動乱の行く先 -その正体-

 バルバロッサの側近だった腕利きの魔術師10人を交代で探索に当たらせながら一行は東へと進む。正直自身が飛べない為空からの進捗は彼らに任せるしかなかった。

「ナルサス様、お元気にされてるといいんだけど・・・」

隣に座っているシャルアは心配そうに呟いていたがあの男が何の音沙汰もなく姿を消したという事実からカーチフも最悪の結末が頭を過る。

(・・・もしかすると『ネ=ウィン』へ戻っているという可能性もある。うむ、前向きに考えねばな。)

しかし決してナルサスの事を諦めた訳ではない。彼がいなくなれば間違いなく『ネ=ウィン』という国家は大きく傾くだろう。そんな事は誰も望んではいないのだ。

初めて走る『モクトウ』への険しい道からうっそうと茂る木々の間に双眸を凝らすも彼の痕跡は見当たらず人の気配すらない。

『ネ=ウィン』を出立して既に一週間。地上からも空からも大した情報は得られないまま旅を続けていると。


「カーチフ様!!南側に何やら巨大な集落らしきものが!!」


魔術師の1人が慌てて報告してくる所をみると相当な規模のものを目にしたらしい。御者席に並んで座る娘と顔を見合わせるもそこに手がかりがあるのかどうか。そもそもこの獣道しかない中、馬車を南に走らせる方法などあるのか。

「よし。行ってみよう。」

だが今はどんな手がかりにでも縋るべきだ。カーチフは少しだけ道幅の広い場所の脇へ馬車を停めると魔術師達の7人に見張りを命じる。

「私も一緒に行っていい?」

「もちろんだ。」

シャルアが軽く跳んで喜びを表していたが最近まで激しい喪失感に囚われていた記憶は今も鮮明に残っている。故に例え過保護と呼ばれようとも愛娘を置き去りになどする訳がないのだ。

報告を上げてきた魔術師に案内を頼むとカーチフは娘をひょいっと抱きかかえて木々が茂る林の中をその誘導に従って風のように駆け抜ける。

「うわ~!父さんって凄かったんだ!!」

まるで子供のようにはしゃぐシャルアにこちらも笑顔がこぼれるがよくよく考えてみたら家族の前であまり力を見せた覚えはない。

かといってまさか結婚した年頃の娘を相手に幼子のような会話をするとは思わなかった。こんな事で喜んでくれるのならこれからももっと担いで走り回ってやろう。

そんな父と娘が面白可笑しく笑い合っているとやがて大きく開けた草原へと辿り着く。


そこには確かに簡易的な家屋や陣幕が並んでいたのだが雰囲気から察するにただの集落ではない。


「なぜこんなところに陣営が?」

素早く断定したカーチフは急いで魔術師に降りてくるよう命じる。もし相手がそれなりの軍なら空を飛ぶ存在から一瞬で警戒されるはずだ。

今の所こちらに対する動きは見せていない為その心配はないと願いたいが・・・ここまで来て後戻りという選択もないだろう。

「・・・ナルサス皇子について何か知っているかもしれん。これから接触してみるがもし襲われた場合はシャルアを全力で護れ。」

自身も当然そのつもりだが何せ相手の情報が何もわからないのだ。念には念を入れるくらいでないとまた指から零れ落ちたりでもすれば今度こそ正気には戻れない。

魔術師達もその覚悟が十分伝わったのか力強く頷くと一行は静かにその大陣営へと歩いて行った。






 その軍団の兵卒は皆がそれほど仕立ての良い衣服ではないものの各々がきちんと清潔感を心掛けている所、そんな彼らが見た目以上にこちらを客として持て成そうと真摯に応対してくる姿勢からカーチフは魔術師達にもより警戒を促す。

