動乱の行く先 -モクトウ-

 「あたいも行きます!!!絶対について行きます!!!」


モクトウへ渡る前に自身の部隊がどうなっているのか気になっていたカズキは蛮族らの大集落へ寄り道したいと申し出る。だがそこには厄介な人物がいるのを忘れていた。

「お前は今蛮族を統括する大族長だろ?折角まとまって来てるのにその長が離れるなんて言うなよ。」

「あたいはショウが用意した法令ってのを皆に言い聞かせているだけのお飾りなんだよ!いてもいなくても変わらないさ!!」

つい最近『ボラムス』でも似たような話を聞いていたが傀儡というのは流行っているのか?バラビアは鼻息を荒くして是が非でもといった姿勢を崩そうとしない。

「そんな事は無いぞ?若くて強くて美しい新族長のお前がいなくなればまた小さな抗争があちこちで勃発する恐れがある。長とは皆の象徴なのだ。お前はもう少しその辺りを理解した方が良い。」

「だってさ。ラゼベッツもこう言ってるんだ。もう少し自覚してくれよ?」

「うがあああああ!!」

どうやら相当退屈というか性に合っていないらしい。頭を抱えて上半身をぶんぶんと振り回していた姿は哀れというより少し滑稽だなと心の中で笑っていたのだが見かねたヴァッツは優しく声を変えて頭を撫でている。

「ごめんねバラビア。久しぶりに会えたのに何も出来なくて。でも待っててよ。すぐに戻って来るからその時は一緒に遊ぼう!」

「は、はぃぃぃ!!!」

大柄な彼女がわざわざ膝を曲げてまで頭を差し出す姿はまるで忠犬のようにも見えたが同時に若干羨ましいとも思う。

それは決して犬のように可愛がられている点ではなく、周囲の目を気にせず羞恥なども考えずに堂々と振舞う姿勢に対してだ。


自分でもわかってはいるのだが時雨の性格だとつい周りに遠慮して譲ってしまう。


もっと感情と真っ直ぐ向き合えたらバラビアのように伸び伸びとした言動が出来るようになるだろうか?

「何だあの大女は??」

「ヴァッツ様の操を狙う悪女です。」

「おいそこ?!聞こえてるぞ?!」

しかしそれとこれとは話が別だ。自身も明確な恋心を抱いている以上バラビアは敵だし可愛がられている所を見せられてよい気はしない。

わざと口を滑らすとその見るに堪えないふれあいも終わりを迎えたのだが予想以上にバラビアの反応が大人しい。

もっと突っかかって来ると思っていたし、むしろヴァッツの傍から離す為にこちらへ向かって来させるよう挑発したのに短絡的な彼女が乗ってこない理由とは一体・・・?


「あのー・・・アル?君はさっきから何をしているの?」


その原因は一時も傍を離れず頭を擦りつけているアルヴィーヌにあったようだ。『トリスト』に住んでいる面々からすれば既に見慣れた光景へとなりつつあったがバラビアは今日初めて目の当たりにした為大いに驚いたのだろう。

相手の事を『君』と呼ぶところも顕著に動揺が見られて面白い。だが意図せず動揺をこちらに押し付けてくる流れになるとは時雨の先を見通す力を持ってしても不可能だった。

「うん。こうしてると私が綺麗になるの。どう?私の髪綺麗でしょ?」

「そ、そうだな・・・綺麗な髪だけどさ・・・何か2人ってそうしてると恋人同士に見えて嫌なんだけど・・・いえ!ヴァッツ様は悪くないんですよ?!」

「「恋人同士?」」

(何を言っているんだか。お2人は叔母と甥の関係だ。心が汚れていると考え方も邪だな。)

何とも幼稚な発言に時雨は心の中で軽く嘲笑する。


「一応お聞きしますけどヴァッツ様はご結婚とか考えておられません・・・よね?」


「2人は親族だろ?そんな事出来るのか?」

黙って聞いていたカズキが口を挟むとこれも心の中で何度も頷く。そうだ、親族である2人にそんな可能性があるはずもない。常識的に考えてもだ。

「何だ?お前達は親族同士での契りは結ばんのか?大森林の民族は兄妹ですら子を設ける時があるのに。」

「だ、だよな?強者同士ならその力を大いに期待される。まぁ血が濃くなりすぎて生まれてくる子が短命だっていうのはあるけど・・・」

そこにラゼベッツが疑問を挟んできた事で雲行きが怪しくなってくる。いやいや、それはあくまで蛮族間だけであって近親相姦を非と捉える西国ではあり得ない、うん。あり得ない。

「だったら問題ないだろう。アルヴィーヌとヴァッツは血など繋がっていない。天族と正体の分からぬ生物が子を設けられるかどうかはわからんが・・・おい、時雨?何故わらわをそんな恨めしそうな表情で見る?」

あり得ないと信じ込みたいのにティナマの余計な一言によって時雨の心情が顔に出てしまったらしい。


何故ならそんな可能性を示唆されると嫌でも妬いてしまうから。四六時中堂々とくっついていられるアルヴィーヌに。






 駄々をこねるバラビアを置いて早々に出発した時雨達は普段考えてこなかった新しい話題に車内が盛り上がる。だがそれはあくまで時雨以外の話だ。彼女だけは顔を真っ白にしてただただ黙り込んでいる。


「なるほどなぁ。確かにお前らが結婚したら強い子孫が残せそうだな。」

御者席に座るカズキから苦無を投げつけてやりたいほど憎々しい発言が飛び出すとアルヴィーヌやティナマが何故か楽しそうに会話を始めるしヴァッツまでそれに参加する始末だ。

「時雨?顔色悪いよ?大丈夫?」

「は、はい・・・・・大丈夫です。」

対して時雨はというと馬車酔いを疑われて入らぬ気遣いをかけられている。従者としてあるまじき体たらくだと落胆するが周囲からみると今に始まった事ではない。


「ヴァッツと結婚か・・・うん。私はいいよ。」


「はぁっ?!?!」

いきなり話が終着点まで飛んだことによって普段の時雨らしさもどこかに吹っ飛んだ。今までの人生で一番大きな声を上げると隣にいたティナマまで眉を顰めて両手で耳を塞いでいる。

