旅は道連れ -新天地-
あれからクレイスはレナクに着くまでの間バルバロッサの実験に付き合う事となった。
名目上は体を休めるという体になってはいたがこれはあくまでイルフォシアへ向けた配慮であり本来の目的は別にあるのだ。
最後の中継島を出た頃クレイスはバルバロッサの手にいつもと同じ水球を当てると彼の反応を確かめる。
「・・・ふむ。今のところまだ弱体されている感じはしないな。」
現在行っている実験は鍛錬を怠る事による魔術の弱体化を調べていた。というのも巨大蛇から魔力を吸収した事でクレイスはまたも様々な副産物を手に入れた為だ。
まずは水柱。自身の魔力だけで展開するには非常に消耗が激しい為気軽に使用出来るものではないが強大な破壊手段を手に入れる事は出来た。
そしてバスルを貫いていた細剣のような魔術。こちらは水柱を細く圧縮した形で範囲こそ狭小だが突貫力は相当なものだ。
最後に水の鎧。これは水の盾と役割が似ている上に消費魔力を考えると使い道が限られてくる。
なので強大な雷の魔術をしっかりと凌いでいた能力はそのままに盾として展開する事で今までとは比べ物にならない程の防衛手段を手に入れる事に成功していた。
当然これらの現象を魔術に憑りつかれた男が見過ごすはずもなく、クレイスも自身の魔術に関して深い見識を求めている為2人はまたも利害を一致させると秘密裏に協定を結んだのだ。
バルバロッサは毎日クレイスと問答を交わして魔術の指示を出してを繰り返す。それらの結果を事細かく書き記す事も忘れない。
やがてまとめ上げていった研究書は分厚い本へと変わっていく。ただクレイスがそれに目を通す事を許されなかった点だけは唯一の不満だった。
「・・・当然だろう?お前は『ネ=ウィン』の仇敵。あくまでお互いを利用している立場なのを忘れるな。」
国務を忘れて自身の欲望に走る人間の言う台詞とは思えないがもし言い合いなどに発展していきなり気が変わったと敵対行動をとられても困る。
ここは黙って自分の為になる情報だけをしっかりと拾い上げようと心に決めたクレイスは以降も彼の言われるがままに魔術を展開しては問答を繰り返して船旅はいよいよ終着点へと辿り着いた。
一か月ほどの航海を終え、レナクに入港した時は3月が始まっていた。以前来た時と違って海風も暖かさを感じる。
「よっしゃ!今日は送別の宴だ!!お前ら遠慮するな!!」
その夜、船乗り達は自身らが使う大衆食堂にクレイス達を招くと巨大蛇の危機が去った時以上に飲んで歌って大騒ぎしていた。
根暗な人間として定着したバルバロッサも嫌がる素振りをみせずに参加していた事には驚いたが何よりイルフォシアがずっとクレイスの傍を離れないのが気掛かりだった。
様々な場所に呼ばれては一人一人と挨拶を交わして思い出話で盛り上がる。そんな中でも必ず一緒に移動しては隣の席に座ってくるのだ。
(な、何だろう?何か言いたい事があるのかな?)
彼女が隣にいる事自体はうれしくも気恥ずかしい。だが決して嫌ではないので問題なかったが自身から話題に入ったり話をする様子もない。
「何だ何だ?イルフォシアはずっと付いて回ってるだけじゃねぇか!お前も俺らの恩人なんだ。しっかり飲み食いして楽しめよ?!」
クレイスだけではなかったらしい。気になった船乗りの1人が話を振ってくれたので思わず心の中でよっしゃ!と握りこぶしを作るが、
「はい。十分楽しませてもらっています。ただ、ここの所クレイス様はずっとバルバロッサ様に掛かりっきりでしたから・・・その・・・今は隣にいれるだけでも嬉しくて。」
・・・・・
一瞬その場が静まり返った後には冷やかしの言動が飛び交う。いや、イルフォシアに限ってそんな軽率な発言はしないはずだ。深い意味などあるはずもない。
ただ彼女が言う通り巨大蛇を討伐してからは本当にずっとバルバロッサと一緒だった気がする。
一応何も起きないようにとイルフォシアも同席してはいたが2人とも魔術の事で頭がいっぱいだった為彼女に対して気を回す余裕はなかった。
「あ、あの・・・ごめんなさいイルフォシア様。」
申し訳ない気持ちからか、つい謝罪の言葉が漏れてしまうも彼女はにっこりと微笑みを返してくれる。
折角の船旅、しかもイルフォシアは人生の大半を『トリスト』内で過ごしてきた。本当ならもっと一緒に楽しみたかったに違いない。
ここから先はもっと彼女の事を考えて、彼女の為に行動しようと決意を新たに笑顔を向けるとそれをわざわざ挫くかのように件の男が割って入って来た。
「・・・クレイス。ここからどこへ向かうつもりだ?」
彼にしては珍しく少し酔っているらしい。杯を片手にクレイスの逆隣りに座ってくると不躾に尋ねてくる。
「貴方には関係ありません。もう十分魔術の探究心を満たせたでしょう?そろそろ帰られたらいかがですか?」
他意はないのだろうが時々彼女の言動がまるで自分に向けられているのでは?と思う時がある。後ろめたさからバルバロッサの方へ顔を向けてしまうクレイス。
「・・・いいえ。私にはクレイスを母国へ連れて帰るという責務があります。」
それでもバルバロッサは一向に行動する気のない内容を堂々と言い放つ。敵とはいえこういった図太い部分は見習うべきだろうか?
