動乱の行く先 -前哨戦-
「おんやぁ!よく似合ってるよ!!」
その夜マフミは箪笥から和服を引っ張り出しては時雨やアルヴィーヌ、ティナマへと着せて回っていた。これらは彼女の娘でありカズキの母親でもあったコフミが昔使っていたものらしい。
いわば形見の品とも呼べるそれらを自分達が袖を通してしまっていいのだろうか?少し申し訳ない気持ちが沸き上がるもマフミもカズキもこちらを見ては喜んでいる。
「へぇ。これが母ちゃんの着てた服か。俺初めて見たわ。」
特にカズキは生家に帰って来てから妙に少年らしい顔を見せる時がある。今も素直な感想を口にしてくるので彼には遠慮よりも着て見せてあげた方がいいのかなと余計な気遣いまで生まれる始末だ。
そして袖を通してから感じたのがその匂いだ。コフミが亡くなって13年も経っているのにまるで毎日手入れされているのではと思えるほど状態がよかったのだがそれにはきちんとした理由があった。
「虫に食われんよう時折日干しとったからのぅ。うんうん、3人ともいつでもカズキの嫁においで。」
温かみのある太陽の匂いはその為だったのか。こうやって娘の遺品と向き合いながら暮らして来たのだろう。しかしそう思えば思うほど一刀斎の話題を誰も出さないのが気になる。
自分とティナマがテキセイの隠れ家に赴いていた時にこの話題を終えたのかそれとも皆が気を使って触れないでいるのか。知らぬが仏という言葉を信じて今は黙って見守るしかない。
「そういえば俺が帰って来る前にジジイの息子とその娘が来なかったか?」
最後にはヴァッツも和服に身を包んで楽しく夕食を摂っているとカズキが妙な事を言いだす。ジジイというのは一刀斎の事だろうがその息子と娘?一体何の話だろう?
「いんや?誰も訪ねて来とらんよ。うんむ??私は息子なんて産んだ覚えがないんだがカズキや、一体何の話をしとるんだい?」
マフミが心底不思議そうに聞き返していたので時雨は嫌な予感を覚えた。一刀斎は全国津々浦々を渡り歩いては厳しい修業と並行に女という女に手を出していた人物だ。
つまり彼の子が至る所で産み落とされていてもおかしくはない。そう考えるとカズキのいう息子とその娘という話も辻褄が合う。
「えっとな。あのジジイ『ジグラト』って所でも別の女を作って子を設けてたんだよ。そいつとその娘が俺の知り合いでさ。ジジイの骨をここに届けてくれるように頼んでたんだ。」
「お前・・・よくもまぁそんな得体の知れぬ人物にあの人の骨を預けたね?切腹でもするかい?介錯くらいしてやるよ?」
静かだが僅かな怒りを込めて冗談交じりにとんでもない事を言っているマフミだがカズキは笑って聞き流している。
「得体は知れてるよ。こっちにも名が轟いてるかもな。息子はカーチフっていうんだ。娘のシャルアはばあちゃんの孫娘になるな。」
「えっ?!」
一刀斎の死をさらりと告げたせいでもあったがまさかあの『剣豪』が『剣鬼』の息子でありカズキと血が繋がっていたとは驚きだ。驚きのはずなのだ。
なのに他の面々はヴァッツの作った夕餉を食べるのに夢中なのか和装の話でもちきりなのか今の重要な発言にはほとんど反応していない。
自分の感性がおかしいのか?と疑心暗鬼に陥るがマフミはおもむろに席を立つと小さな仏壇の前に座って手を合わせる。
「・・・あの人は誰かに討たれたのかい?」
「ああ。俺も直接この目で確かめた訳じゃないけどな。信用出来る奴の話では敵との腕の差は相当あったらしい。」
「死ぬまで武者修業だとかほざいてたからねぇ。」
短く祈りを捧げたマフミはまた囲炉裏の前に戻ってきて座り直すもその表情から悲壮感は見て取れない。
いくら強いと言えど彼も80近い歳だった。全盛期と違って段々と力は衰えていっていたにも関わらず常に死と隣り合わせで戦ってきたのだから妻であるマフミもある程度の覚悟はしていたのだろう。
「思ってたより気落ちしないんだな。」
カズキの意外な発言でやっと周りも興味を持ったのか、おしゃべりを中断して2人に注目している。
「ほっほっほ。そういう運命を選んだのはあの人だからね。それにあんたが腰に佩いてる刀を見て何となく察しはついてたさ。」
「あ。そっか。」
時雨もいつの間にか彼が二振りの刀を佩いていた事には気が付いていたもののその一刀が形見だとは思わなかった。
お互いが軽く笑い合うとそれ以降一刀斎の話題が出てくることは無く、マフミは可愛い和服に身を包んだアルヴィーヌの頭を撫でては嫁に来ないかと誘い始め、カズキもどうやってダクリバンを倒すのかといった話をしながら一日が終わった。
翌朝、策の詳細を決める為にテキセイがやって来るとまず気になったのが参加人数だ。
「カズキやティナマ、ヴァッツに時雨と俺、そして組織からも側近を30人ほどは連れて行きたい。」
「いや多すぎるだろ?!」
思わずカズキが突っ込みを入れたがテキセイはむしろ不服そうな表情でその理由を述べる。
「本当なら全員で奴を斬り刻みたい所を強さと恨みを考慮して選別したんだ。むしろ少ないと思ってくれ。」