「時雨五月蠅い。だって結婚するとずっと一緒にいるんでしょ?今もそうだしこれからもヴァッツにくっついていないと綺麗なままでいられない。だったらもうヴァッツを旦那様にしてもいい。」

ぴんっと人差し指を立てながら非常に、非っ常~にアルヴィーヌらしい我儘全開の暴論を導き出すがこれに関しては流石に何か反論せねばならない。

「し、しかしアル?叔母と甥が婚約なんて世間から白い目で見られますしスラヴォフィル様にも辛い決断を迫る事になります。更にお2人は王族なのですからもっと政略的な意味も含めて考えないと!」

反論するのに必死すぎて早口になるわ思ってもみない事を並べ立てるわで酷い醜態を晒す時雨だったがアルヴィーヌという少女は一度決めた事は滅多に諦めない性格だ。

何が何でも諦めさせねばと恥も外聞も捨てて説得を試みた結果、馬車内では各々がどん引きした表情を浮かべてこちらを伺っていたが今の時雨に後悔の二文字はない。


「王族か・・・オレよくわかんないからそれ辞めたいんだけどねぇ。あと一緒に暮らすんなら『迷わせの森』に帰りたいな。」

「いいよ。私もエイムがお隣さんだと嬉しい。」


「こらこらこらこらー!!!」

ところが決死の反論は微塵も聞き入れられていなかった。隣でティナマが声を殺しつつも腹を抱えて笑っていたが幸い『モクトウ』までまだまだ距離はある。

「婚約というものはそんな軽いものではないのです!いい機会ですから不肖ながら私、御子神時雨がその関係性や役割についてご説明させていただきます!!」

しかし時雨身も男女の関係ですら未体験だった為、浅い知識に真っ直ぐな疑問をぶつけられ続けると心が折れて最後にはティナマへ助けを求める羽目となった。




自身が保護された時、『トリスト』へは飛行の術式でやってきた。なので陸路で『モクトウ』へ向かうのも初めてだったが思いの外距離がある。

更に道が険しかったのでヴァッツが馬車を持ち上げて進む場面が多々あったが山賊に出くわさなかったのだけは運が良かったらしい。

「この道中は俺が修業中にかなり斬り伏せて回ったからな。っていってもそれも5年も前の話だ。また一杯潜んでいるんだろうけど本当に運がいいぜ。」

8歳から武者修業の旅に放り出されたカズキは一刀斎の教えに従って山中を走り回っては斬り伏せても問題ない山賊に狙いをつけて日々その刀を振るっていた。

相手からすればとんでもない災難だが彼らも無害な旅人達や村々を襲っていたのだから同情の余地はないだろう。そのお蔭かはわからないが5年後の今でもこうやって襲われずに快適な旅路が続いている。

そうして手入れの行き届いていない街道を20日も進み続けた頃。ようやく平原らしき場所に出てくると前方には懐かしい景色が広がって来た。






 全てを捨て去っていたはずなのに8年ぶりに故郷へ帰って来た時雨は何故か懐かしさが込み上げてくる。

草木の種類や山の形、空気やその匂いにしたって西側とは全く違う為か、ここで生まれ育ったのだと本能が感じているのだろう。

街道の脇には水の張られた田んぼが所狭しと敷き詰められており丁度田植えが行われているらしい。至る場所で農夫達が作業に追われている。


「どうする?とりあえず王都で一日休んでから乗り込むか?」


感傷に耽っているとカズキが本来の目的を思い出させてくれた。そうだ。自分達はあの憎き天人族ダクリバンを討つためにはるばるここまでやってきたのだ。

思っていた以上の長旅だったので体を休めるのは当然として長居をすると相手に気づかれかねない。であれば王都より少し距離を置いた方が良い気はする。

「いや、王都の南にある街へ向かってくれ。南都と呼ばれている場所だがわかるか?」

「当然。俺の実家があるのもそこだ。んじゃばあちゃんにも会いに行くか。」

ヴァッツとアルヴィーヌは地理がわからなかったのでこちらに全てをお任せしている様子だ。自分も6歳の時の記憶しかない為口を挟みにくいがティナマの提案により無理な特攻を仕掛ける可能性はないだろうと安堵する。

こうしてカズキの祖母が住む街へと向かうとその街が想像とかけ離れていた為時雨はヴァッツ達と同じように驚いた。


「うわ!家が一杯建ってる!!けど・・人がほとんど歩いてないね??」


彼の言葉がその全てを物語っている。南都と呼ばれる場所には長屋と呼ばれる集合住宅と小さな戸建てが所狭しと立ち並んでいるのだが出歩いている人間は驚く程少ない。『トリスト』や『アデルハイド』と比べてもその差は歴然だ。

「南都は農業が中心の街だからな。昼間は皆田畑に出向いてるんだよ。」

「うむ。商店街という場所に行けばそれなりの人と店があるはずだが住宅街はいつもこんな感じだ。」

2人が解説してくれると納得はいくものの故郷の事なのにその知識がなかった時雨はほんの少しだけ寂しさを覚える。


やがて馬車は中心地を超えると家々がぽつんぽつんと点在する場所にやってきた。カズキはその中でも特に建て付けが良いとは言えない一軒家の前で馬車を停めて御者席から飛び降りると引き戸を勢いよく開ける。

「ばあちゃ~ん!!俺だ、カズキだ。今帰ったぜ~!!」

祖母を可愛く呼ぶ姿が意外でもあり少しの可愛げも感じたが中から返って来た返事も随分可愛らしいものだ。

「おや~?カズキか~い?!よ~く帰って来たねぇ!!ささ!お座りお座り!!」

嬉しそうな楽しそうな、それでいて優しさを存分に感じる声色を聞いてヴァッツやアルヴィーヌも飛び降りると嬉しそうに中へと入っていく。

「こんにちは!オレヴァッツ!!カズキの友達です!!よろしく!!」

「こんにちは。私はアルヴィーヌ=リシーア=ヴラウセッツァー。カズキとは友達?かもしれない。よろしく。」

見なくてもわかる。中では微笑ましいやり取りがされているのだろう。祖母の声も弾んでいるので間違いない。それから時雨とティナマもお邪魔させていただいてから自己紹介をすませる。

