうか。なら荷物の運び出しを終えたら、少しだけ待たせてもらってもいいか? 姫様に話があるんだ」
タリスの提案に、門番は顔を曇らせた。
「いくらタリスさんのお願いでもそれは……事前の約束もないのに、イリス王女とお会いすることはできないです」
「そうだよな。実はな、荷台にとっておきの土産があるんだ」
「土産ですか?」
「ああ。不審者を捕まえてきたんだ」
「ふ、不審者って……」
門番が恐る恐る荷台の方へとやってきた。手足を縛られたままの僕と目が合う。
「こいつヒカルって名前でよ。姫様とアリアス城で会う約束をしたって言い張ってるんだ。怪しいだろ?」
「たしかに怪しいですね。どこかの国のスパイかもしれません」
「だろ? 俺もそう思ってる。だから念のため縛って自由を奪って連れてきたってわけ」
タリスと門番が僕に睥睨の眼差しを送ってきた。
「僕は嘘をついてない。イリスに会えば、絶対にわかるはずだから」
「あーわかった、わかった。ってことで、姫様に真相を確かめたい。だから会わせてほしいんだ」
「しかしこればかりは私の一存で決められないですよ……」
門番の意見はもっともだ。王女様との謁見がそんな簡単に許されるわけがない。
「わかった。なら、お前は行商人に通行許可をいつも通り出しただけ。姫様には、タリスが探していたと伝えるだけでいいから」
タリスの提案を聞いた門番は、少し考える素振りを見せる。そして何回か頷いてから、タリスへと視線を向けた。
「……わかりました。イリス王女が帰宅したら、タリスさんの所へ向かうよう伝えておきます」
「おう。俺は荷物の運び入れをしてるから。よろしく頼んだ」
「はい……あの、タリスさん」
「何だ?」
「不審者の件、国王様に伝えなくて大丈夫ですか? もし本当にこの人がスパイだったら、まずい気がするんですけど……」
「いや、まだ言わなくていい。国王様の手を煩わせることでもないし、真相がわかってからでも遅くはないからな」
「……そうですよね。わかりました」
不安が解消された門番は笑みをみせると、手に持っていた槍の石突の部分を地面へと三回叩きつける。すると目の前にあった閉ざされた門が動き出し、完全に扉が開いた。
「すごい……どうなってるんだ?」
僕は驚きで、開いた口が塞がらなかった。
「昔は門番が手動で開けていたが、今は姫様がその手間を魔法で簡略化してくださったらしい。まったく、本当に心の優しいお方だ」
タリスはそう僕へ告げると荷馬車を走らせ、城内の裏手の方に進んでいく。荷台で横たわったままだった僕は何とか身体を起こし、荷物の隙間から外の様子を窺ってみた。
正面入口には兵士が四人ほどいるのが見える。それに加えて正面以外の場所でも、常に兵士が動き回っていた。厳重な警戒態勢が敷かれている中、タリスの荷馬車は優雅に道を進んでいく。ふとその状況に僕は疑問を抱いた。そもそもタリスは行商人だ。行商人のはずなのに、どうして兵士達はタリスのことを警戒しないのか。行商人よりも兵士の方が偉いはず。だからタリスに従う必要はないのに。さっきの門番との会話では、完全にタリスが主導権を握っていた。タリスは兵士にも一目置かれる存在なのだろうか。
色々と疑問が浮かび上がる中、荷馬車が徐々に速度を緩めていくのがわかった。そして完全に停止すると、タリスが荷台の方へと回ってきた。
「荷物を運ぶ。とりあえずお前も手伝え」
そう告げると、タリスは僕を縛っていた手足の縄を切り落とした。タリスの行動が理解できず、僕は口を開けたままタリスへと視線を向ける。
「ん? 早く出て来い。ここなら兵士は来ないからよ」
タリスに引っ張られ、僕は荷台から降りた。
「どうして……」
「何だ?」
「どうして縄をほどいたんだ? スパイだって疑ってたのに」
僕の疑問にタリスは腹を抱えて笑った。
「だってお前は姫様に会いに来たんだろ? ここの警備を一人でやり過ごせるとは思ってないはずだ。だから俺はお前が逃げないとみた。逃げないなら手伝ってもらった方が俺も楽できるし。ってことで、早く手伝え」
思いっきり背中を叩かれた僕は、タリスを睨みつけたが、直ぐにその感情がどこかに消えていくのを感じた。タリスは最終的に僕を国王様へと差し出すつもりだけど、何だかんだ言って僕の言い分を、無視せず聞いてくれるからなのかもしれない。
タリスの指示通り、僕は荷台にあった荷物を全て裏口の前へと運んだ。タリス曰く、この場所に置いておけば、城にいる人物が城内へと運ぶらしい。
「タリスは中に入れないの?」
「当然だ。俺は行商人。城に入るなんて権利はない」
こうして僕が話しかけても答えてくれる。見た目は脳筋のくせして、案外お人好しなところがタリスにはあるのかもしれない。
タリスは最後の荷物を運び終えると、荷馬車から牛乳瓶を取り出して口をつけた。ゴクゴクと美味しそうな音が鳴っている。思わず僕もゴクリと喉を鳴らして、タリスを見つめ続けた。
「……何だ? 飲みたいのか」
「いや……」
「ったく仕方ない、最後の晩餐だと思って味わえよ」
「最後じゃないから!」
タリスから牛乳瓶を奪い取って、口をつけようとした瞬間。懐かしい声音が、僕の耳へと届いた。
「クリス。私を呼びつけるなんていい度胸して――」
咄嗟に僕は声のする方へと視線を向けた。
金色の長髪に、翡翠を埋め込んだかのような綺麗な瞳。見間違うはずがなかった。僕がこの世界で探し求めていた人物。
「イリス。やっと会えた。僕だよ、ヒカルだよ」
なんでも部屋で会って以来の再会。たいして時間は経っていないはずなのに、僕にとっては咲と会話を交わさなくなった期間と同じか、それ以上の長さを感じていた。
牛乳瓶をタリスへと押し付けた僕は、イリスの元へと歩いて行く。
僕が一歩進むと、イリスも一歩僕の方へと近づいてくれる。夢の中で会った時と同じように。そうなると思っていたのは僕だけだった。
目の前にいるイリスは、僕が近づいた分だけ後ずさりした。
「イリス……僕のこと、覚えてるよね?」
口を開けないイリスの冷たい視線に、僕の背筋が凍るのがわかった。
僕とイリスは確かに約束したはずだ。アリアス城で落ち合うこと。そしてダーゲンの企みをどう阻止するか考えようと。
でも何だ。この違和感は。学校で話したイリスと目の前のイリスが、まるで別人のような気がしてならない。
「姫様。この男のことを知ってますか? ヒカルというらしいですが……」
沈黙を破るようにタリスが声を発した。しかしイリスはタリスの問いにも答えない。
「どうしたんだよ、イリス。僕とした約束、忘れたの?」
会話しながらイリスに近づいた僕は、ようやくイリスに手を伸ばせる距離まで近づいた。
イリスは咄嗟に僕から視線を反らす。動揺しているのか、イリスの身体は震えていた。だから僕はイリスを落ち着かせようと、そっと肩に手を差し伸べる。
パンっ!