ダクリバンは女子供への酷い扱いは言うまでもなく、目障りな人物を排除する際は全ての血縁関係を処刑してきた。
気持ちは痛い程わかるが城を落とす訳ではなくあくまで首魁1人を討つ為だけに動くと考えれば流石に40人弱で乗り込むという意見には賛同しかねる。感情と目的達成の為の折衷案をどう導き出すのか。
「別に乗り込む必要はないでしょ?ね?ヴァッツ?」
「そうだね。『ヤミヲ』かオレが行ってダクリバンだけこっちに引っ張って来るよ。だから人数は何人でも大丈夫。ただ広い場所は欲しいかな?」
黙って見守っていると意外な人物が提案してそれにヴァッツが補足を入れる形となった。確かに無理矢理大人数で王城へ押しかける必要はない。
ヴァッツであれば1人の人間を好きな場所へ連れてくる事など造作もないだろう。これには時雨だけでなくカズキやティナマも目を丸くしつつも頷いて賛同していた。
「・・・そんな事が可能なのか?」
「うん。あ、でもこっちに連れて来る前に操心の術だけは取っ払っておかないとね。」
すらすらと自分の出来る事を並べていく姿に感心しつつもテキセイだけはその力がいまいち理解出来ていない為不安げな気持ちが顔に出ていたがここで時雨は従者らしく口を挟んだ。
「大丈夫です。ヴァッツ様であればそれくらい造作もない事。それより今のお話ですとこちらにあの男を招き入れる形になります。でしたら30人と言わず恨みのある人間を全員集めてしまってもよろしいかと。」
「おお。時雨も中々言うではないか。ヴァッツの力を借りるというのがどうしても癪に障って仕方ないが面白そ・・・うひゃいうひゃい!」
何度注意しても一言多いティナマの頬を普段より少し緩めの力で引っ張りつつ周りの様子を伺ってみると反対意見が出る様子はない。
「・・・それなら俺も気が楽ではあるか。」
厳選した腕利きを王城へ送り込むよりはとテキセイも納得したものの、未だその力に触れていない分半信半疑といった表情だ。
「んじゃ決まりだな。いつにする?」
「今夜がいいな。バラビアが寂しそうだったし早く帰ってあげたい。」
一国の王を討ち取るというのにはあまりにも早急な提案だったが、時雨からすればとある人物の名前が出た事で驚きとやきもちが心の中を駆け巡る。
「私はもう少しこの国を見て回りたいから倒してもすぐに帰るのは駄目。それが約束できるのなら今夜でもいい。」
アルヴィーヌは相変わらず己の欲望に忠実だが今回だけはその意見を借り受けよう。
「私も里帰り・・・なんてするつもりはないのですが、その、平穏を手に入れられた後の『モクトウ』には興味があり・・・ます。はい。ですので急いで帰ることなくもう少しゆっくりしましょう?」
嘘をつくのが下手なのか嘘がつけないのか。自分でも何を言っているのかわからなかったがバラビアの為にと言われては黙って見過ごせない。
ただ醜態を晒すのに慣れてしまった時雨も自身の発言によってヴァッツを少しだけしょんぼりさせてしまった事には大きな自己嫌悪に襲われた。
何かしら弁明をしたい所だがはわはわと手と口を動かすだけで何も出てこない。そんな時雨を周囲も気にすることなく夕方にはテキセイがそういう場所へと案内する方向で話がまとまるとマフミ家での会議は幕を閉じた。
アルヴィーヌとくっついているのはまだいい。その可能性が僅かにあるとしても今は叔母と甥の関係なのだ。
更に2人は王族でもある。であれば身分的な意味合いでも納得がいくし諦めもつく。だがバラビア、あれだけは駄目だ。生理的にも論理的にも時雨の中では一切受け入れられない。
あの女に奪われるくらいならヴァッツに泣き落しでも何でも使って共に逃避する道を選ぶだろう。
(・・・ヴァッツ様がそんな事に心を動かされるとも思えないが。)
自分で考えてて自分で結論を出すといつの間にか日が傾いてきている。約束通りテキセイが再び姿を現すと6人はマフミに見送られて街はずれにある平原へと向かった。
恐らく反政府組織の面々だろう。そこには既に数百人規模の人間が集まっていたのだが思いの外雰囲気は明るい。
「俺もまだ信じ切れてない部分があるんだ。仲間の雰囲気もそういう事だから気にしないでくれ。」
つまり本当にダクリバンが目の前に現れると思っていないのだろう。普段はひっそりと息を潜めながら生活している為今は久しぶりに仲間と再会出来た喜びのほうが大きいのかもしれない。
だが安心して欲しい。今夜ヴァッツが、我が主が必ず皆の枷を断ち斬ってくれるだろう。そうすればこの光景が日常に戻るのだ。恐らく自分も・・・少しは前に進めるのだ。
期待と不安、いや、彼の傍に立っているだけで不安は全て掻き消える。気が付けば胸は期待で満たされていた。
「そろそろ日も落ちるかな?んじゃ真っ暗になる前に行ってくるねー!」
まるで井戸端会議のような喧騒の中にそう呼びかけた後ヴァッツの姿は忽然と姿を消す。それから間もなくしてすぐにダクリバンと一緒に現れるとまずはテキセイが口火を切った。
「まさか本当に連れて来てくれるとはな。この恩は必ず返すぞ、ヴァッツ。」
