第5話 いざ、アリアスへ

「と、とりあえず早くアリアスに行かないと。ダーゲンが何をするかわからないし」

「そうですね。行きましょうか、アリアスへ」


 イリスは涙を拭うと、先に屋上の出入り口へと向かっていった。僕もその後をついて行く。

 そうは言っても、いったいどうやってアリアスに行くのだろうか。イリスは魔法を使って僕の世界に来たと言っていた。でも異世界に移動する魔法なんて、当然僕は見たことがない。

 考えながら歩いていた僕は屋上を出た瞬間、足を止めていたイリスにぶつかった。


「ご、ごめん。前、見てなかった」

「大丈夫ですよ、ヒカル」


 イリスはぶつかったことを気にもせず、周囲を見渡していた。


「階段下りないの?」


 聞いてもイリスは何も答えずに、首を左右に動かしていた。まるで何かを警戒するような動きに、僕は思わず息を呑んだ。


「……どうやら近くには誰もいないみたいですね。こっちです」


 イリスは階段を下りずに、左側にあるドアの前へと向かった。


「そこって……なんでも部屋」


 体育祭の時に使う備品の一部が置かれている部屋。備品以外にも、保存食や飲料水といった災害時に備えた非常食も置かれている。

 いろんなものが置いてある部屋。だからなんでも部屋と、栗ヶ峰高校の生徒達は呼んでいる。


「なんでも部屋……面白い名前の部屋ですね」


 イリスは微笑みながらドアノブに手を掛けると、ゆっくりとドアを開けた。イリスに続き、僕も部屋の中へと入る。長いこと閉めっぱなしにしていた部屋の匂いを直ぐに感じた。部屋の中は両サイドに三段ラックが置かれており、段ボール箱は薄らと埃をかぶっている。天井近くの壁には丸窓が一つだけあった。しかし開閉式ではないので、空気の入れ替えは当然できない。でも普段使うことがほとんどないからこそ、少しくらい埃っぽいのは仕方がないと皆が思っている。


「この空間が、アリアスと繋がっているんです」

「えっ……いや、そんなはずないって。だってここはいろんな物が置いてあるだけで」

「正確に言うと、今日だけ繋がっている。ですね」


 イリスは部屋の中央まで来ると、首に下げていた小瓶を床に置いた。窓から差し込む光が、まるでスポットライトみたいに部屋の中央に置かれた小瓶を照らしている。


「その小瓶って?」

「これは……」


 イリスは小瓶に視線を移すと、少し表情を曇らせた。瓶にはラベルが貼ってあり、そこには英語でchrisと書かれている。


「……私とヒカルをアリアスへ導く、大切な鍵です」


 そう答えたイリスは僕に微笑むと、人差し指を床に擦りつけるようにして何かを描き始めた。


「な、何をしてるの?」

「アリ……アスに行くために……必要なこと……です」


 息切れしながら答えたイリスは、手と身体を動かし続けている。その行動の意味が、僕には全く理解ができなかった。それもそのはず、イリスがなぞったはずの床には何の痕跡も残っていなかったのだ。傍から見ると、床に何か絵を描いているふりをしたパントマイミストと言ったところか。


「できました」


 ふーっと一息ついたイリスは、身なりを正した。

 僕は部屋の床に目を凝らす。しかし僕には、イリスが描いたと思われる何かが見えなかった。唯一見えているのは、イリスが最初に置いた小瓶だけ。

 イリスは言っていた。これはアリアスに行くために必要なことだと。

 ふと僕の頭に、ゲームや小説で見たことがある光景が浮かんできた。そうだ、イリスが描いていたのはこれしかない。


「もしかして、魔法陣を書いてたの?」

「はい。正確には魔法円ですけど」


 イリスが小瓶の真上に手をかざす。そして僕に聞こえないくらいの声で、呪文らしき言葉を唱えた。

 瞬間、今まで僕には見えなかった光景が目に飛び込んでくる。イリスが描いていた魔法円が浮かび上がり、光を放ち始めたのだ。


「す、凄い……」

「ヒカル、こっちに」


 イリスが差し出した手を取った僕は、そのまま魔法円の中心に立った。

 まるで何かのアトラクションの中にいるような。そんな気持ちにさせるほどの眩い光に、身体全体が包まれる。


「イリス。これって……」

「ヒカル、聞いてください。これからアリアスに行きます。ですが私のマナは、そこまで多くありません。もしかしたら私とヒカルは、別々の場所に転移されるかもしれません。ですのでアリアスに着いたら、まずはアリアス城を目指してください。アリアス城は、わかりますよね?」

「うん」


 何度も夢の中で見た城だ。忘れるわけがない。


「そこで落ち合いましょう。そしてダーゲンをどう止めるのか。改めて話したいと思います」

「わ、わかった」


 僕とイリスを包む光が一段と強くなった。さっきまでの埃っぽい湿った空間が嘘のように、周囲がキラキラと輝いている。埃が光を反射して、幻想的な空間を作っている。床に置いてあった小瓶が、いつの間にか宙に浮いていた。


「あと、これをヒカルに渡しておきます」


 イリスが僕の手のひらに置いたのは、リスを模ったバッチだった。


「これって……」

「私の大切なものです。それがあれば、少しはヒカルの助けになると思います」

「ありがとう」


 僕は貰ったバッチを、早速胸ポケット付近につけた。瞬間、僕とイリスを包んでいた光が一段と強さを増す。


「それでは行きましょう。どうか……ア……ス……く……さい」


 イリスの言葉を最後に、目の前に浮かんでいた小瓶が急激に光を放った。そしてそのとてつもなく強い光は、一瞬で僕とイリスを包み込んだ。 

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