これだけの人数を束ねるだけでも高い統率力が要求されるのに規律まで徹底的に叩き込んでいるのだ。恐らく相当な知恵者か或いは強者が上にいるはず。

そう思って案内された陣幕には思いがけない再会が待っていたのだからカーチフですら顔を真っ青にして驚いてしまう。

「おお!!まさか本当に『剣豪』が来ていたとは!!いや~懐かしい!!10年ぶりくらいか?!」

シャルア以外は当然知っている。何せ『トリスト』と本格的な戦いが始まる前は国民から圧倒的な人気と実力を誇っていたのだ。

『ネ=ウィン』の第一皇子ネイヴン=ネ=ウィン。報告では次男と共に赴いた戦場で2人とも散ったという話だったのに何故か目の前に件の男が大声で笑っている。

「んん?どうしたフェイカー?まさか俺の顔を忘れたのか?いや、もしかして名前の方を忘れたか?どっちにしても少し寂しい話だな。はっはっは!!」

カーチフも長年4将筆頭として勤めてきた為彼の事は良く知っているつもりだ。故に余計混乱する。間違いなく目の前にいる男はネイヴンのはずなのにまずは何故生きているのか?そしてこんな所で何をしているのか?

「カーチフでいいよ。しかしまさか生きていたとは・・・一応聞くが本物か?」

「ああ!!それで呆けていたのか!!うむ!!間違いなく元『ネ=ウィン』の第一皇子ネイヴンだぞ!!ところで一緒にいる娘はもしかしてシャルアか?随分大きくなったなぁ!!」

「え、えっと・・・ネイヴン様は私の事をご存じなのですか?」

「うむ!!何せ4将筆頭を辞めさせた本人だからな。当時の城内ではカーチフ以上に噂になってたんだぞ?あとは君が幼い時にも何度か顔を合わせたのだが覚えてないか?」

傍で働いていた自身ですら半信半疑なのだ。関わりの薄い娘からすれば本当に第一皇子なのか判断はつかないだろう。しかしその話しっぷりは間違いなく本人に近いと思わざるを得ない。

