Dialog:決戦③

 大隊長室の重厚なデスクを前に、ドニーとクラウスは直立不動の姿勢だった。

 向かってデスクの右脇には第三中隊長のタサキ。感情を伺わせない切れ長の目で、デスクの上に置かれたドニーの端末を眺めている。左手側には捜査一課から連れてこられたロニとモートンが、神妙な顔で成り行きを見守っていた。

 そして、デスクの中央に座る男。

 黒々とした肌と髪。盛り上がった筋肉ではちきれんばかりの、制服の肩。高い、というより大きい、と表現すべき鼻の上に、黒縁の眼鏡を乗せている。その向こうに、異様に鋭い巨大な目。

 本庁警備部第一課、ニューアイランズ駐留戦術警備大隊長、アレクサンデル・ガラムシその人だ。

 自衛軍の退役少佐であり、現役時代は表沙汰に出来ない様々な作戦に従事していたというのがもっぱらの噂だ。冷酷無比な武闘派として知られ、戦術チームの指揮権を握り込もうと画策するイナモリ長官とは鋭く対立していた。

 今、彼の目の前にはドニーの私物の携帯端末が置かれている。

 端末の居並ぶ薄暗い部屋と、アクリルガラス越しに映し出される機械に囚われた人間の群れ。それが視点を移動しながら、かわるがわる映し出されていた。デスクに据え付けられたモニタには、ドニーに送られてきた文書データがすでに表示されている。

ガラムシ大隊長は小さく息をつき、椅子に背を預けた。

「チェルシー・ヤナカ…死んだ女の名だな」

 腹に響くような低い声で、ガラムシはドニーに問いかける。

「はい。個人的にSOCを調べていたもようです」

「その成果がこれか」

 そう言ってモニタに目をやる。文書に目を据えたまま、脇に立つ刑事二人に声をかけた。

「同僚だったお二人にお聞きしたいが…彼女はどんな警官だったかね?」

 ロニとモートンが一瞬、顔を見合わせた。ロニが答える。

「優秀な刑事でした」

 モートンは小刻みに首を縦に振る。

「優秀な刑事であったことは、この資料を見ればわかる。なぜこれを死ぬまで秘匿し続けたかは疑問だが…ドニー」

「はい」

 指先でドニーの端末をデスクの端に押し出すと、ガラムシは顎の下で手を組んだ。端末の画面では、ケリーからの生中継がまだ続いている。

「これを流している人物に、心当たりがあるそうだな」

「ジェニー・コリガン。チェルシー・ヤナカの相棒だった女です」

「なぜ君を頼る。個人的な関係でもあったかね?」

 ドニーはちいさく肩をすくめ、いえ、と答えた。

「彼女は、ヤナカの相棒でした。公私ともに」

 ガラムシはゆっくりと頷く。

 デスクの端末から通知音。ガラムシはモニタを一瞥し、それから横に控えているタサキを目で促した。タサキが口を開く。

「南2区の港湾部で、数度の爆発が起こったと通報があった。十分前だ」

 手元の端末を操作する。デスクとドニーたちの間にホロ映像の地図が浮かんだ。

「問題の敷地はSOCの私有地だ。管轄署がネゴ中だが、向こうは事故の一点張りだそうだ。そしてドニー、君の端末に送られているこの生放送が、まさにこの施設から送信されている」

「お膳立てが整った、って事ですね」

 ドニーが不敵に答える。タサキはわずかに眉をしかめたが、ガラムシは微笑した。

「勇敢で結構だな、ドニー。だが装甲車に乗り込む前に、君に聞いておきたいことがある…そちらのお二人にもお聞きしたい」

 なんでしょうか、とドニーが答え、刑事二人が居住まいを正す。

「今夜の件は確かに、私にとって願ってもない好機だ。だがもしこれが、何者かの策謀によるものだとすれば、やすやすとこれに乗るわけにはいかん」

「これが我々を釣り出す罠だと?」

「偽のタレコミに踊らされて無実の企業施設に突入したなどとなれば、私の首だけではすまんだろうな。それに罠でなくとも、事が済んでから恩を着せてくるような輩が出てこないとも限らん…私は他人に借りを作るのが嫌いだ」

