第7話 スパイ容疑
「――て…………かる……、起きてるか、ヒカル!」
威勢のいいタリスの声で、僕は意識を取り戻した。
「す、すみません。つい寝ちゃって……」
「いいってことよ。疲れてたんだろ? それより着いたぜ。アリアス城の御膝下、城下街に」
周囲を見渡すと、ちょうど荷馬車が門をくぐったところだった。門番の兵士が居眠りをしているのが目に入る。だらしない寝顔が見え、さっき自分もあんな顔をしていたと思うと恥ずかしくなり、一気に眠気が吹き飛んだ。
屋台に囲まれた石畳の街中を、荷馬車がゆっくりと進んでいく。僕の住んでいる場所では、まず見ることができない光景。それが目に映るたびに、好奇心が止まらなくなる。行き交う人達へと目を向けると、髪の色が染まっている人が大半だった。その中でも金髪の人が多く、僕みたいな黒髪の人はどこにも見当たらない。外国に行ったらこんな感じなのかもしれない。
屋台地帯を抜け、城下街の中心部に入ったのと同時に目に入ってきたのは、大きな広場の中央に建てられた時計塔。その中央部分には、リスの銅像が置かれているのが見える。
「時計塔はな、この城下街の象徴みたいなものさ」
タリスの言う通り、この城下街に住む人にとっては必要なものらしい。実際に時計塔の近くには多くの人が群がっていた。おそらく待ち合わせでもしているのだろう。この城下街のランドマークとして機能しているのがわかる。
「あの、ちょっと気になってたんですけど」
「ん?」
「アリアスとリスって、何か深い関わりでもあるんですか?」
ずっと気になっていた疑問をタリスにぶつけてみる。イリスからもらった勲章もリスに模られていたし、さっき見た時計塔にも銅像が置かれているほどだ。何かあるに違いない。
「リスはアリアスのシンボルだ。アリアス城の近くには、この城下街の数百倍とも言われている大きさの森があってだな。そこには野生のリスが大量に住んでいるらしい。まあ、アリアスは別名『リスの国』とも言われてる」
タリスは手綱から片手を離し、人差し指を立てた。
「それともう一つ。アリアス人は、唯一魔法を使える種族だったという言い伝えがあってだな。アリアスの魔法使いは、使い魔としてリスを飼っている。その名残は今も変わらず続いてて……まあ要するに、アリアスとリスにはそれなりに深い歴史があるってわけだ」
話しているうちに城下街の中心部を抜けて、開けた道に出ていた。さっきまでの喧騒が嘘のように、辺りは静寂に包まれている。
「そうだ。俺もヒカルに聞きたいことがある」
再び手綱を両手で握ったタリスは荷馬車の速度を緩めていき、完全に停車させた。タリスが僕の乗っている荷台へと上がってくる。
「どうしてアリアス城の場所を忘れてたんだ? 王国の騎士なのに」
「それは……」
タリスの質問に、僕は直ぐに答えを出せなかった。理由は自分でもわかっている。アリアスの騎士だと嘘をついたから。付けが回ってくるの早すぎだろ。
真剣に考えるも、そう簡単にタリスを納得させる言い訳が思いつかない。こうなるんだったら最初から本当のことを言っておくべきだった。
「やはりお前……ブリノスのスパイなのか? まるで初めてアリアスに来た奴が聞くようなことを俺に聞いてくるし。もしかしてその胸の勲章も、実はアリアスの騎士から奪いとったものだったりしてな」
「ち、違う!」
「違うなら、何だ? お前はいったい何者なんだ?」
胸ぐらを掴まれた僕は必死に抵抗を試みる。しかしタリスの腕力に敵うわけもなく、もはやされるがままの状態。
「ど、どうしてこんなことするんだよ」
タリスは乱暴に僕を荷台へと放り投げると、声高に告げた。
「そりゃ、アリアスを守るために決まってるだろ。そもそも見知らぬ奴を、そう易々と自由にさせるわけがない」
「なら、どうしてタリスは僕をここまで連れてきたんだ」
最初から僕のことを無視すればよかったはずだ。それにも関わらず僕をここまで連れてきたのには、少なからず理由があるはず。
「連れてきたのはな、国王様に突き出すためだ。見たことのない服装に、黒い髪。それに変なものを目に付けているからな」
「変って……これは眼鏡だから」
「メガネ……聞いたことのない代物だな。高く売れるのか?」
タリスは動けずにいる僕の元へくると、かけていた黒縁の眼鏡を奪い取った。