だがここに来た目的は別にあるのだ。彼の正体はさておきまずは彼自身にも関係がある質問を済ませるべきだろう。

「積もる話は後回しだ。ネイヴン、この周辺でナルサスを見なかったか?」


「おお?!奴なら傷の手当を受けた後は安静にさせているぞ!!」


「そうか・・・何っ?!」

想定していなかった返事に思わず声が大きくなった。それは連れて来た魔術師達も同じだったようで皆が喜びより先に驚きの声と表情を上げている。

「んん?何だ?ナルサスがいない方が都合がよかったか?」

「い、いや、そんな訳あるかっ!!ただこうもあっさり見つかった事で気持ちが追い付いていないだけだ!」

顎に手をやっていやらしい笑みを浮かべるネイヴンに慌てて言い訳をしてしまったが実際彼と彼の兄が生きていたという事実に未だ感情が追い付かない。

『ネ=ウィン』の第一皇子と第五皇子が無事に帰国すれば国内は一気に熱狂するだろう。そう考えると久しぶりの再会にもやっと喜びが芽生え始める。

「・・・よく生きていてくれたな。帰ればネクトニウス様やビアードもきっと腰を抜かすぞ。」

「ははっ!!親父は驚きのあまり昇天しかねんな!!」

お互いが右手で固く握手を交わすとその力強さからカーチフにはわかった。間違いなく本人なのだと。




それから馬車を護衛させていた魔術師達もこちらへ呼び寄せて早速再会の宴が催されるのだが今は酒を飲んでいる場合ではない。

「で、ネイヴン。何故生きていた?何故帰国しなかった?その辺りの詳しい事情を全て吐いてもらうぞ?」

用意された酒食に見向きもせずやや凄んでいたカーチフに周囲はすっかり縮こまってしまった。しかし当の本人は軽く笑い声を上げるとこれまでの経緯を説明し始めた。






 「ふむ。もう10年近く前になるのか。俺とナイルが軍勢を率いて『トリスト』と衝突した戦があったのを覚えてるか?」

「忘れる訳がないだろ?あの時お前と弟のナイルが戦死したと訃報が届いた事でどれだけ『ネ=ウィン』が悲哀と憎悪で混乱したかわかってるのか?」

カーチフの言は決して言い過ぎではない。あれがあったからこそ皇帝ネクトニウスも第三、第四皇子も我を忘れて仇を討とうと躍起になり、結果全てを失ったのだ。

最終的に生き残った第五皇子のナルサスは以降絶対に戦場へ赴く事を禁止され、皇帝もこれ以上息子を失わないようにと直接的な戦いを避けるようになった。


それでも父として仇は討ちたかったはずだ。自身も最近その気持ちを痛い程味わったので今ならネクトニウスの怨恨が手に取るようにわかる。


だからこそカーチフはさっさと国に帰れと促すつもりだった。父を、国民を安心させてやれと。


「はっはっは!!いや、笑い事ではないな。知っているさ。その後ヌーベルやノアが戦死した事もな。だが俺にも俺の事情があった。聞いてくれるか?」

第三、第四皇子の名を出して真剣な表情になったネイヴンにものっぴきならない理由があったのだという。ならばしかと聞き届けるしかないだろう。

「俺とナイルは奴の気まぐれで一度は捕虜になった。その時提案されたのが『トリスト』への帰順だ。」

もし破談したとしても人質として『ネ=ウィン』と交渉が出来る。『トリスト』側からすれば慈悲と考えたのだろうが戦闘国家の皇子達が生き恥を晒す事に屈辱を覚えないわけがない。

「・・・つまりそれらを蹴って逃亡したわけか。」

「いいや。俺は解放されたんだ。ナイルが帰順に応じる条件としてな。」

「何ぃっ?!」

彼だけではない。第二皇子も生きていた。しかも『トリスト』の内部で。

またも驚きのあまり声が出てしまったが同時に連れて来た魔術師達を同席させた事を一瞬後悔した。ネイヴンの口から泉の如く湧き出てくる重大情報は皇帝を憤死させかねない。

後でしっかりと箝口令を敷かねばならないなと心配するカーチフをよそに彼の口はまだまだ動きを見せる。

「もちろん俺だってただ解放を受け入れた訳じゃない。別れ際にナイルの策を聞いて納得したから従ったのだ。」

第二皇子であるナイルは知勇を備えており、その力は兄弟や父を立てる為に動いていた。良く言えば弁えていたが悪く言うとそのせいで印象が薄い存在だ。

恐らく兄の為に己を犠牲にといった意味もあったのだろう。策という言葉が出てきてカーチフは冷や汗を流す。

このまま続けさせていいのだろうか?今からでも人払いをした方がいいのでは?


「それが諜報活動をする、というものだった。それから俺には姿をくらましつつこの地で賊徒をまとめ上げてくれと頼まれたんだ。」


判断を見誤った。これほど重大な情報を魔術師達だけでなく隣で座るシャルアにも聞かせてしまった後悔で一杯だ。

「なので情勢はそれなりに知っているつもりだぞ?今は『モクトウ』の王が『ジグラト』にちょっかいを掛けて世を乱しているのだろう?ナイルからはこの機に『モクトウ』を奪ってしまえと提言されているのだ。」

「わかった。わかったから少し口を閉じてくれ。」

処理しきれない情報の質と量にあまり頭を使うのが得意ではないカーチフが慌てて手で制するとほんの少しだけきょとんとしたネイヴンは大声で笑いだす。

同席していた魔術師達もその重大性と秘匿性を知ってしまった事実に顔色を真っ青にしながら俯いているというのに。


「お前達もそこまで深刻に考える必要はない。東伐は決定しているんだ。これを手土産に母国へ帰還するつもりだったからな。」


だが空気を一切読めていないと思っていたネイヴンはそう言ってこちらを安心させるように答えると再び大笑いしていた。






 「そうだ。ナルサスを親父の下へ届けてやってくれないか?魔術師がこれだけいれば奴1人抱えて飛ぶことくらい造作も無いだろう?」

1人で酒食を大いに堪能していたネイヴンはふとそのような提案を示してきた。だがこれはカーチフにとっても渡りに船だ。

「ああ、構わん。元々彼らはナルサスを探すために皇帝から借り受けたんだ。その目的を達成し国に凱旋すれば皆が喜ぶだろう。」

他に注視すべき情報が多すぎて忘れていたが彼自身も怪我をしているという話だ。ならばと思ってそう答えたものの、兄を慕っていたナルサスが素直に応じるだろうか?