同時に改めて彼は敵対勢力の人物なのだと思い出す。お互いに魔術の探究という目的から協力している部分があるもののバルバロッサはクレイスを『ネ=ウィン』に攫う為にここにいるのだ。
(となるとここで素直に『ジョーロン』の名を出す事もないな。)
自身の中だと西の大陸で知っている国といえば『フォンディーナ』と『ジョーロン』だ。
『ネ=ウィン』から物理的にも相当離れている上にお互いの素性も知っているのでどちらに入国してもそれなりの扱いを受けられるだろうと考えていた。
ただ『フォンデイーナ』には過酷な暑さがついて回る。自分だけならともかくイルフォシアには快適に生活してもらい為最終目的地は『ジョーロン』になるだろう。
考えがまとまったクレイスはこの機に彼の追跡を撒く事も考慮する。確かここから南にも大国があったはずだ。
このレナクの都市をあっという間に攻略し、『ユリアン公国』を滅ぼしたのもその国だとカズキやヴァッツからの土産話で聞いていた。
「えっと、僕たちは南の・・・」
ばぁぁぁんっ!!!
突然食堂の扉がけたたましい音を立てて勢いよく開くとそこから隻腕の大男が勢いよく中に入ってくる。
盛り上がっていた宴の雰囲気は一瞬で収まり皆がそちらに視線を向ける中、登場した大男だけは意にも介さず周囲をきょろきょろと見渡していた。
「この中にクレイスという少年はおるかっ?!」
まさか自分の名前が出てくるとは思わなかった。最初は訳が分からずぽかんとしていたがやがて今度は周囲の視線がこちらに向けられて来た事で隻腕の大男もクレイスの存在に気が付いたらしい。
「おお!お前か!なんじゃ、手紙に書いてあるよりよほど良い少年ではないか。迎えに来たぞ!」
強面だがその雰囲気はどこか恩人に通ずる部分がある。こちらに危害を加えるような相手ではない事はわかるも今は船乗り達と別れの最中だ。
「おいあんた。今夜はクレイスと別れの宴をやってるんだ。急ぎじゃなければ日を改めてくれねぇか?」
声を掛けるのすら憚られそうな大男に船長が代表して声を掛けると船乗り達もやや殺気立つ。もしかすると乱闘騒ぎが起こるかもしれないと誰もが予感したからだろう。
しかし隻腕の大男はすぐに表情を変えて頭に手を置くと申し訳なさそうに弁明を始めた。
「おっと!そりゃすまんかったな!何せクレイスという少年、現在敵国の将軍にその身を狙われているという情報が入ってきていてな?一緒にいるであろう王女と共に保護してくれんか?と頼まれておったんじゃ。」
クレイスからすればよく知っているなぁといった感想しか生まれなかったが周囲は酔いが醒めるほど驚きだったらしい。
まずイルフォシアの身分を明かしていなかった事、クレイスが『ネ=ウィン』に狙われている事、その彼を狙っている本人がこの宴の場に参加している事・・・・・。
尋ねたい事が沢山出てくるも隻腕の大男はこちらの事情までは知らないらしく、ずかずかとクレイスとバルバロッサの間に割って入るとどかりと腰を下ろしてきた。
「そういう事ならわしも参加しよう!いや~よかったよかった!もし『ネ=ウィン』の刺客に襲われでもしたらヴァッツに申し訳が立たん所だったわい!」
友人の名が出てきた事でクレイスの記憶が鮮明に蘇る。確か黒い武器を持っていたからとヴァッツがこねくり回して別の物へと作り直した土産話とその人物の名前を。
「あの、失礼ですが貴方はもしかして父のご友人の?」