当の本人はきつねにつままれたような様子で周囲をきょろきょろとしていたが長の声に反応した遺恨ある人々は先程までの朗らかな雰囲気を一変させて刀を構え始めた。
「ごめんねダクリバン。不意を突くのってあんまりしたくなかったんだけどこうでもしないと予見されると思ってさ。」
「き、ききき、貴様はヴァッツッ?!?!」
ほんの少しだけ自身の置かれた立場を理解し始めたがもう何もかもが手遅れだ。あのヴァッツが本気の姿勢を取っている以上この男が悪さを出来るはずもなく。
「久しぶりだなダクリバン。どうだ?『七神』の皆は元気にしているか?」
「テ、ティナマっ?!・・・生きていたのかっ?!」
同じ組織の仲間同士である筈なのにダクリバンから向けられる視線は驚愕と畏怖、そして下卑た下心だ。
刹那、奴の双眸がカッと見開いてティナマを刺すように見入る。本来であればそこに光が走ったりして相手の心を支配するのだろうが今は面白い表情を作ったただのおっさんにしか見えない。
「・・・・・?」
「どうした?ご自慢のおままごと術はかけないのか?わらわをまた人形のように操ればいいではないか?遠慮するな?」
積年の恨みと性格からか。ティナマは両腕を広げてからかう様に笑いながら操心の術を促すがダクリバンには何故それが発動しないのかわからないらしい。
ふと気が付けばヴァッツが時雨の隣へと移動していた。恐らくこちらを気遣っての行動だろう。そういうささやかな気配りが本当にうれしい。
自分もアルヴィーヌのように体を寄せ付けたい衝動を抑えつつ場を見守っていると今度はカズキが口を開いた。
「んで?結局のところ操心の術って何だったんだ?ヴァッツ、もうダクリバンにはその力がないんだよな?俺の記憶もそんなにおかしな所はないし実験体にされた意味はあんまりなかったな。」
速やかに刀を抜いて彼の右側に立つとゆっくり構えだす。
「お前が天人族だという話もおかしな術を持っているのも全て聞いた。今の今まで半信半疑だったがこの状況下では信じない理由はない。」
テキセイも刀を握って奴の真ん前に仁王立ちしている。短い頭髪ですら揺れているのが見て取れるのだから相当な怒りだ。
「私は逃げそうになったら叩き落すだけ。のつもりだったんだけど貴方時雨に酷い事したんだって?だったら私がその首を獲ってもいいよね?」
久しぶりにアルヴィーヌの背中から翼が顕現されるとヴァッツの力無しで見事な長い銀髪も姿を現した。ただいつもの杖を手にしていないのだけは気になる。もしかして素手で戦うつもりか?
四方を強者達に囲まれ、更に外側からは反政府組織の面々が殺気立ってダクリバンを睨みつけている。これ以上ないくらいの袋の鼠状態だが奴はどうするつもりだろう?
「ふっふっふ。ぶわっはっはっはっは!!」
突如大声で笑い飛ばした後強者達を一瞥しながら自身も刀を抜くと最後にはヴァッツを強く睨みつけながら更に言葉を発する。
「たかが操心の術1つ奪った程度で勝ったつもりか?!残念だがわしには別の力もあるっ!!!万が一にも貴様らに勝ち目などないのだぁっ!!」
「うん。先を見通す力でしょ?それも取っ払っといたよ。あと空飛ばれるのも面倒だからそれも。」
ついでというにはあまりにも重い内容の告白にダクリバンは声を失って硬直してしまう。彼の話しぶりだと戦える力は残されているようだがティナマは強者であれば討ち取れるくらいの強さだと言っていた。つまり・・・
「さて。誰に斬られたい?」
いつの間にか一番距離を詰めていたテキセイが仁王立ちのまま手を差し出しつつ無慈悲な質問を繰り出すといよいよ広場の殺気は最高潮へと達していった。
(やはりヴァッツ様は凄い!!)
彼自身が止めをさすつもりはないらしく、ずっと時雨の傍についてくれていたお蔭で今まで考えるのも避けていたダクリバンをこうやって睨みつける事が出来ている。
本音を言えば自身も直刀を握ってあの輪に入りたい気もしたがそれはヴァッツの真心を裏切る行為だ。であれば誰でもいい。後は誰かがあの男に引導を渡してやればそれでいい。
そう思っていた。半ば気を緩めていた。
しかしダクリバンという男は仮にも天人族であり、腕前がそれほどではないという認識もティナマがそれ以上の強者だったから言えるのであって一般的には相当な猛者の部類に入るのだ。
覚悟を決めたダクリバンは迷わずティナマと向き合うと刀を抜きながら一足飛びで襲い掛かる。自身の操心の術だけでなく彼女も戦える力を失っていた事を見抜いたらしい。
有無も言わさず斬り捨てるのか人質として利用するのか。現状でも対処が可能だと目をつけられたのだから時雨は慌てて助けに入ろうとした。
ぴんっ・・・!
ところがその凶刃は一番遠くにいたはずのアルヴィーヌの手によって阻まれる。見れば右手の人差し指と親指だけで摘まむように受け止めていた。
「残念。この娘は時雨のお気に入りなの。」
ぼむっ!!!!!
爆音とも破裂音とも呼べる音が周囲に木霊してダクリバンの腹部には大きな穴が開いていた。続いて地面を蹴っていたテキセイとカズキはその粉微塵となって後方に弾け飛んできた肉片を躱しつつ一気に距離を詰めると。
ざざんっっっ・・・!!!