 話しながらデスクの引き出しを開けると、シガレットケースから細い葉巻を一本取り出す。失礼、と言って火を付けた。

「その上で君たちに聞いておきたい…ジェニー・コリガン、あるいはその背後にいると考えられる何者かに、我々を踊らせようという意図があるかどうか。どう考える?」

 ドニーは刑事二人のほうに目をやった。ロニとモートンは再び顔を見合わせる。

「我々を、踊らせる…?」

「ジェニーのやつが?」

 数秒、妙な顔をして考えていたが、やがてロニが断言した。

「ありえないと思います」

「何故かね?」

 ガラムシに問われて、こんどはモートンが口を開いた。

「俺が黒幕なら、あいつを駒にしようなんて思いませんね」

 ガラムシの興味深げな視線を受けながら、モートンは続ける。

「他人に利用されるのが大嫌いな奴で。一度、公安部の若いキャリア組と殴り合いになった事があるくらいですから。まあ、あの時は正直俺もスカッとしましたけど。所轄のデカなんて運転手程度にしか思ってないような奴で…」

 話が横道にそれていくモートンの脇腹を、ロニが肘でつついた。一つ咳払いをして、話を引き継ぐ。

「なんで警官やってたのかわからんような女でしたが…まあとにかく、悪党にも走狗にもなれないような奴でした」

「しかし今回の件、単独で出来るような事でも無いように思うが?」

「個人的なコネでしょう。警官になる前につるんでた友人がいると、聞いたことがあります」

 ドニーが補足を入れる。ずいぶん前に飲んだときに聞いた話だ。詳しい紹介はされなかったが。

「たったそれだけのカードで、企業相手に戦争を仕掛ける人間がそういるものかね」

「いいじゃないですか。惚れた相手を弔うために、勝ち目のない戦争を挑むなんて。俺好みですよ」

「君の好みなど聞いてはおらん」

 ガラムシは椅子に背を預け、腕を組んだ。しばらくモニタを睨みつけ、それからデスクの前に立つ面々の顔を、葉巻に口をつけながらゆっくりと眺め回す。

 ふうむ、と息をついて、全く平静な口調で言った。

「タサキ中隊長。第三中隊はただちに出動。通報のあったSOCの敷地に急行し、状況を確認の上、騒乱があればこれを鎮圧したまえ」

「はっ!」

 タサキが踵を鳴らして敬礼した。ドニーが会心の笑みをうかべ、クラウスは顔を青くした。

「企業軍の反撃が予想される。A装備の使用を許可する。細心の注意をはらうように。かかりたまえ」

 タサキが踵を返し、部屋のドアに向かう。すれ違いざま二人の部下に、先に行くぞ、と声をかけた。

「クラウス」

「はっ!」

「君はそちらのお二人に同行し、刑事部に応援を要請したまえ。施設で違法行為があった場合の対処だ」

「了解しました!」

「お二人、よろしく頼みます」

 クラウスに続いて、二人の刑事も改まって敬礼した。

「課長にも連絡を入れないとな。この時間だと、いつもの店か?」

「自宅じゃないか?夜遊びが過ぎてカミさんに怒られた、ってこないだ言ってたぜ」

 そう話しながら、刑事たちとクラウスが部屋を出る。

 さて、と言ってガラムシがドニーに向き直った。

「夜が明ける頃には、我々は果たして英雄か、それとも市民に牙を剥いた極悪人となっているか、見ものだな、ドニー?」

「クビになったら、一緒に傭兵でも始めましょうか」

 ドニーはそう言って獰猛に笑うと、表情を引き締め、部署に戻ります、と敬礼して部屋を出ていった。

 その背中を見送ってから、ガラムシはデスク上の秘匿有線電話の受話器を持ち上げ、ボタンを押した。

「私です。お休みのところ申し訳ありません。…はい。その件で。確定と言って良いかと。これよりただちに出動に移ります。…はい。…無論です。お任せください。では失礼いたします、警備部長。良い夢を」