「おやまぁ~随分可愛らしいお客さんだこと。ほっほっほっほっほ~。」

カズキの祖母マフミは顔が溶けそうなほど柔らかい笑顔を浮かべて笑っているので室内も比例して温かい笑顔に包まれるがこの地には帰省目的でやってきた訳ではない。


「わらわは寄る所がある。お前達はゆっくり体を休めておくといい。」


そういえば南都への移動を希望したのは彼女だ。何か目的があるらしく和気あいあいとした雰囲気から逃げるように家を出ていったのでティナマを時雨も追いかける。

「お前はここで皆と待っていろ。」

「今の貴女は見た目通りの少女です。何かあった時に1人では困るでしょう?」

「・・・お前程度の戦力では何かあっても対処出来そうもないが・・・いふぁふぁふぁ?!」

見た目が我儘王女達の歳に近い為ついその頬を引っ張ってしまったがこれは口を滑らせたティナマが悪いだろう。

「わかったわかった!その代わり大人しくしてるんだぞ?・・・おい!その指をワキワキさせるのはやめろっ!!」

頬を解放してもらったというのに『七神』で長という立場にいたせいか高圧的な言動を止めようとしない彼女に見せつけるとやっと大人しくなった。

しかしこんな農業都市に一体何の用事があるのだろう?見た感じでは何も想像がつかない。


それから案内されてやってきたのは住宅街から伸びていた細い道を抜けた奥に佇んでいたぼろぼろな小屋だった。






 とんとん・・・・・とんとんとん・・・・・とん


ぼろぼろの扉を妙な拍子で叩くティナマをただただ不思議そうに眺めていたが中からとても小さな声が聞こえてくる。

「・・・こんな所を訪ねてくる人間などおらん。家を間違えているぞ?」

「ふむ。今日は月に叢雲花に風、かな?」

「???」

受け答えがまるでちぐはぐなので時雨は余計に不思議そうな表情を浮かべていたが小屋の中からがたりと音がすると戸が静かに開かれるではないか。

「・・・見たことのない面だな?いくらか詰問させてもらうが妙な真似をすれば犬の餌になるぜ?」

すると中からこれまた小屋の外見と完全に一致する容姿の男が出てきた。ぼろを纏っており容姿の手入れなどは全くしていないのだろう。更に人相が悪い悪い。

正確な人となりは知らないが見た感じの第一印象は小狡い犯罪者。これが最もしっくりくる。

「構わん。では中に通してもらうぞ。」

なのにティナマは全てを気にすることなくカズキの生家に入るような足取りでずかずかとお邪魔していく。

「・・・失礼します。」

意味が少しも理解出来ないが時雨もある程度の礼節を弁えつつ後に続いて入るとその屋内は見た目通りのぼろぼろな内装で人が住めるような状態ではない。

「さて、何を聞きたい?」

「・・・随分肝が据わった子供だなぁ・・・」

囲炉裏と呼ばれる火を熾す場所の前に正座で腰を下ろしたティナマがあまりにも堂々としていたので犯罪者面も感心している。

ここが何なのか。ここに来た意味は何なのか。それらは未だ不明のままだが時雨は念の為彼女の後方に待機していつでも動けるよう周囲を警戒する。

「それじゃまずは・・・その言葉をどこで、誰から聞いた?」

「聞いたのはここでだ。誰か・・・うーん、あの時は確かテキセイという男が口走ってたな。」


がたたたたたたたたっっっっ!!!!!!!!!


ティナマの答えが出た瞬間ぼろ小屋の至る所から激しい音が鳴り響くといつの間に現れたのか、荒くれ者達が武器を携えてこちらを囲い込んできた。

「餓鬼だと思って油断しかけたぜ!!まさかここがばれてるとはな!!!」

犯罪者面・・・いや、ここにいる全員が犯罪者面なのでもう誰が誰だかわからないがもしかしなくても自分達は妙な場所に入り込んでしまったのでは?

何も疑うことなくついてきてしまった時雨も時雨だがせめてもう少し説明が欲しかったな、とティナマを恨めしそうに睨むが彼女はとても落ち着いた様子でじっと座ったままだ。

「こらこら。まだ話は済んでおらんだろう?それともお前達も無害な少女2人をかどわかしたりいたぶったりするのか?国王ダクリバンのように?」

「「「「「「・・・・・」」」」」」

そして自身の過去を例に挙げてまでダクリバンを非難するかの発言をすると荒くれ共は警戒心を一瞬で消した後皆が顔を見合っている。

「何だ。お嬢ちゃん達も犠牲者だった訳か。んん?しかしそうなると何故テキセイ様のお名前やここの合言葉を知っているのかがわからんな・・・」

「その説明も兼ねてテキセイと話がしたい。内容は国家転覆の件についてだ。」

「「「「「「・・・・・」」」」」」

これには周囲の荒くれ共と混じって時雨も驚く。一体この娘は何を言っているんだと。そう考えているのだろうと手に取るようにわかる。


「わらわはテキセイと話した事はないが彼の事は良く知っているつもりだ。なのでこれを渡してくれ。」


こちらの驚愕などつゆ知らず、ティナマは一方的に話を進めると今度は懐から取り出した小さな鋏で自身の左前髪をざくっと切るとそれを犯罪者面の男に差し出した。






 元々そんなに長くない髪ではあるものの、女が命の次に大切にしている髪を切り落とす行為は荒くれ達を説得するのに十分だった。

「・・・わかった。すぐに取り次いでやる。ついてきな。」

だが意味が何も分からない時雨は澄ました表情の裏側で物凄く困惑していた。そもそもここは何だ?彼らは誰だ?テキセイとは誰なのだ?聞きたい事は山積みなのに今聞く訳にはいかないという事だけしか理解出来ない。

(・・・後で色々問い詰めねばなりませんね。)