「おお!お前がイルフォシアじゃな?!うむ!わしは昔スラヴォフィルと悪さをしておったワーディライという者じゃ!」
『孤高』の1人であるワーディライは早速用意された杯を一気に飲み干すとこちらに向かって笑いながら答えてくれた。
彼が登場してから宴はまた別の様相へと展開していく。
船乗り達もイルフォシアがある程度高貴な身分だとは感じ取っていたらしいがそれでも王女という発想はなかったらしい。
更にクレイスが国を追われているなど自分から告げるわけもなく、ワーディライと共に船乗り達に囲まれた3人は様々な質問を受けては答えるを続けていた。
その合間にクレイスも聞きたい事を挟み込む。
「あの、ワーディライ様は何故僕達がここに来ることをご存じだったのでしょうか?」
「うむ。1週間ほど前に『トリスト』から使者が来ての。クレイスとイルフォシアがここに来たら護ってやってほしいと。しかし国外追放か、人は見た目によらんなぁ。」
しみじみと答えるワーディライに周囲の船乗り達も力強く頷いている。確かに昔は少女と間違えられてはいたが今でも周りからはそう見えているのだろうか?
(まだまだ修行が足りないのかな・・・)
最近癖になっている力こぶを作る動作を見て隣のイルフォシアは笑っている。いや、笑われているのか?
だとすればもっと男らしい体を作らねば!と別の決意を新たにするクレイスに今度はワーディライから不思議そうに尋ねられる。
「しかし『ネ=ウィン』といえば戦闘馬鹿の集まりじゃ。お前達よく襲撃されずにここまでやって来られたなぁ。」
(襲撃はされました。)
と素直に答えればいいのだろうか?現在ワーディライの逆隣りには件の人物が静かに座って酒を飲んでいたのだが今は宴の場だ。
軽く笑って済ませようとするもイルフォシアが身を乗り出してバルバロッサに指を指そうとしたので慌ててそれを抑え込む。
力では絶対に敵わないはずなのに大人しく席に座り直してくれたのはこちらの意図を読み取ってくれたからだろう。
「まぁ何にせよ奴の娘とヴァッツの友人の窮地を見て見ぬふりなどは出来ん。わしの側近も警護に回してあるから今夜は思い切り宴を楽しむが良い!」
恐らくこの場で1人を除いては大いに楽しめただろう。
『ダブラム』の隻腕と呼ばれる将軍を交えた彼らはその後大いに盛り上がり、気が付けば表の空は明るく染まってきていた。
「それじゃあな!海を渡る時はいつでも声を掛けてくれ。お前らなら大歓迎だ!」
船乗り達と別れの挨拶を交わした頃には爽やかな朝日が昇っていた。頭の中は半分寝ていたもののクレイスも彼らと固い握手を交わしてお礼を述べる。
ただイルフォシアは途中で眠ってしまった為、今はワーディライの太い腕に包まれて気持ちよさそうに眠っていた。
「根暗な旅人もクレイスの事頼むぜ?修行だからってあんまり無茶はさせないでくれよ?」
「・・・ああ。」
特に偽名を使った訳でもないのだが今までの行動からか、船乗りやワーディライから怪しまれる事なくやり過ごすことに成功したバルバロッサも何故か送られる側に立っていた。
「さて!それではわしの家に案内しよう!」
いつの間にか用意されていた大きな馬車に誘われるとクレイスもバルバロッサまでもがそれに乗り込む。
(ええ?!まだついてくるつもりなの?!)
思わず声に出しそうになるも彼はさも当然のように振舞っている上にワーディライやその衛兵達も咎める事をしない。船乗りの話から魔術の師匠くらいに受け取っているのだろうか?