やっと酒を一杯だけ飲み干したカーチフがそこを言及しようとすると後ろの幕が開いて件の人物が姿を現したのだからより話が進みやすい。

「兄上。勝手に決めつけないで下さい。私も戦います。」

元気な姿と声を聞けて皆もやっと一安心といった様子を見せる。しかしその顔色は決して良いものではないし戦慣れしたネイヴンがそう判断したのだ。想像以上に傷は深いのだろう。


「駄目だ。まずは親父を安心させて来い。ただでさえバルバロッサも散って国内は動揺しているらしいからな。それらを鎮めてくるのだ。」


「「「えっ?!」」」

ここにきてまだ驚かされるのか。だが今回はその側近達が思わず声を上げた事で彼らすら知らない情報だったのかという驚きも含まれていた。

「ほ、本当ですか?!」

それはナルサスも同じだったようだ。といっても彼が姿を消してからかなり経っている。恐らくその間に何か大きな戦いが起きたのだろう。

「ああ。ナイルの情報だと何でもクレイスとかいう青二才を庇って死んだらしい。ってかクレイスというのは『アデルハイド』の王子じゃなかったか?その辺りも詳しく調べてみてくれ。」

あのバルバロッサが誰かを庇う?思わず己の耳を疑ったがそれはそれで失礼かもしれない。しかし生前の彼を知っていると余計に混乱してしまう。

何せ魔術一筋で生きて来た男だ。愛弟子であるノーヴァラットと恋仲ではあるもののそれ以外に親しい間柄の人物など聞いた事がない。

雷の魔術を身につける為に10年間も山に通ったりとかなり尖った性格だった彼がまさか人を庇って亡くなるとは・・・。

「・・・その情報は確かなのか?」

『トリスト』で仕えているナイルの情報であれば信憑性は高いだろう。何せあの国はどこよりも先に空を飛ぶ魔術を手に入れ、世界のあらゆる場所へと手を回している印象がある。

最近ではヴァッツやアルヴィーヌといった人智を超える存在も目立ってきているし『シャリーゼ』の懐刀であったショウも存分に辣腕を発揮しているはずだ。

「今まであいつから降りてきた情報に間違いはなかった。恐らくこれからもそうだろう。」

しかしいくらナイルが優秀だからといって『トリスト』は彼の諜報活動を見抜けていないのだろうか?カーチフも詳しい事情は知らない為余計な口出しは出来ないがそれよりもクレイスを庇ったという部分にナルサスが引っかかったらしい。

「バルバロッサめ・・・連れてくるよう命じていたのに敵を庇うなど・・・一体どうなっているのだ。」

年明けに行われた元服の義で彼が水の魔術で出来た剣を突きつけられた話は耳にしていた。国外追放された後追手としてバルバロッサを送り出していた事も。

(・・・そういえばクンシェオルトもヴァッツに心を動かされていたな。)

もしかするとあの世代、というかあの少年達には人を惹きつける何かがあるのかもしれない。自身の甥っ子であるカズキを思い浮かべながら呑気な事を考えていると隣にいたシャルアがこちらの心を見透かすような表情をしていたので思わず気を引き締め直す。

「だったらナルサス自身で調べてみるのもいいんじゃないか?兄らに成長した姿を見せるいい機会かもしれんぞ?」

「・・・体よく戦場から遠ざけられている気しかしないがいいだろう。しかし兄上、今度何か戦があれば規模を問わず共に参戦させて頂きますよ!」

「はっはっは!!であれば完治は当然として更に強さを磨いておけよ!!」

ネイヴンは大きな手でその頭をがしがしと荒々しく撫でるとナルサスは滅多に見せない照れ笑いを惜しげもなく披露して周囲に何度目かわからない驚きを振りまいて見せた。






 話がまとまったと思っていたのはカーチフの勘違いだったようだ。

思えばネイヴンが生きていたというだけで『ネ=ウィン』の情勢が大きく変わって来る。そして今は家族共々その『ネ=ウィン』に移り住んでいるのだ。

「ところでカーチフはどうする?お前さえよければ是非一軍を任せたいんだが?」

そうだった。彼はナイルに唆されるような形で『モクトウ』へ攻め込むつもりなのだ。といっても彼自身が非常に目立つ存在なのにそれを明るみにすることなくずっと潜んでいた事を考えるとただ暴れたいという願望も多分に含まれているとも推測出来る。