お互いが同じ拍子でその首に刀を走らせた事で一瞬だけ頭が軽く動くと力無く膝から崩れ落ちた後、綺麗な断面を持った首がころりと地面に転がった。
圧倒的だった。そもそもダクリバンとの立ち合いだけならテキセイかカズキだけでも結果は残せただろう。
それでもこれほどの大人数を集めたのはひとえにダクリバンという男が築き上げてきた恨み辛みの賜物なのだ。
最後はテキセイがその首を掴んで高く掲げると周囲からは割れん程の大歓声と大号泣が夜の空を震わせる。
今まで奴に操られていた人物達も正気を取り戻すだろうし『モクトウ』は人間が治める国へと変化していくはずだ。
「礼は言わんぞ?そもそもわらわは刺し違えてでもこやつを殺すつもりだったのだからな。聞いてるのか?!」
ティナマはアルヴィーヌに詰め寄るも彼女は気にする様子も見せず、すぐに翼を引っ込めてヴァッツの下へととと~と駆け寄ると頭を擦りつけていた。
「これで全てが終わったのですね。」
「え?あーうん・・・そうかもね・・・」
随分と歯切れの悪い物言いが気になったが元々彼は人を殺める事をよしとしてない。いくら非人道的な行為を重ねてきたダクリバンであってもその死には何か感じる所があるのだろう。
周囲の喧騒とは裏腹に腹部に巨大な穴があいた死体を静かに眺めていたヴァッツはこちらの背中に大きな手の平を当ててカズキの下へ歩き出す。
この時はその大きくも暖かい、それでいて優しい手の温もりを感じていた為彼の心配事には気が付けなかった。
狂喜と呼ぶにふさわしい宴が南都の中央で開かれるとそれは夜通し続いていた。
立役者という事で自分達も招かれてはいたのだがアルヴィーヌはヴァッツの肩にもたれ掛かって眠りについていたし、時雨もヴァッツが静かすぎる事が気掛かりで傍から離れるつもりはなかった。
時雨の周り3人だけは隔離されたかのような落ち着いた空間を作り出している中、ティナマはカズキやテキセイと酒を酌み交わしている。
ダクリバンからは過去に酷い虐待を受けていた。その根源を断ち斬れたのだから自分ももっと喜ぶべきなのかもしれない。
だが心の中では喜び以上に恐怖を取り除けた安らぎが大きかった。その機会を作ってくれたヴァッツへの感謝も一杯だった。だからこそ余計に彼の様子が心配だったのだ。
やがて夜は明け、それでも宴は終わりを迎える事無く未だに騒いでいる連中達は元気に踊っていたり飲み比べをしていた。
「おはよう時雨。」
そんな騒がしい朝を迎えた時雨はヴァッツの優しい声で目が覚めたと同時に気が付く。いつの間にか彼の肩に寄りかかって眠っていた事に。
「お、おはようございます!!」
慌てて目を覚ました時雨は辺りに目をやるとアルヴィーヌはヴァッツの膝枕でぐーぐーと寝ており3人で騒いでいたティナマ達も大の字で豪快に眠る彼女を残して他の2人は姿を消していた。
「テキセイはカズキを連れてお城に向かったよ。何でもダクリバンが持っていた強権を巡って闘争が起こるみたいだからそれを収めるんだって。」
「な、なるほど・・・」
彼も元大将軍であり国士だった男だ。己に無実の罪を着せた男を討伐するのはあくまで通過点として考えていたのだろう。
言葉通り夢から覚めた時雨はゆっくり立ち上がると地べたで豪快に眠っていたティナマを起こして反政府組織の人間にカズキの家へ帰る事を告げる。
ここから先は完全に部外者だし何かあればカズキ経由かテキセイ本人が訪ねてくるだろう。
「では我々も一度戻りま・・・しょ・・・う?」
それからヴァッツの下へ戻ってくると未だ目覚めないアルヴィーヌはヴァッツの両腕で優しく抱きかかえられていた。俗に言うお姫様抱っこという奴だ。
実際彼女はお姫様なので正しい使い方なのだろうが正直羨ましくて仕方がない。
「時雨、顔顔。寝覚めにしても酷い顔になってるぞ?」
隣で眠たそうにしていたティナマに指摘されて思わず両手で抑え込んだ。どうも心から不安要素が取り除かれたせいか今まで以上に気が弛んでしまっているらしい。
「さ、さぁ!私達も帰りましょう!きっと家ではマフミ様が首を長くして待っておられますよ!」
「時雨五月蠅い・・・むにゃむにゃ・・・」
こちらの心情など微塵も理解していない我儘お姫様は寝言でも時雨を咎めてくる。
「そうだね。帰ろうか。」
やるせなさで大きく落胆した時雨だったがヴァッツが優しい笑顔でそう答えてくれるだけで瞬時に立ち直る。
我ながらどれだけ単純な女なんだと内心突っ込んでいたが今はこれでいい。やっと長年の憂いから解放されたのだ。これから少しずつ彼と距離を縮めていけたら。
ほんの少しだけ前向きな感情を取り戻した時雨はそう納得させると4人は並んで帰路へと着いた。
「カズキ、少しの間だけでいい。お前の力を貸してくれないか?」
空が白み始め、早朝の肌寒さで宴の熱もだいぶ冷めてきた頃、横で寝落ちしたティナマを他所にテキセイがそんな事を提案してきた。
ダクリバンを倒した後に俺の力が?一体何の為に?と素直に疑問を浮かべたのは彼にも伝わったらしい。
「ダクリバンが討たれた事でこれからの『モクトウ』は大きく動く。特に中央政権は奴の強大な権力を奪い合う戦いが始まるはずだ。」
国王が己の欲望を満たす為にあらゆる力を保持していたのは間違いないだろう。そして奴の死が引き金となり王城では血みどろの権力争いが勃発するという流れか。
「ん~。でもそこに俺の力って必要か?あ!まさかテキセイが国王になる為に武力での制圧を手伝えとかじゃないだろうな?!」
「馬鹿な事を言うな。俺にその器はないしそんな気持ちは毛頭ない。」
あっさりと否定されると逆に残念だった。もし歯向かう奴らを斬り伏せろとかいう願いなら面白かったのに・・・などと邪念を妄想しているとテキセイは軽く咳払いをして話を続ける。
「王城には俺を大将軍に推戴してくれた宰相様がおられる。その方に王となって貰えれば、と考えているんだ。」
「ほう?」
理由としては真っ当だしダクリバンの親族・・・がいるのかはわからないがそちらに王権が移っても碌な結果にならないだろう。