「何だこれは……ガラスがついているのか」
コツコツとタリスが指で叩く音が聞こえる。まるで眼鏡の扱いを知らない人がやりそうなことをしているのが、視界を奪われた僕にも伝わってきた。
「眼鏡が傷つくからやめてくれ。それは視力を補うためにつけるものなんだ」
「なるほど。これを身につければ、遠くの敵も瞬時に見ることができるのか。クソっ、ブリノスの奴らめ。こんな技術を隠し持っていたとは。やはりお前はスパイだったんだな」
「僕はブリノスの住人じゃないし、スパイでもない。どうしてわかってくれないんだ」
タリスは動けない僕を横目に、ただ度が強いだけの黒縁眼鏡をかけた。
「……な、何だこれは! 視界がゆがんで……何も……何も見えない。さては俺に嘘をついたな、お前!」
「違うって。タリスは目が良いから見えないだけなんだ」
僕の必死の叫びも届かず、タリスは直ぐに眼鏡を外すと床に投げ捨てた。
ガンっと音がなり、黒縁眼鏡が僕の目の前に転がったのがわかった。眼鏡を拾った僕はすぐに眼鏡をかける。しかし直ぐに異変に気づいた。
「フレームがゆがんでる……」
眼鏡をかけている人ならわかるはずだ。ほんの僅かでも歪んでしまった眼鏡は、ズレ落ちやすくなることを。そんな眼鏡を我慢して使っていても、ストレスが溜まっていく一方で。直ぐにフレームを変えたくなるんだよな。
落ち込んでいる僕のことなど気にも留めず、タリスは僕の前で首を何度も振っていた。
「なんだかクラっとしたけど……とりあえず大丈夫みたいだな」
自分の身体に異常がないか確認したタリスは、僕の両手と両足をそれぞれ縄で縛りつけた。
「さてと、国王様に差し出す前に改めて聞こうか。お前はブリノスから来たのか?」
「……違う」
「なら、アリアス城に行く目的はなんだ?」
「……イリスに会いに来たんだ」
隠し通すつもりだった真実を告げた。もう嘘はつけない。どうせボロが出るなら、真実を言うしかない。まずは僕が敵ではないことを、タリスに知ってもらわないと。
「イリスって……姫様のことか?」
タリスの問いに僕は首を縦に振った。
「約束したんです。イリスと。アリアス城で会おうって」
なんでも部屋で約束した、嘘偽りのない真実。
しかしタリスは僕の発言を聞くなり、黙り込んでしまった。いったいどうしたのだろうか。暫くの沈黙の後、タリスは不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。
「こりゃ驚いた。真剣な顔で言うから、やっと真実を述べると思っていたけどな……まさか平気な顔して嘘をつくペテン師野郎だったとは」
「違う、嘘じゃない。本当なんだ」
「だったら証拠はあるのか?」
「ある。ここに」
僕は縛られた手で胸元の勲章を叩いた。
「これはイリスからもらったものなんだ。もし僕が嘘をついていると思うなら、イリス本人に聞いてよ。それで僕が嘘を言ってないってことがわかるだろ」
「……言ったな。今の言葉に二言はないな?」
「うん。僕は嘘なんてついてない」
はっきりと言い切った僕のことを、タリスは鋭い目つきで見つめてきた。まるで僕が嘘をついているかどうか見極めるように。
「……わかった。お前の提案通り、姫様に判断を委ねることにしてやる。もし嘘をついてたら。命はないと思ったほうがいいぞ」
タリスは睥睨の視線を僕へと送り、荷台から降りると御者台へ向かっていった。暫くしてヒヒーンと馬が鳴き声をあげると、ゆっくりと荷馬車が動き出す。
流れていく周辺の景色を見ながら、僕はほっと息を吐いた。
アリアスに来て最初に出会ったタリス。初対面の僕にも優しくしてくれる良い人だった。
でも今は違う。僕のことをブリノスから来たスパイだと疑い、挙句の果てに僕の手足を縛って拘束した。
でも、少し考えればタリスの行動が当たり前だとわかる。
この世界は、戦という恐ろしい出来事が起こる可能性がある。それは僕の世界だって同じなわけで。少しの綻びが仇となるのを、タリスはわかっていたのかもしれない。
だからこそ僕はイリスと会って、身の潔白を晴らさないといけない。そうすることが、アリアスの味方だと証明するのに最適なはずだから。
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