周りの荒くれ達はそれなりに強そうではあるが戦って勝てない相手ではないだろう。いざとなればティナマを護りつつ逃げるくらいは可能なはずだ。

念の為警戒は維持しつつ裏口から出て行く彼らについていくと更に小さな小屋へと案内された。戸を開いた瞬間地下への階段が続いていたので恐らくここが本命なのだろう。

狭く角度のある石の階段を下りた先で案内人が扉を叩く。再び合言葉のやり取りを済ませてやっと中に案内されると思った以上の広さがある部屋へと通された。

といっても大きな地下空間ともいうべきこの場所は床こそ平らに整地されてるものの装飾は無きに等しく、天井が崩落を防ぐための補強がしてある程度で部屋と呼べるかは怪しい。

窓などは当然なく行灯の明かりで何とか視界を保てているがそのせいでやや空気が淀んでいる。

入ってすぐの場所で待つように指示されると案内人が衝立の向こうへ小走りで近づいていった。それから僅かな話し声が聞こえると男が立ち上がってこちらに歩いてきた。


「ほう?確かに見た覚えはないが俺を知っている・・・もしや城内で出会っていたか?」


全体的に黒く短い頭髪ではあるが髷は結っているらしい。顔や手に刀傷が見えており体格もかなり良い事から相当な猛者だとはわかるのだが、何より目立つのはその左頬にある『栄』の入れ墨だ。

彼がテキセイで間違いないだろうが今城内と口走っていた。うーん、どういう人物なのだろう?

「いいや、わらわは時折街に繰り出しては様々な場所に潜り込んでその様子を眺めておったからな。ここが反政府組織なのもその時知ったのだ。」

(・・・反政府組織?!)

思わず声を上げそうになったが彼らはまた別の言葉に反応して戦う体勢へと入り始める。

「待て待て。俺が見た所この子にそんな大それた力は感じん。そっちの忍びに探らせてたのか?それとも誰か内通者がいるのか?」

「冗談を言うな。時雨はこんな格好をしているが忍びとしては役に立たん。そもそも忍びがこんな真っ昼間から忍びの格好をして堂々と闊歩出来ると思うか?」

「・・・・・・・・・・」

今とても傷つくような発言をされたのは聞き間違いではないだろう。というかこれが軍服みたいなものだとネイヴンから教えられていたのだが違うのか?

郷国『モクトウ』で身につけた忍術ではない為西側諸国での知識に齟齬が生じているのを未だ理解出来ないでいた時雨だが彼らは意に介する事無く話を進めていく。

「ふむ・・・敵対する意思も感じないし髪の覚悟も受け取った。いいだろう。座って話を聞こうじゃないか。」

テキセイは表情を崩すことなく、しかし声色は明るい感じで答えると囲炉裏の前に衝立の裏にあった囲炉裏の前に腰掛ける。

こんなところで火を熾せば煙やら臭いが大変な事になりそうだが天井には煙の逃げ道が、そして四方の隅には空気の通り穴もしっかり作ってあるらしい。


「まずはこうして機会を与えてくれた事、深く感謝する。わらわはティナマ、訳あってダクリバンの下から逃げ出してきた妾だ。」


天魔族である事は口にせず、だがそういう扱いを受けてきた部分を告げた事で周囲の荒くれ達がまたも感心したような表情になっている。

「ティナマか。そっちの忍びも聞いておこうか。」

「・・・私は時雨と申します。今は無力なティナマを護るべく一緒に行動しています。」

「・・・今は?」

特に深く考える事無く挨拶をしたつもりだったがテキセイはその言葉に反応した。一瞬やってしまったか?と狼狽えるもティナマは深く頷いてその理由を答えた。


「わらわは天魔族といってな。以前は周囲から認識されないで自由に動ける能力を持っておったのだ。それを使ってここの存在を知った。」


いきなり核心を教えた所で誰が納得するのか。あまりにも先走り過ぎた説明に時雨は周囲の反応を恐る恐る伺うがこのテキセイという男、一切疑う素振りも見せずに軽く頷いている。

「天魔族か・・・ふむ。ダクリバンも人間ではないのだろう?その辺りを詳しく聞かせてもらえるか?」

「もちろんだ。その為にここまでやって来たのだからな。」

テキセイだけではない。どうやらこの反政府軍というのはダクリバンの正体を薄々感じ取っていたのか、周囲の荒くれ達も本腰を入れて聞く体制へと入った事により話はいよいよ本題へと移っていった。






 「まずダクリバン、この国を3000年以上も牛耳っているあの男は天人族という。天族と人間の間に産み落とされた存在だ。」

「さ、3000年・・・」

人知を超えた寿命を口にして荒くれ達は動揺していたがテキセイはまた軽く頷いただけで先を促した。

「武力はそこそこといった所で猛者であれば人間にも討ち取れるだろう。だが奴には厄介な術がある。それが人の心を操る術だ。」

「「「?!?!?!」」」

ティナマがダクリバン最大の能力を明かすと流石に皆が驚愕を浮かべている。あれ程冷静沈着な印象だったテキセイが目を見開いていたのが良い証拠だ。

「奴のそれは非常に強力でわらわもそれに中てられて最近までは自我を失っていた。いや、正確には記憶を失っていた。なので正気に戻った今、奴を討ち取る為にお主らの力を借りに来たのだ。」

そうか、そういう事か。最初は自分1人でモクトウへ向かうなどと言いだしたので強く諫めたが無力化した自身のみで奴を倒せないのは重々承知していたらしい。

しかしダクリバンには心を自由に操ってしまう術がある。いくら優秀な人材や組織を頼ろうともまずはそれを何とかしなければ成就は難しいだろう。

「ふむ・・・中々に面白い話だがいくつか知らない言葉が出てきた。まずはそれらの説明をお願いしようか。」


そこから天族と魔族、それらと人間が結ばれて産み落とされた天人族と魔人族、ティナマが天魔族という説明からそれらの寿命が悠久に近い話、天人族は基本的に腕力と人を操る力を保持している事。魔人族は高度な魔術を展開出来る事などをすらすらと解説していく。