であればここは血筋を断ち斬って優秀な人物に立ってもらった方が良い。問題はそんな卑劣な王といえど『王族』だという事だ。長い歴史の間によって人間の本能に近い部分で刷り込まれている『王族』の価値。
例えどれだけ暗愚でも猟奇でも愚鈍でも『王族』の血筋であれば人々は崇め、利用して己の権威を、私腹を肥やす為に動く。天族や魔族から見れば首を傾げすぎて地に付く程不可解だろうがこれこそ人間社会が生み出した秩序でもあるのだ。
ダクリバンが討たれ、操心が解けてからこそ各々の本性が現れる。それらをまとめ上げる事も含めて反政府組織の役割なのだろう。
「面白そうだ。いいぜ。」
「決まりだな。では早速向かおう。」
テキセイは立ち上がって自身の側近を集めるとカズキも首をひねってこきりと音を鳴らす。
「大丈夫だとは思うけど気を付けてね?何かあったら呼んでくれたらオレも駆けつけるよ。」
少女2人に囲まれて静かに座っていたヴァッツが頼もしい申し出をしてくれるが恐らく彼に助けを求めるような場面は来ないだろう。
「ああ。その時は頼むぜ。ついでにばあちゃんに帰るのは少し遅くなるって伝えといてくれ。」
祖母を心配させないよう言伝だけ頼むとカズキは軽く屈伸を繰り返してテキセイ達が用意した馬にまたがり颯爽と北へ向かった。
8歳を迎えるまでは山籠もりの生活をしており以降は武者修業ですぐ西へ旅立った為あまり国内を移動した経験はなく、王都まで強行しても2日かかる事をこの時初めて知った。
「中央から東西南北に大都市がある。それらは全て3日以上の距離があるんだ。」
途中の野宿でテキセイから教えてもらうとアルヴィーヌの言葉が脳裏を過る。
(一段落したら少し見回ってみるか。)
時雨のように郷国を捨てた訳でもないカズキはそう心に留めながら彼らとともに馬を駆り、2日目の夜には王都へと入る事が出来た。
ダクリバンが突如いなくなったことで城内は混乱しているだろうと予想したテキセイは疲れの見える側近達に報告だけは済ませると伝えて王城前までやってくる。
「止まれ!!このような時間に何用だ?!」
至極当然な反応で行く手を阻まれたがテキセイは黙って馬を下りると入れ墨を隠していた襟巻を取って見せる。
「こ、これはリセイ様?!」
「リセイ?」
「テキセイ様の本名でございます。」
側近の一人が教えてくれたので大いに納得した。言われてみれば顔に犯罪者の墨を入れられ国を追われた人間がいくら身を隠しているとはいえ本名のままのうのうと生きていくはずがない。
「様々な悪行を重ねてきた愚王ダクリバンは俺が討った。その首の宰相様に献上したいのだが通してもらえるか?」
それを聞いて衛兵達が顔を見合わせているがどうにも話はまとまりそうにない。というのもそれを決断出来る人間がいないようなのだ。
「じ、実は今、城内では王が霞のように姿を消した事で混乱が生じておりまして・・・」
「わかっている。だからこそ首を届けに来たのだ。後の責任は俺が取る。通してくれるな?」
ティナマも言っていたように佞臣達との関係もなく、公明正大だった大将軍リセイがそう断言してくれると彼らは明るい笑みを浮かべて一斉に頷いた。
(これが大将軍か・・・)
この光景をヴァッツにも見せてやりたかったな。カズキは感心しながらも少し残念に思いながら後に続くと西側諸国とは違う城内の内装に思わず感嘆する。
『モクトウ』の建築は木造が基本なのだがそれでも壁が襖程度の一枚板なのは初めて見た。よほどの大木を加工したのだろう。天井や梁には細かな細工が彫られていたり金で箔を付けていたりと自身が『モクトウ』出身だからこそわかる豪華さにただただ唖然とする。
半ば目的を忘れながらも彼らについていくとテキセイの言っていた宰相が居る部屋の前までやって来た。
「失礼。」
急ぎ故に短く断りだけ入れるとテキセイは側近が開けた襖から中へと入る。そこには文官らしき人物達が5人程座って何かを話し合っていたようだ。
突如現れた元大将軍に誰もが驚きの表情を浮かべていたが各々が彼への尊敬を浮かべている所をみるとこの場に敵となる勢力はいないらしい。
「リ、リセイ・・・何故戻って来た?いや、そうではないな。王に見つかったら今度こそ命が無いぞ?」
「その王の首を持ってきた。」
余計な言葉を発しない性格なのだろうがあまりにも急な報告に全員が戸惑っていた。だがこちらとしても猶予はない。すぐに首桶を用意して確認するよう促すと文官達はまた様々な表情を見せ始める。
「・・・濡れ衣を着せられたのだ。この際反逆の罪には目を瞑ろう。だがわざわざ危険を冒してここに姿を現した理由がわからんな。城内にはお主が本気で国家転覆を企んでいたと考える人物だっているのだぞ?」
ただ1人テキセイと受け答えをする初老の男、着ている衣服も他よりやや上質な物な事からもわかる。恐らく彼がその宰相なのだろう。
「ゴシュウ様、その件についてもお話があります。お前達、済まないがここには誰も通さないよう護りを固めておいてくれ。」
命じられた側近達は廊下に出て行くもカズキは手招きされたので促されるままテキセイの隣へ座った。
「まず初めにお伝えしておかねばならない重大な件があります。それはダクリバンが人の心を操っていたという事実です。」
何も知らない面々にそんな滑稽な事を口走れば大いに笑い飛ばされるに違いない。だがそれはこの城内で起きていた事件なのだ。そして切れ者は瞬時に理解する。
「・・・ふむ。それなら我らが話し合っていた内容も全て腑に落ちる。」
ゴシュウは深く頷いて周囲の面々と顔を見合わせると彼の配下達だろうか。不審だった点を次々と述べて自身の記憶との齟齬を報告し始めた。
ダクリバンが姿を消した翌朝には奴の腹心として寝返っていた人物が正気に戻ってきた。最初こそ疑惑しかなくゴシュウも彼らの言をどこまで信じるべきか迷っていたらしいがテキセイの土産と情報はその疑いを全て晴らしたようだ。
「しかし恐ろしい話だな。まさか何十代、何百代か?ずっと王として君臨していたとは・・・更に人の心を自由に操っていたとなればそれに気が付かない訳だ。」
ばたばたばたばたんっ!!