問題はその戦禍に今自身が巻き込まれそうになっているという点だ。普段であれば再会の祝いも兼ねて是非力を貸そうと快諾する場面だが隣にはシャルアが座っている。

更に彼女はカズキから一刀斎の骨を実家に届けて欲しいと頼まれていた。ここでその家がある『モクトウ』と敵対するのは流石に気が引けてしまう。


「ごめんなさいネイヴン様。私達は一刀斎様の御骨を届けなければならないので参加は出来ません。」


何と出来た娘だろう。父の苦悩を察したのかこちらが思い悩んでいた点を堂々と述べてきっぱりと断りを入れてくれた事でカーチフの心は一気に軽くなる。

「そうなんだよ。俺は戦いに来た訳じゃないし娘も傍にいる。今は危険を冒したくないっていうのも父としてあるんだ。すまないな。」

少しわざとらしくなってしまったが父の本音という部分に嘘偽りはない。しかもシャルアには前歴もある。

「はっはっは!!相変わらず娘には頭が上がらんのか!!では1つだけ伝えておく。我々は西の街である西都と呼ばれる場所を貫いて王都を落とす予定だ。少なくともこの2か所には近寄らないよう気を付けてくれ。」

「あ、ああ。助かるよ。俺たちは南都って所に行くから多分大丈夫だろう。」

今まで自身の噂などに興味がなかったので知る由もなかったのだがどうも自分は娘に甘いというか弱いと思われているらしい。

実際そういう部分は多分にあるので反論するつもりもなく、むしろこれくらいで丁度いいとさえ思える。


「さて。それじゃ話はまとまったみたいだし、今度こそこれまでのネイヴン様について詳しく聞かせてもらおうか?」


なのでここからは彼自身についての話に切り替えるよう流れを作ってみた。これにはまだ詳しい話を聞かされていなかったナルサスも腰を据えて興味深そうに兄を見ている。

「うむ。と言っても大した事は何もしておらんぞ?『東の大森林』を通る東西の街道、その南にはごろつきや敗残兵が住み着いているからまとめ上げるようナイルに言われただけだ。ただ時間はたっぷりあったのでみっちりと鍛え上げたがな!」

なるほど。どうりで見た目の割には応対がしっかりしていると思った。この辺り一帯だけは開墾も終わっている所を見ると鍛えるついでに彼らを働かせていたのだろう。

納得やら感心をしていると他には『トリスト』で動いているナイルがネイヴンと名乗っていたり先日ナルサスも偽名で兄の名を使っていた事などが笑い話となって場を賑わせつつ酒宴はゆったりと進んでいった。








同じ頃。


ヴァッツは寝静まった夜中に1人でダクリバンが埋められた場所に来ていた。

彼の場合『闇を統べる者』が傍にいるので誰にも気取られる事なく寝具から一瞬で近くの木陰に移動してきたのだが。

「ねぇダクリバン。いつになったら動き始めるの?」

土の色がむき出しになっている方向へヴァッツが静かに問いかける。その下には首を失い、アルヴィーヌの激しすぎる拳で腹に大穴の開いた遺体しか眠っていないというのに。


・・・もこんっ


だが彼の呼びかけに応じるかの如く土がひび割れながらゆっくりと盛り上がり、中から土気色の手がにょきりと顔を覗かせて来た。






 月の明かりと丈の短い草原の為か、埋められた土を搔き分けて姿を見せた彼の体は白い光でしっかりと映し出されていた。

ダクリバンの方は事切れた時の姿のまま、頭も無ければ腹もない状態で間違いないのだがヴァッツがそれに怯える様子はない。

「・・・流石だな。わしの気配を読んでいたのか?」

「え?うううん。ダクリバンのっていうよりはダクリバンに憑りついているような気配に、かな?」

なのにダクリバンは声を発している。その内容は傍から聞いていれば何の事だかさっぱりわからないがそれでもお互いがある程度納得はしているようだ。

明らかに人智を超えている。その姿は動く死体といえば聞こえはいいが要は化け物だ。

だが彼は戦う意思を見せなかった。それは戦っても返り討ちにあうからだと悟っていたからかだろうか。ダクリバンは己が埋められていた場所から少し外して座り込むとヴァッツも無防備に近づいて行く。