(天族と魔族にはそういう違いがあるのか・・・)

時雨も天族の双子姉妹に仕えていたもののアルヴィーヌが特異過ぎて差異など気にならなかった。何せ桁外れの腕力を保持しているにも関わらず基本は魔術で戦うのだ。もはや天族とか魔族などという枠組みから大きく逸脱しているのは間違いない。

更に今の解説から1つの疑問が浮かんだ。今まで2人とも美しい容姿をしているから『トリスト』の象徴として崇拝の対象みたいになっているのだと疑いもしなかったが、もしかすると無意識のうちに天族の人を操る力が働いているのかもしれないと。

イルフォシアはともかくアルヴィーヌならやりかねない。後で詳しく聞いてみようと心に書き記しておくと話を黙って聞いていたテキセイが深く頷く。

「ティナマでさえ1500年を生きているか・・・俄かには信じがたいが心当たりは多々ある。何せ俺の腹心ですら奴に寝返っていったからな。」

これは彼だけではない。周囲の荒くれ達も苦渋の表情を浮かべながら俯いているのだ。恐らく皆に思い当たる節があるのだろう。


「しかし話を聞けば聞く程奴の首に刃を当てるのが難しく感じる。実は我々を一網打尽にする為にわざと与太話を持ち掛けてきているのではないかとすら思えてくるな。」


だがここでテキセイはこちらを強く睨みつけてきてそう答えてきたのだ。これには時雨はもちろん荒くれ達も彼に驚きの視線を向けてしまう。

「うむ。そう思われても仕方があるまい。何せ今のわらわは見た目通りのか弱い女子だ。お前達を信用させるだけの材料はないからな。」

そして当の本人も彼の言い分には理解を示してみせた。

「だからこそわらわの策を聞いて欲しい。お主達の犠牲は最小限に抑えて奴を仕留めてみせよう。」

「ほう?」

てっきり彼らにほとんどを任せるのかと思っていたがそうではないらしい。居住まいを正したテキセイに釣られて自身もその策とやらに聞き耳を立てる。


「わらわがダクリバンと2人きりで接する事が出来るよう城外で騒動を起こして欲しいのだ。その隙に忍び込んで奴に毒を盛る。」


意外過ぎる内容に一瞬あっけに取られたがそれは彼らも同じだった。荒くれ達は顔を見合わせてきょとんとしている上にテキセイも顎に手をやってから口を開いた。

「・・・君が単身乗り込んでけりを付けようとする覚悟は受け取った。しかし奴に毒など通用するのか?」

「する。我々は寿命だけは人間と大きく違うが体のつくりはほとんど変わらんのだ。なので子も出来るし首を落とされれば死にもする。何ならこの策が終わった後にわらわの首を落としてみるがいい。」

またこの娘は過激な発言を。もし相手が本気にしたらどうするのだ。心の中で頭を抱えるも彼女の発言には意外性を感じつつも確かな光明も見えた。なので彼らが腕を組んで考え込んでいる所に時雨も気になった点を尋ねてみる。

「ティナマ。もしダクリバンが貴女に再度操心術を掛けてきたらどうするおつもりですか?」

奴がどういった人物か、時雨の記憶では判断し辛いのだがこちらの策を読まれてしまえば再び傀儡として操られる危険性があり、最悪の場合はその場で斬り捨てられる可能性だってあるのだ。

しかしティナマは随分と吹っ切れた様子で軽く笑い声をあげるとこちらを真っ直ぐに見つめて来て優しく答えた。


「その時はお前がわらわを斬り捨ててくれ。力を失った女子1人、流石の時雨でも一刀で沈められるだろう?」






 この娘は本当に・・・恐らくこの世に未練など無いのだろう。だからこそこんな屈託のない笑顔を向けられるのだ。

「・・・ティナマ、帰りましょう。奴はヴァッツ様にお願いして何とかしてもらいます。」

「貴様っ?!わらわが奴の手を借りるような真似を許すと思うかっ?!?!」

突然出てきた名前と突如激高するティナマにテキセイ達は目を丸くしていたがこんな話だとは思ってもみなかった時雨も引くつもりなどない。

「私の事を散々知った風に言っていたのにわからないのですか?私は情に流されやすいのです。貴女を詳しく知ってしまった以上死地に放り込むような真似は見過ごせません。テキセイ様、申し訳ありませんがこの話は無かった事にしていただけませんか?」

申し訳なさそうにそう告げた時雨は三つ指をついて深々と頭を下げる。合言葉まで使って反政府組織の拠点に乗り込んできた時点で無事に帰してもらえるかわからないがティナマ1人に危険な真似をさせるよりはましだろう。

ティナマが駄々っ子のような拳でぽかぽかと叩いてくる中、荒くれ達も組織の長であるテキセイの判断を黙って待ち続けている。


「ヴァッツ、と言ったな。その男は単身でダクリバンを何とか出来る程強いのか?」


腕を組んで双眸を閉じていたテキセイはそれらをゆっくりと解放しながらこちらに尋ねてきた。

「はい!私の主でもあらせられるヴァッツ様はこの世の誰よりも強く、そしてお優しいお方です!!」

「んな訳あるかっ?!テキセイよ!騙されるな!!奴はわらわ達とは全く違う存在だ!!あれに頼るなど人の道を踏み外すに等し・・・いひゃいいひゃい!!」

言うに事欠いて道を踏み外すなど!!とんでもない暴言を吐かれた為その頬を思いっきりみょ~んとつねるとティナマは涙目になりながら手を離すよう懇願してくる。

「はっはっは!よし!そのヴァッツとやらに会わせてくれないか?それでティナマの策を取るかどうか決めようじゃないか。」

「断る!!」

「おや?となると先程の話は破談だしお前達も無事にここから帰す訳にはいかなくなる。それでも構わんか?」

「ぐぬっ?!お、おのれぇ~・・・このっ!このっ!時雨の馬鹿たれっ!!」

矢継ぎ早に交わされたやり取りによってとりあえずティナマの特攻とも呼べる策は保留となった。時雨からすればそれだけでも十分だったがやはりあの卑劣な男を討つのに余計な犠牲は出してほしくない。であればやはり主の力に頼るのが一番だろう。