テキセイの側近達が誰も通さないよう護りを固めていたはずなのに突如廊下から慌ただしい足音とともにその側近の1人が襖を勢いよく開けて中に飛び込んできた。
「た、た、大変です!!!国民達が、国民達が大暴動を起こしていますっ!!!!」
「な、何だと?!」
「・・・これもダクリバンが去った影響か。ふむふむ。」
確かにこの国の法は相当厳しく、そして重いのだ。それらを悪用して民から資産を吸い上げたり袖の下を通してきた奸臣達の話も枚挙に暇がない。
その不満をダクリバンは己の力を以って抑え込んでいたというのか。今更だがとんでもない力だなと再認識するがそれをあっという間に無力化出来るヴァッツも相変わらず底が知れない。
だが周囲が激しく動揺と驚愕を示していたのにゴシュウという男だけは非情に落ち着いて何度も頷いている。テキセイが王へと願うだけあってこの男、相当な胆力と知恵を持ち合わせているらしい。
「俺が首を持って彼らの前に立とう。今まで内包していた怒りもこれを見れば多少の溜飲が下がるかもしれん。」
濡れ衣を着せられた元大将軍の心は国士そのものだ。迷わず席を立ってダクリバンの首桶を手にしようとした時、ゴシュウも一瞬だが鋭い眼光を光らせて立ち上がる。
「どうやら私も覚悟を決めねばならぬ時が来たようだ。リセキよ。再びこの国の、いや、私の右腕としてその力を貸してくれるだろうか?」
その言葉を聞いたテキセイは速やかに跪いて首を垂れると重苦しい雰囲気を纏いながら静かに答えた。
「私を大将軍の地位にまで押し上げて下さった御恩、いかなる時も忘れた事はございません。このリセキ、未だ未熟ではございますがゴシュウ様と『モクトウ』の為、命も身も粉にして臨む次第であります。」
ショウとはまた違う、愛国心だけではない彼の心意気を感じたカズキは深く感動を覚えたが今は時間がない。
ゴシュウも一度だけ頷いた後すぐに群衆の前まで出向くよう命じたのだが何故か彼もその後をついていく。テキセイの側近達やゴシュウの配下達もが一斉に移動を開始したので理解が追い付いていないカズキも流れに身を任せるように後を追った。
全ての国民が集まっているのではないだろうか?そう思えるほどの群衆が王城を囲っているのでその喧騒も凄い事になっている。もはや彼らの言葉を聞き取る事は出来ず、衛兵達は城門を固く閉じて必死で抑え込んでいたが崩壊は目前といったところか。
そんな中テキセイが首桶からダクリバンの首を鷲掴みにして取り出すと城壁の前に飛び移ってそれを大きく掲げた。
「みんなっ!!!!!!!!!!聞いてくれっ!!!!!!!!!!!!!!!」
何より驚かされたのは喧騒を打ち破り鼓膜が破れそうなほどの彼の大声だ。顔の入れ墨を隠す為に着用していた襟巻を取っ払い口を開いたテキセイの声は最果てにまで届いたのでは?と思えるほど大きなものだった。
彼自身が国内でも人気のあった大将軍というのも都合が良かったのだろう。ダクリバンの術が解けて、ある程度記憶の整理が整っていた国民達も彼の姿と彼が手にする憎き王の首級を目にすると耳が痛くなるような静寂が訪れる。
「人々に圧政を敷き、我欲のみを追求してきた悪しき王は俺が討ち取ったっ!!!!!!!今日この日より『モクトウ』は生まれ変わるのだっ!!!!!!!!!!」
テキセイがそう言い終えると今度は群衆達から割れんばかりの大歓声が上がる。更に彼は全方面に同じ報告をすべく城壁を回る旨だけを伝えて走っていったのだが何故かここでゴシュウも城壁へとよじ登り始めたのでカズキは慌てて止めようとした。
「おお、すまんが少年よ。少し手を貸してくれ。」
しかし本人はてっきり手伝ってもらえると思ったらしい。嬉しそうな顔でそう頼んできたのでどうするか悩んだが配下の文官やテキセイの側近達も彼を押し上げようとしている。
であれば自身も協力すべきだろう。将来王となるであろう彼の護衛だけは心して務めると気合を入れ直すと先に城壁へ飛び乗ってからゴシュウを引き上げた。
「ありがとう。しかし見た目以上に力持ちだな。どうだろう?右将軍にでもならないか?」
「気持ちは有難いけど俺には仕えている国王様や国があるんだ。」
ほぼ初対面なカズキに笑いながら随分と好待遇を持ち出してくるのは人柄か本人の能力を見抜いているからなのか。苦笑を浮かべたカズキは大歓声に埋もれないよう大声で返すとゴシュウは大きな笑顔を零す。
断ったはずなのにおかしな男だな、と思ったが今は国民全てが暗愚の王から解放されて狂喜乱舞の状態なのだ。ゴシュウも多かれ少なかれその熱に中てられているのは間違いない。