イリスは僕の手を払って、力強い口調で言った。
「約束って何ですか? 私は約束をした覚えなどありません」
「なら、この勲章を見てよ。この勲章はイリスが僕にくれたものだろ。これを見ても覚えがないって言い続けるの?」
「……あなたに授けた覚えはありません」
イリスが僕に背を向けて歩き出す。衝撃の発言に、僕はイリスの背中を見ていることしかできなかった。
「これで白黒ついたな。お前は嘘をついていた。国王様の元へ連れていく」
タリスが僕の手を力づくで縛ろうとしてきた。
「クソっ。やめろって……アリアスを救うんじゃないのかよ」
「いいから黙れ」
とてつもないタリスの力に圧倒され、僕は顔を地面へと押し付けられた。すぐに抵抗しようとするも、びくとも動かない。
僕は何のためにこの世界に来たんだろうか。このままイリスが去るのを、こうして待つことしかできないのだろうか。
悔しさで握り拳をつくる。力を入れすぎて、手のひらに爪が食いこむのがわかった。でも今はそんな痛みなど、僕にはどうでもよかった。
僕の元へやってきたイリスは、心から願っていたはずだ。アリアスを救いたいと。その強い意志に応えたいと思ったし、大切な親友の気持ちすらわかってあげられない自分を変えたいと思ったからこそ、僕はこのアリアスに来たんだろ。
でも何だ。今のままだと本当に何も変わらない。変わらないまま、ただ世界が流れていくのを傍観するだけ。
まるでモノクロの世界で見てきたように。ずっと透明なままでいなくてはいけない。
「……いやだ」
身体に力を入れる。直ぐにタリスが力を入れ、僕の抵抗を阻止しようとする。
でも、この姿勢でもできることはある。
僕は腹に力を入れ、勇気を振り絞って大声で思いを伝えた。
「ダーゲンの魔の手から、アリアスを救うんだろ! そのために僕が必要だと言ったのはイリスだ。イリスが望んでくれたから僕はここにいる。絶対に変えなくちゃいけないんだ。僕とイリスの二人で」
「だまれ。貴様、ダーゲンって言ったな。やはりブリノスから来たスパイ――」
「クリス、おやめなさい」
「し、しかし姫様。こいつは」
「聞こえないのですか。いいから拘束を解きなさい」
「……わかりました」
僕を押さえつけていた力が弱まり、タリスは僕から手を離した。
身体を起こした僕の元へ、イリスが近づいてくる。
大したことは言えなかった。でも、勇気をもって叫んだ結果なのかもしれない。僕の思いは少なくとも届いたはず。その証拠に相手にしてくれなかったイリスが、こうして僕の方へと近づいてきている。もしかしたらイリスは約束を思い出したのかもしれない。
イリスは座っている僕の前でしゃがむと、胸元に付いている勲章に触れた。何かを目で追っているみたいだけど、僕にはイリスが何をしているのか全くわからなかった。
「立ってください」
イリスに言われ、僕は立ち上がった。体中が痛みで悲鳴を上げている。でも、本当に痛みなんて今はどうでもよかった。これでやっとイリスと話ができるのだから。
「思い出したんだね、イリス」
イリスはうんとすんとも言わず、ただ僕のことを見つめ続けているだけ。いったいどうしたのだろう。
沈黙の意味を考えていたその時、僕は急に襲ってきた激痛に顔を歪めた。
最初は何が起こったのか全くわからなかった。まさかこんなことをされるとは夢にも思っていなかったから。不意の一発とは、おそらく今僕の身に起こったことを言うのだろう。
息をするのが苦しくなる。痛みが走った腹部の辺りへと、僕は視線を移す。
視界に入ってきたのは、イリスの拳だった。僕のみぞおち付近にめり込んでいる。
「ど……う……して……」
信じられない気持ちと、思いが届かなかったことの悔しさが僕を襲う。でも、それよりも強烈な痛みに耐えきれず、僕はゆっくりと倒れ込んだ。
徐々に視界が暗くなっていく中、耳元で掠れた声が聞こえた。
でも僕には何て言っているのか全くわからなくて。
苦しさと悔しさと、そして情けない気持ちを抱えたまま、僕の意識はそこで途絶えた。
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