「でしたら早速向かいましょう。ほらほら、ティナマもいい加減機嫌を直して下さい。」

「おのれおのれぇ!先に言っておくぞテキセイ!ヴァッツこそがわらわの力を奪い去った張本人だ!お主も重々気を付け・・・にゃかにゃほほをちゅねるにゃぁ!」

主が見境もなくそんな事をする訳がない。減らず口を黙らせる為再びその柔らかい頬をみょ~んと伸ばすと荒くれ達からも笑いが生まれていた。




彼らの隠れ拠点は一方通行らしいので入り口とは別の階段を上って地上に出た後、相変わらずぼろぼろの小屋を経由して住宅街へと戻って来る。

日の下で見るとはやりテキセイは相当な武人のようだ。無駄なぜい肉は一切ついておらず細身ながら立派な体躯をしており印象的にはネイヴンに近い。だが左頬に入っている入れ墨を隠すべく口元は襟巻で隠している。

荒くれ達はついてくる事なく彼だけを案内してカズキの生家に戻ってくると各々が家事の手伝いなどを行っている最中だった。

「お?帰って来たのか、どこに行ってた・・・何だ?その男?」

外で巻き割りをしていたカズキがいち早く気が付いて近づいてくると興味津々といった様子でまじまじと観察している。

「まさかこの少年がヴァッツか?」

「いいえ、彼は戦うのが好き過ぎるだけの少年です。腕は確かですがヴァッツ様ほどの人物ではありません。」

「あれ?時雨ってそんな辛口言う性格だっけ?若干褒められている気がしなくもないが・・・うーん・・・あ、俺はカズキっていうんだ。よろしく!」

「こちらこそ。俺はテキセイだ。」

なし崩し的にお互いが名乗ると4人は家の中へと入っていく。そこにはアルヴィーヌとマフミが楽しそうにおしゃべりをしており、主は炊事場でせっせと晩御飯をこしらえているではないか。

「・・・アル?何故ヴァッツ様だけを働かせているのですかっ?!」

「あ、おかえり。えーでもヴァッツって料理得意だし何も知らない私が下手に手を出すよりいいでしょ?それに私も家の傷んでいる所を直したりした。ね?」

「うんむうんむ。アルちゃんはこう見えて結構な力持ちじゃて。それでいて可愛い可愛い。こりゃ将来男達が命がけで取り合いするぞ。そんな事になる前にカズキの嫁に来んかい?」

久しぶりに孫が帰って来ただけでも嬉しかったのだろう。更にアルヴィーヌをカズキの嫁にと誘っているがそれならそれで時雨も助かる。

「オレもずっと料理はしてたからね。でもクレイスみたいな味にはならないんだよなぁ・・・あ、2人ともおかえり!」

それからこちらの話し声に反応してヴァッツが顔を覗かせるとテキセイは意外そうな表情で主をまじまじと見始めた。






 「あれ?知らないおっちゃんがいる。オレヴァッツ!よろしく!」

人見知りという言葉を知らないヴァッツは相変わらず一気に心の距離を詰めるべく元気に挨拶と自己紹介に握手まで済ませるとテキセイも笑顔を零してそれに応えた。

「なるほど、君がヴァッツか。話は従者さんから聞いているよ。俺はテキセイだ。よろしくな。」

だがティナマは2人が打ち解けた様子を気に食わなさそうな顔で見つめていた為、時雨は手の平で餅を丸めるかのようにその両頬をこねくり回す。

「ひゃ!ひゃめんか!」

アルヴィーヌとマフミにも挨拶を交わした後、6人は囲炉裏を囲んで座るがあれ程穏やかで優しかったマフミが彼の入れ墨に気が付いた途端態度を急変させてきた。

「あんた、その顔の入れ墨は相当の大罪人だね?」

「ああ。俺は国家転覆罪でこいつを刻み込まれた。」

「えっ?!」

さらりととんでもない事を告白したテキセイに思わず驚愕の声が漏れたが他の面々は涼しい顔をしたままだった為、まるで自分の反応がおかしいかのような錯覚に囚われる。

「ほっほ~。カズキ、こんな極悪人を生かしておいちゃいけないよ。今すぐ叩っ斬っておやり。」

口調は静かだが内容は苛烈を超えている。流石カズキの祖母であり一刀斎の嫁だと感心はするものの当の本人はその気など全くないらしい。

「ばあちゃん。このおっさんは時雨が連れて来たんだし変な奴ならヴァッツやアルヴィーヌが先に動いてるよ。大丈夫、警戒する必要はないさ。多分。」

名前を出されて少し気恥ずかしかったが正直ティナマに肩入れしすぎている自覚はあった為こちらの事をそこまで信用してくれてるとは夢にも思わなかった。

嬉しくて頬が緩みそうなのを隠しつつティナマに目配せをしてみるがダクリバン討伐の説明をするつもりはないらしい。

「よし。久しぶりに温かい家へと招いてもらえたんだ。ティナマの覚悟にも応えたいし包み隠さず話そう。」

いきなり叩っ斬れと言われたのにテキセイはそう受け取ったらしい。軽く手を叩いた後真面目な表情に戻すとまずは疑惑のあった顔の入れ墨について語り出した。


「これは俺が『モクトウ』の大将軍として仕えていた時の話だ。些細な事からダクリバンに国家転覆罪を着せられてな。親しくしていた筈の部下や同僚、文官達にもあっけなく裏切られたので俺も素直に従った。結果死刑は免れたが国外追放と墨を入れられたんだ。」


(・・・あれ?反政府組織の長であればそれは当然な気もするけど。)

先程のマフミとのやり取りに多少の補足を付けた程度にしか聞こえなかったのだが何かおかしい。

「あの時ダクリバンはテキセイが強大な軍事力を手にしてしまった事に怯えていた。だから難癖をつけて大将軍を排除したのだ。」

ティナマが本質を説明してくれた事でやっと納得はいったがこの男、元は『モクトウ』の大将軍だったのか。どおりで妙な威圧感と強さを纏っている訳だ。

「うむ。それから行く宛てを考えていると今の仲間に声を掛けられて話を聞いたんだ。どうもダクリバンは少しでも脅威を感じる人物を軒並み失脚させていたらしい。当時の俺は軍部事情しか知らなかったのでここで初めて色んな話が聞けたんだ。」