それから彼はしっかりと立ち上がって大盛り上がりの群衆達を真正面に据えると両手でその騒ぎを鎮めるよう促す。
彼の身なりは立派なもので例えその顔や名を知らなくても相当な高官だというのは国民なら察する事が出来るのだろう。嵐が過ぎ去ったかのような静けさがまた場に下りてくると丁度テキセイも城壁を一周してゴシュウの横へと戻って来た。
「『モクトウ』の民よ!!!!!!!我が兄弟たちよ!!!!!!私は宰相を務めるゴシュウだ!!!!!!」
名乗りを上げただけでまたも大歓声。しかし今は流れが出来上がっているお蔭で彼が再び両手をかざすだけでまた静けさを取り戻す。
「悪王ダクリバンは討ち取られた!!!!!!国を追われた大将軍リセイの手によってだ!!!!!よって私の配下でもあった彼の意志と国民達の悲願を汲み、私は新たな王として名乗りを上げる事を宣言する!!!!!」
まさか自らが王を名乗る為だけにここまで上ったのか。感心していたカズキを他所に再び割れるような大歓声が沸き起こる中、2人はその姿を国民達へ披露すべ手を振りながらくゆっくりと城壁を歩き始めた。
城壁を一周した後ゴシュウは早速テキセイをリセイとして大将軍へと任命すると慌ただしく城内へと戻っていく。
「ここからは時間の勝負だ。カズキ、すまないがコシュウ様の護衛を頼んでも良いか?」
「ああ。その為にやって来たんだからな。」
とは言ったものの何がどう勝負なのかさっぱりわからない。宰相といえば国の政を取り仕切る頂点だしダクリバン亡き今、彼が王を名乗ったのであればめでたしめでたしで良さそうなものだが。
「リセイ大将軍。これを持っていくが良い。」
ゴシュウは速足で歩きながら懐から二枚の証書を取り出してテキセイに手渡す。
「これは?」
「先程認めた任命証書と粛清対象を記した目録だ。これを使って城内の反乱分子を全て排除してきてくれ。」
そのやりとりでやっと理解した。恐らく今から城内では数多の血が流れるのだ。ダクリバンに阿っていた佞臣や奸臣達は当然としてその親族に明るい未来はないだろう。
まともな国であれば王族から次期国王を選出する手筈が整えられるのかもしればいが今の『モクトウ』にそんな機関は無きに等しい。何せ3000年もの間ダクリバンが名を変えて王を歴任していたのだから。
テキセイが側近達を引き連れて復帰後最初の任に当たり始めた頃、ゴシュウとその配下と共に行動していたカズキは離れにある大きく頑強な書庫にやってきていた。
「この機に全てを白紙に戻す。そうでなければ王を討ち取った意味がなくなるからな。」
教えて貰っても意味がいまいちよくわからなかったカズキはただただ彼の身辺を護るべく周囲を警戒していたのだが彼らが到着したすぐ後に小規模な部隊がこちらに向かってくるのを捉える。
「どけどけどけぇぇぇい!!!この反逆者共がぁぁぁあ!!!」
その中央には強面で随分立派な鎧兜を身につけながらも腹のぜい肉が隠しきれていない滑稽な男が何やら吠えている。まさか・・・?
「これはこれはホウリュウ殿、頭の悪い其方がこのような場所に現れるとは意外や意外。厠と間違われてはいませんか?」
「じゃかましいいぃぃぃ!!!国王様に手を掛けただけでなく次期国王を名乗るなど無礼千万っ!!!この大将軍ホウリュウ様が今すぐ叩っ斬ってくれるわぁぁ!!!」
やっぱり・・・これが大将軍とは。軍を率いるのが将軍なので彼個人の武名や武力が無くとも問題はないがそれにしても酷い。
強さは微塵も感じられないし言動にも粗暴さこそあるものの力強さはない。街のチンピラにも劣るであろうこんな男がテキセイの後釜だったとは。母国の事情故に余計恥ずかしさを感じるカズキは思わず左手で顔を覆ってしまう。
「衛兵諸君に告げる。今反逆の意志を示さなければ全ての罪をホウリュウの首で済まそう。だがもし私達に刃を向ける者がいた場合、もれなく粛清対象になると知れ。」
ゴシュウもチンピラの言動など全く意に介さずむしろ彼の周囲にいる衛兵達を気遣っている。そして粛清対象という言葉に反応してか皆が顔を見合わせて困惑していた。
当然だろう。こんな男に率いられて命を賭けた戦いに参加するなど自身なら絶対にお断りだ。
「ゴシュウゥゥゥウゥウ!!!この痴れ者がぁぁぁあ!!!全部隊突撃ぃぃぃぃいい!!!」
クレイスの数倍遅い抜刀を済ませたホウリュウが顔を真っ赤にしてどたどたと走って来るのでカズキは念の為鎧を身に纏った醜い豚を指さして確認を取り始めた。
「あれって粛清対象?」
「粛清対象。」
軽く頷いて軽い返答が来たのでもはや遠慮はいらない。というか国の恥だ。さっさと済まそう。
ざんっ!!!