(送別会も終わったんだしそろそろ素性をばらしてもいいかな・・・)
前の席で隻腕にもたれ掛かりながら気持ちよさそうに眠るイルフォシアを眺めつつ悩んでいると。
「さて。何故『ネ=ウィン』の4将筆頭である貴様がクレイスと旅をしているのか、そろそろ詳しく聞かせてもらおうか?」
やはり『孤高』である彼の眼は誤魔化せていなかったらしい。
かといって特に殺気立つ様子もなく、自然とそのような事を話し始めたからバルバロッサの方も取り乱す事なくそれに答え始める。
「・・・クレイスの魔術に惹かれました。結果、今に至ります。」
「ふむ。しかし国からの命令はクレイスの身柄を攫って皇子の前に差し出す事じゃろう?」
「・・・はい。ですが私が4将になるにあたり、1つだけ条件を設けさせていただいております。」
条件という言葉にクレイスも反応する。彼の国は戦闘国家として名を馳せてはいるもののその分曲者揃いだ。他の4将達もそうだが彼らは身分や名声とは別に自身の信念を持って行動しているらしい。
「その条件とは?」
「・・・はい。私の場合、魔術の探究。これを何よりも優先に考える事を許されております。」
彼の一言で全てを納得した。だから敵であり目的である人物にもこういった接し方が許されてきた訳だ。
「それが終わればクレイスを連れて国に帰るという訳だな?」
「・・・はい。その時は大きな戦火が巻き起こるでしょう。」
これは自身の研究がひと段落つけば力尽くで攫うという宣戦布告に近い。もちろんその自信があるからの発言だろうがワーディライも『孤高』と呼ばれる人物だ。その護りを貫き通すのはとても難しいのではないだろうか。
「だっはっは。流石戦闘国家の人間じゃ。その時は相手をしてやるが抜け駆けだけはするなよ?」
「・・・はい。」
随分素直に返事をしてこの話は終わったがクレイスから見ればこの男はまだ自分の探究心を満たせていなかったのかと驚いていた。
彼がずっと書き記していた文書はすでに分厚い一冊の書物へと昇華している。
クレイスが新しく手に入れた巨大蛇の魔術の分析もイルフォシアとの時間を犠牲にしつつそのほとんどを解明し終わったはずだ。
更に昨夜、彼女が少し寂しそうに拗ねていた光景が脳裏に焼き付いている。いくらバルバロッサとの修行が自分の強さに繋がるとはいえイルフォシアを蔑ろにしては意味がない。
当分はワーディライの庇護下に置かれるだろう。
ならば少しは羽を伸ばしてもいいはずだ。バルバロッサも今までのように自由には振舞えないだろうしここからは新天地『ダブラム』でもっとイルフォシアの為に行動しよう。
気持ちよさそうに眠る彼女の顔を嬉しそうに眺めていたクレイスはそう決意するといつの間にか眠りに落ちていた。
レナクとシアヌークの航路は需要が高い為月に三度ほど船が入出港する。
クレイス達がワーディライに招かれて『ダブラム』に向かってから10日後、入港した船から赤みがかった髪の少女が降りてくると鼻をひくひくとさせて辺りをうろうろと歩き始める。
それから周囲で慌しく荷の積み下ろしをする船乗り達を引き止めては尋ねるを繰り返していた。
「ん?銀髪で女の子みたいな少年?クレイスって名前?10日ほど前にここに来てた気がするな。」
その中の1人が彼女の質問に心当たりがあったのか足を止めて考え出す。すると彼の同僚達も集まってきて情報が繋がっていく。
「あれじゃねぇか?ワーディライ様が探してた少年。女の子みたいな少年がーってずっと探し回ってたからよく覚えてるぜ。」
「だな。クレイスっていう少年、よほど高貴な人物なのか?今は将軍が保護してるはずだ。」
「そ、そうですか・・・あの、私クレイス様に凄くお世話になって。お礼が言いたくてここまでやってきたんです。何とかお会い出来ないでしょうか?」
線の細い少女は船乗り達に懇願の眼差しを向けている。彼らもそんな少女の健気な言動を微塵も疑う素振りを見せずに顔を見合わせる。
「国王様はともかくワーディライ様は情に厚いお方だ。もし直訴出来たら会えるかもしれねぇが・・・」
「ほ、本当ですか?!わ、私その方の下に向かいます!」
目を輝かせながら手を合わせて喜ぶ様を見て船乗り達も彼女の心意気に感動したらしい、王都に向かう馬車への同乗を取り付けてくれた。
赤みがかった短い髪を持つ少女はそれぞれに深く頭を下げて感謝を述べると一路南へと向かう。
「待っててね。クレイス様。」
人知れず双眸を赤く輝かせたルサナは陰のある微笑みを浮かべつつ愛しい人との再会を心待ちにしていた。
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