「テキセイは公明正大で有名だったからな。悪い噂や佞臣との関係も一切なかったのが仇となったのだろう。」

「ティナマ・・・よく知ってるな。」

カズキと一緒にテキセイ本人も感心していたが彼女はずっとダクリバンの傍にいた為『モクトウ』の事情はかなり詳しいらしい。

「最初は謂れのない国家転覆罪だったが仲間達の話を聞いて『ならば本当に転覆させてやろう』と思い立ったのが組織設立の流れだ。奴が不当に排除してきた人材やその関係者は軒並み反政府組織へと入ってきている。」

何となく理解は出来たが1つだけ気になる点があったので時雨が横から口を挟みこむ。

「テキセイ様や組織の存在をティナマは知っていたのですよね?その時はダクリバンに操られていたはず。なのに何故密告しなかったのでしょう?」

「当時は屋根裏に潜むネズミ以下の存在など取るに足らぬと思っていたからな。むしろどうやって国を転覆させるのだろうとわくわくしながら観察していた。」

「これは手厳しいな。」

つまり暇つぶしの一興としてしか捉えていなかったという事か。だがその行動によって今は討伐と転覆の両得が狙える状態へと変化したのだ。そう考えると自分達は幸運なのかもしれない。

「テキセイの話はわかった。ばあちゃんももう叩っ斬れとか言わないでくれよな。で、どうやってダクリバンを討つんだ?やっぱりヴァッツに任せるのか?」

「そうはさせんぞ!奴はわらわがこの手で討ち取るのだ!!誰にも邪魔はさせん!!」

力を失っているティナマが激しく主張するも彼女の意見に賛同するものはおらず周囲が顔を見合わせる中、こちらの詳しい事情をよくわかっていないテキセイがここにきた目的を話し始める。


「ヴァッツ。君の強さも気になるが君自身はどうなんだ?ティナマに任せるのか自らが引導を渡すのか。」


そうだ。彼はヴァッツを見極める為にわざわざ自ら足を運んできたのだ。しかしそれを知らない彼はきょとんとした顔で小首を傾げていたので時雨が詳しく説明すると珍しく腕を組んで深く考えだした。






 「・・・・・ティナマの気持ちはわかるけど多分すぐばれるよ?」


ティナマの特攻ともいうべき策を聞いた後ヴァッツはすぐにそう答えてきた。

「何故だ?!わらわはよく姿を消していたし、ふらっと奴の前に姿を現しても疑われる心配はない!そこで酒にでもつまみにでも毒はいくらでも盛れる!!」

そもそも『七神』という組織自体がそれほど規律のある集まりという訳でもないらしい。初めて耳にする言葉をテキセイに説明しつつ2人の会話を見守っているとヴァッツが申し訳なさそうな表情でダクリバンの力について語り始める。

「あの力ってさ。結局相手を自分の思い通りにするものだから術に掛かっている間はダクリバンにもちゃんとわかってるはずなんだよ。だからティナマに掛かっていた術を取っ払った時にもう気が付いてると思う。術が外れたんだって。」

「な、なんだと・・・?!」

「なるほど。つまりティナマがのこのこと姿を現したところで再び術を掛け直されるだけか。」

カズキが補足を挟むとヴァッツは頷き、ティナマは真っ青な顔で茫然としている。だがこれでよかったのだ。これで彼女が命を無駄に扱う理由はなくなったのだから。


「ではどうする?どうやって奴の首を獲る?」


決死の策が廃案になったのだと判断したテキセイがヴァッツに向かって尋ねた事に僅かな違和感を覚えたのだがその時は時雨も彼の意見が聞きたくて黙って見守る。

「そうだね・・・オレが行ったら力を全部奪うくらいしか出来ないけど・・・うーん・・・」

それだけでも全てが解決しそうなのに長考に入ったのは何故だろう。彼は純粋ゆえに人を傷つける事を極力避ける為、その後のダクリバンを気にでも掛けているのだろうか?

しかしそうではなかった。ヴァッツとは時折全てを見通しているのではと思えるほど鋭い時がある。


「ねぇ時雨。その・・・時雨はあいつに何をされたか・・・教えてくれたり・・・出来る?」


少し遠慮気味に、そして優しくこちらを見つめて尋ねられた時、自分はいったいどんな表情を浮かべていたのか。ただ顔色は真っ青で口からは無意識のうちの涎が垂れて来て激しい吐き気にも襲われる。


「おい!!時雨はわらわとは違うのだぞ!!」

朦朧とする意識の中、隣に座るティナマが怒号を走らせて時雨を優しく抱きしめてくれるもヴァッツがとても申し訳なさそうな表情を浮かべていた為こちらの心も別の辛さが襲ってきた。


「つか、んな事聞いてどうすんだよ?」

カズキが軽く尋ねるとほんの少しだけ場の空気も軽さを取り戻す。確かにそうだ。ヴァッツが時雨の過去の傷口を覗き見る趣味があるとも思えない。

その質問には大きな意味が込められていたのだ。

「う、うん。オレはあんまり人を傷つけたりはしたくないんだけどあいつは相当悪い事をしてるみたいだしさ。だったらその、誰かがあいつを討つっていうのには反対しないつもりなんだけど・・・」