この場にいた人間ではいつ抜刀したのか誰にもわからなかった。それくらいの早業で刀を抜いたカズキは目にも止まらぬ踏み込みで懐へ飛び込んだ後その首を刎ね飛ばす。
その後軽く胸を蹴って仰向けに転がしたのは血がこちらに流れてこないようにする為だ。こんな汚い血は踏むのさえ憚られる。
「さて。最後にもう一度だけ尋ねよう。衛兵諸君、君達に反逆の意志はあるのか、ないのか?」
恐らく大将軍がこんなにも一瞬で倒されるとは誰も想像していなかったのだろう。堂々としたゴシュウの力ある声に衛兵達は顔色を真っ青にして跪いている。
「ふむ。よい判断だ。私も無駄な血は流したくないからね。では早速新たな任を命ずる。右将軍カズキに従って我らを護衛するのだ。」
まだ年端もいかぬ少年だがその強さは右将軍にふさわしいと感じたのだろう。衛兵達は微塵も疑う事なくカズキへの忠誠を口にするのだが本人はあっけに取られていた。
「おい?」
「まぁまぁ。今はそういう事にしておいてくれ。その方が話も進みやすい。」
こっそりと耳打ちしあう2人を疑う者は誰もいない。というかゴシュウという男、流石にダクリバンの王政下で宰相を務めていただけの事はあって強かだ。
「・・・まぁこれも修業と思えばいいか。それじゃ基本通り書庫を護れるように配置についてくれ。俺も良く知らんので頼むぜ?」
テキセイとの約束もある為早々に諦めたカズキは折角なので即興の右将軍という地位を利用しつつ様々な問答をやり取りしながら『剣撃士隊』への手土産を模索し始めた。
あれからゴシュウはすぐに前国王崩御と新国王の旨の御触書を街中に立てるよう命じた。
城内での争いが終息するまでもう少し時間がかかる為まずは国民の平静を取り戻すのが先決という建前らしいが後からショウに聞いたところ「先に言ったもの勝ち戦術です。」と教えてもらった。
つまり先んじて国民に刷り込む事で世論を味方に付けるというやり方なのだそうだ。だがこんな搦め手を使わずともゴシュウがダクリバンの圧政を何とかしようともがいていたのはある程度の国民なら誰もが知っている。
カズキとしてはここまで姑息な手を使わなくても、と感じたが王族を排除して新たな王を立てるのであればこれでもまだまだ足りないらしい。
「ゴシュウ様は長年ダクリバンの圧政に成す術もなくまるで金魚の糞が如く宰相の座に甘んじておられたお方。そんな人物が新たな王になるなど酔狂すぎませぬか?」
「左様!これではダクリバンの二の舞ですぞ!!私も強く反対致します!!」
様々な思惑はあるだろうがテキセイやゴシュウの温情によって生きながらえた高官達は最終議会が行われているこの日にもしつこく王位継承を反対していた。
三日前、城内をあっという間に制圧したカズキ達だったが佞臣や奸臣でもある程度使える人材は残された。
というのもいきなり粛清し過ぎると人手不足で業務が滞る為だ。なのでそういった不義の官人達が入り混じっている為最終決議はまた持ち越されるのではないかと考えられていたが。
「ふむ。そういう条件でしたらもはや反対致しますまい。善政を期待してますぞ?」
休憩を挟んで午後に差し掛かった瞬間、反対勢力は軒並み賛成へと切り替わっていた。どうも裏で賄賂と官位を持ち掛けて懐柔したらしい。
「随分愚かな臣下達ですねぇ。恐らく人材が確保された後静かに粛清されていくのでしょう。私だったらその時きちんと全ての財産も没収しますね。」
これも後ほどショウが言っていた通りになるのだが目先の欲に囚われる人物というのが官人として起用されたのがそもそもの間違いなのだろう。
こうして無事王位継承の話がまとまると三日後には大々的な戴冠式が行われ、やっと一息つけると誰もが思っていたのだが。
「た、大変です!!!西から正体不明の大軍が西都に向かって押し寄せてきています!!!!」
疲れていたのだろうか?寝耳に水といった急報を受けて誰もがぽかんとした表情を浮かべていたが当然だ。
『モクトウ』は周囲が険しい地形で囲まれており今まで侵略らしい侵略を受けた事がなく、こちら側から外界への侵略を行った事もない。
陸の孤島と呼ばれる場所に建っている為外敵とは無縁だったのだからまずは皆が誤報か虚報を疑っていた。
「西って荒れ果てた街道と賊くらいしかいないだろ・・・まさか『ネ=ウィン』か?」
勢力基盤が落ち着くまでという約束で仮の右将軍として議会に参加していたカズキはその可能性を口走るも彼らがあの酷道を通ってまで進軍してくる理由などあるだろうか?
「確かダクリバンは西国の『ジグラト』に加担していたな?」
ゴシュウが指摘するとカズキもすぐにナルサスの姿を思い浮かべる。確かに『ネ=ウィン』としての面目を潰されたみたいな事を言っていた。つまり直接出向いて叩きに来たという事か。
しかしここにきて彼の国と矛を交える事になるとは。カズキとしても母国の為に戦わざるを得ないがナルサスには重く用いて貰った記憶がある為少々心に引っかかるものがある。
(・・・しかもダクリバンの術に掛かってたせいで滅茶苦茶斬りかかってたしなぁ。)
そうなのだ。操心の術が解けてからすぐ当時の記憶が脳内で収まったのだがあの時抱いていた逆恨みにも近い感情は我ながら思い出すのも恥ずかしい。
ナルサスはクレイスの敵でもあるという思考を働かせて何とか心の平静を保ってはいるものの言い訳は自分らしくないなぁと自己嫌悪に苛まれる始末だ。結果彼の事を極力思い出さないよう心掛けてきたがこうなってくるとそうも言っていられない。
「・・・早急に敵軍の素性を確認するのだ。そして今この場でリセイを総大将に任命する。速やかに軍を率いて西へ向かってくれ。」
相手がどうであれ侵攻されている以上それに対応するのは当然だ。ならばとカズキも動こうとしたがテキセイはこちらへ近づいてくると静かに耳打ちした。
「俺が離れた瞬間謀反が起きる可能性もある。すまんがカズキは王城とゴシュウ様を護ってくれないか?」
確かにダクリバンが討たれてまだ10日も経っておらず国王の権力基盤も固まっていない。だからこそこの侵攻には疑問を感じているのだろう。
「わかった。でも後で土産話を聞かせてくれよ?」
彼の強さは十分知っているので心配はしていない。ただ己の目で彼が戦場を駆け回る姿を見れない事だけが心残りだった。
なのでその活躍を是非聞かせて欲しいと約束した後、テキセイは静かに笑顔を浮かべると議会室を立ち去る。それからあっという間に軍を編成して西へ向かう彼らを見送ったカズキは早速ゴショウの周囲を警戒すべく気を引き締め直した。
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