「・・・わしは考えておったのだ。この力は一体誰が与えたのだろう、とな。」


相変わらずどこから声が出ているのかはわからないが口を開き始めたダクリバンに並んでヴァッツも腰掛けた。

「そもそも何故人間には短い寿命が定められているのに天族や魔族と交わっただけでそれが大幅に延びるのだ?そこにどんな違いがある?」

彼は誰に問いかけているのだろう?ヴァッツか?しかし少年が口を開く事はなくただ空を見上げてダクリバンの声に耳を傾け続けるだけだ。

「人間との間に子が生まれるのであれば素体は同じはずなのに何故力と寿命に大きな差があるのだろう?これについてヴァッツ。お主は答えを知っているのではないか?」

「え?!オレ?!知らないよ?!」

いきなり名指しで問われた為慌てて答えるがその様子を感じてダクリバンは笑い声を上げた。

「がっはっは。そうかそうか。お主なら何か知っていると思ったんだがな・・・」

彼がそう言い終えるとしばしの静寂が2人を包み込む。非常に綺麗な月だったせいもあるのだろう。数日前まで戦っていたのも忘れて見とれていたダクリバンはまた声を出し始める。


「時雨の事だがな。あいつには昔湯で背中を流させた事がある。どうもそれがかなりの心傷になっているようだな。」


「あ!そうなんだ。それで時雨にも先を見通せる力が移ったのかな?」

「かもしれん。一緒に湯船にも浸り奴の体を洗ったりもしたし同じ寝具で寝たりもしたから正確な所はわからんが。おっと、これはわしの名誉の為に告げているのであってあいつの為ではない。いいな?」

ティナマはともかく時雨が王城へ連れて来られた時はまだ6歳になったばかりだ。つまり彼はそんな年端もいかぬ少女を手籠めにするほど狂ってはいないと伝えたかったのだろう。

更に彼には操心の術があった。にも拘らずそれを時雨に使用しなかったのは義理か仮初の娘として本当に大事に思っていたのだろう。

だが時雨にはその心を受け止められなかった。お互いの気持ちは最後まで交わる事無く今回の件は終わりを迎えたわけだ。

「うん?わかった。」

快い返事をしていたもののヴァッツにはその辺りもよくわかっていない。なのでダクリバンは更なる言い訳から己の本心を滔々と語り続ける。


「・・・交雑種であるわしらは子が作れんのでな。幼子を見てるとつい欲しくなってしまう。」


「そうなんだ・・・そうなの?!」

「ああ。天人族や魔人族は子が設けられん。これもまた癪に障るのだ。その線引きがあまりにも理不尽すぎてな。ティナマを使ってみたりもしたが結局奴も身籠る事は無かった。ヴァッツ、お主はどうなんだ?子を作れるのか?」

ぽろりと酷い内容が零れ落ちてくるが興味深そうに尋ねるダクリバンの問いにヴァッツは腕を組んで小首を傾げる。それもそうだ。何せ彼にはまだその知識も経験もないのだから。

「・・・どうなんだろ?そもそも子供ってどうやって作るの?」

「ふむ。それは自分より年上の大人に聞けばよい。お主の質問になら誰でも親身になって答えてくれるだろう。」

「わかった!あれ?でもダクリバンは俺よりずっと年上だよね?今教えてくれないの?」

純粋過ぎるが故の疑問に彼はどう答えるのか。


「そうしたいのは山々だがわしにはもう時間がないらしい。」


彼は最後に与えられた力を戦いではなく会話へと注ぎ込んだのだ。この場に現れてくれたヴァッツと言葉を交わす為に。

既に体は死んでいる。どこから発する事が出来ていたのかわからない声も段々と弱くなっていく。


「・・・ヴァッツ。迷惑を掛けたな。勝手を言ってすまんが『モクトウ』と『七神』を頼む・・・」


最後まで謝罪を述べる事はなかったが全てを話した事こそがその代わりだったのだろう。力無くゆっくりと倒れていくダクリバンは再び声を発する事はなく、それを察したヴァッツもその遺体を優しく抱きかかえると再び彼が眠っていた場所へ埋め直した。

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