考えながらも1つ1つしっかりと答えるヴァッツの声に皆が注目している。


「オレにもそれだけの理由が欲しいんだ。ダクリバンを討つ為の絶対的な理由が。だから時雨に聞きたかったんだけど・・・うん。無理させてごめんね?」


こちらに謝りを入れてくると静かに立ち上がってティナマと時雨の前から2人そろってぎゅっと抱きしめる。

「こ、こ、こここ、こらぁ!!やめんかぁっ!!!」

ティナマは顔を真っ赤にして大声を上げていたが一緒に抱きしめられた時雨はわかる。彼女の体は一切拒絶する事無く全てを受け入れているのを。

相変わらず彼の抱擁は不思議だ。何故こんなにも心を落ち着かせる力があるのだろう。


「話せない程の傷を負っているんだね。それがオレにもわかった。2人ともありがとう。」


それから多幸感に包まれた時間が流れるとヴァッツは静かに立ち上がって宣言する。

「ダクリバンと戦おう。オレがいくよ!」

これで全てが丸く収まる。そう思って安堵の吐息をついたのだがここで思わぬ人物がそれに待ったをかけてきた。






 「待ってくれ。俺には何故そこまで君に信頼を寄せているのかがわからない。ヴァッツ、君はどうやってダクリバンの術を凌ぐつもりだ?」

確かに。テキセイとマフミには話の流れこそ理解出来たもののヴァッツが何者であり何が出来るのかなど皆目見当がついていないのだろう。

「えっと。とりあえず人の心を操る力を取っ払って、ついでに戦う力も取っちゃおうか?そうすれば少しは懲りるかもしれないし。」

非常に彼らしい、人を傷つけたくないをそのまま表した内容に時雨は軽い感動を覚えたがテキセイからすれば凡そ納得のいく答えではなかったらしい。

「ヴァッツはあいつの術も解けるし自分がそれに掛かる事もないんだよ。だから安心して任せられる。」

「いや、掛かる事はあるよ。最初試しに掛かってみたし。それでちょっと危ないなって思ったんだ。」

カズキが補足してくれるとヴァッツも更に細かく事情を説明してくれた。しかし自身で掛かりにいって自身で打ち破れるのもヴァッツならではなのだろう。

「・・・その話を全て信じるとして。ではヴァッツが単騎で奴の前に立ち、それらを全て封じた後に首を刎ねて戻って来る、という流れか?」

「えっ?!オレそんな事しなきゃ駄目なの?!?!」

相手の力を奪う以上に首を刎ねるという言葉に驚愕しているのも彼らしかったがその驚きっぷりに今度はテキセイが驚きで返す。

「むぅ?奴はこれまで数多の非道を振舞ってきた。少なくともそれらの邪な力を取っ払ったからといって許されるものではない。我が組織の組員達も身分をはく奪されるに留まらず親や家族、恋人を殺されている。彼らや殺されていった者達の為にも奴の命は必ず貰い受けなければならない。」

「な、な、なるほど・・・・・」

ここまで冷静な印象だったテキセイの熱い弁にヴァッツも思わず納得してしまったようだ。しかし彼が誰かの首を刎ねるという姿は全く想像出来ないし絶対にしない気もする。

ではどうすればいいのだろう?


「君の力は後で証明してもらうとして、ならば首を刎ねる役を俺が買って出よう。」


テキセイは現在反政府組織の長であり彼自身も大将軍の地位を追われて暗い地下で反攻の機会をずっと伺っていた。話の流れとしてとても納得がいくものではあったが。

「待て待て。それなら俺も名乗りを上げるぜ。何せ現在も奴の術に掛かったままだからな。あと時雨の仲間として仇を取りたい気持ちもある。理由としては十分だろ?」

本当か?本当にそうか?術に掛かけられた部分は理解出来るがこの戦闘狂から仲間の仇を取りたいと言われると何やらむず痒さを感じる。

「いいよ。それじゃ3人でいこうか。」

これほどまとまりのない意見をさらりと統括してしまうのだからヴァッツは本当に優しく、そして恐ろしい。

「だったらわらわも連れていけ!!こんな事を自慢するつもりはないがあやつに一番長く苦しめられたのはわらわだぞ?!」

「そうだね。だったらもうみんなで行こうよ!」

「ほっほっほ~。ヴァッツ君は優しい子じゃのぅ。」

「え~~~?私別に行きたくない・・・」

折角全てが上手くまとまった所に水を差せる胆力は流石と言った所だが結局ダクリバンに関わる全員が奴と相対する方向で一先ずは終わりを告げる。




そしてここからが難題だった。ヴァッツの力を示せと言われても今出来る事といえばカズキの術を解く事くらいしかなく、本人に大した自覚もない上にショウから出来るだけ長い間掛かっていてほしいと言われていたのでこれは却下された。

では今の彼に何が出来るのか?裏の雑木林から木を雑草みたいに抜いてもそれは力持ちの証明でしかないし、立ち会った所で強さの証明くらいにしかならない。

「いや・・・凄いな。」

だがその2つだけでもテキセイは目を点にして驚いていた。

「いや、あんたの方が凄いよ。強者な予感はしたがそこまで強いなんて。次は俺と立ち会ってみてくれ!」

力を示す為の立ち合いを見ていたカズキは今更ヴァッツに感動を覚える事は無い。むしろ傍から見ていて相当な動きを見せていたテキセイの方に俄然興味が沸いたらしい。

「力を示すって難しいね・・・『ヤミヲ』はオレの力とは違うし。」

「『ヤミヲ』?」

また聞き慣れない言葉が出てきたのでテキセイが反応を示すが今日は彼が声を上げる事は無く、この場では口頭の説明だけで終わった。

それから仕方なくカズキと立ち会った彼は本当に強く、むしろここまで強いのであれば大将軍時代に不意を突けばダクリバンを討てただろうにと感じたほどだ。


「あの頃はダクリバンがそこまで非道を振舞っていると知らなかったからな。」


彼は実直な性格であり国を想って真面目に働いてきた人物だ。国王を疑うなど頭の片隅にもなかったのだろう。

「わかった。今はカズキの強さとティナマの覚悟がヴァッツの力の証明だと信じよう。」

最終的にカズキに全勝したテキセイはそう言い残すとまた翌日来ると言い残して帰っていく。

「わらわの覚悟がそのように扱われるとは・・・いずれヴァッツには責任を取って貰わねびゃっ?!」

すぐに口を滑らせるティナマの頬をみょ~んと伸ばした時雨はやっと過去と決別出来るかもしれない期待で何年かぶりに胸の奥が熱くなるのを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る