 身を沈めたルーシーの頭上を、白刃が飛び去る。

 その姿勢のまま一気に飛び込み、突きを放つ。切先が着流しに触れる寸前、剥き出しの膝がマチェットの背を蹴った。突きが逸れ、脇の下で空を切る。

 その刀身を、マサカドの左手が掴んだ。

 ルーシーが右手を引くが、マチェットは微動だにしない。マサカドが笑う。右手の刀を振り上げる。

 ルーシーが試したのは一度だけだった。顔色ひとつ変えずに左手を腰に回す。体に染み付いた滑らかな動作で、ホルスターから小型拳銃を引き抜いた。

「おっと」

 マサカドはマチェットからあっさりと手を離し、身を翻す。その残像を、9㎜弾の嵐が引き裂いた。

 銃口をかわす動きのまま、マサカドは切先を斜めに振り下ろす。耳障りな音。わずかに身を反らしたルーシーの手の中で、拳銃の銃身が真二つに斬り飛ばされた。

 一瞬呆れたような顔をして、ルーシーは鉄屑と化した拳銃を投げ捨てた。正面から逆袈裟の斬撃。かわしきれず、マチェットで逸らす。黒染めの刀身に傷が増える。

 首を刎ねにくる動き。それを狙ってマチェットの刃を立て、腕を落としに行く。直前で刀の軌道が逸れる。狙いはこっちの手。マチェットを傾け、小ぶりな鋳鉄の鍔で受ける。このデザインのモデルでよかった、と一瞬思う。

 火花。

 鍔迫り合いになる。互いの目を覗き込むような距離。マサカドは笑っている。楽しくて仕方がないという顔で。

 押し合いでは勝てない。ルーシーは相手の呼吸に集中する。それに合わせて、ありったけの力で押し込む。マサカドの笑みが深まり、柄を握る手に力がこもった。

 今だ。ルーシーはタイミングを合わせて、後ろに飛ぶ。

 マサカドに押し出されて、ルーシーの体は五メートルも宙を飛んだ。地面を滑り、たたらを踏んでようやく止まる。

「…はは!」

 一瞬、意外そうな顔をしたマサカドが、声をあげて笑った。

「槍があっても、面白かったかもしれんな」

「次は事前に連絡してよ。銃剣くらいは用意しておくからさ」

 マサカドが目を細めて頷く。その表情が、唐突に曇った。

 数秒後にはルーシーも気づいた。大型車の走行音。傭兵企業のロゴをプリントした輸送車が二台、突堤に向かって近づいてくる。増援だ。

「無粋者めら」

 明らかに気分を害した口調で、マサカドが吐き捨てた。

「ちょっと待ってて」

 そう言うと、ルーシーはポケットの中をまさぐり、スイッチのついた小さな装置を取り出した。伸縮式のアンテナを引き伸ばす。

 輸送車の動きを、じっと目で追う。

 一台目がカーブを曲がり、突堤に入り込んできた。ルーシーはおもむろに装置のスイッチを押した。

 閃光が閃く。

 次の瞬間、おびただしい黒煙が輸送車を包む。一拍置いて、腹に響く爆音が熱風とともにこちらに届いた。

 ほお、とマサカドが声を上げた。花火でも見物するような顔だ。

「もひとつ」

 ルーシーが二つ目のスイッチを押す。再び閃光、黒煙。先頭車が擱座して度を失った二台目が、同じ運命をたどる。

 燃え上がる二台の輸送車を眺めながら、マサカドが感心したように言った。

「準備のいいことだな」

「成形炸薬弾のトラップ。M B Tの正面装甲でも抜くやつだから、まあだいたい死んだと…」

 あれ、とルーシーが声を上げた。

 燃え盛る輸送車のドアをこじ開け、数人の兵士が転がり出てきた。這う這うのてい、といった有様だったが、果敢にもライフルを構える者もいる。

「根性あるなぁ。さすがプロだわ」

 ルーシーはそういうと、マチェットを一旦背中の鞘に収めた。ぶらぶらと歩いていくと、先ほど地面に放り出したライフルを拾い上げる。

「手伝おう」

 いつの間にか刀を収めたマサカドが、立てかけてある弓の方に向かう。

「いいよいいよ。ゆっくりしててよ」

「二人で済ませた方が早かろう」

 弓を取り、矢筒を肩にかける。ルーシーは、悪いね、と苦笑いすると、ライフルの銃口を燃え盛る輸送車に向けた。

 セミオートの射撃音と弓弦の弾ける音が、しばらく交互に響いた。マサカドの放った矢が正確に兵士の眉間を射抜くのを見て、ルーシーは舌を巻く。

「よく当たるね、そんなので」

「まあ、何事も場数と鍛錬だな」

 ルーシーの点射が、輸送車の残骸に隠れていた最後の一人を撃ち倒した。二人はしばらくそのままそちらを眺めていたが、動きは無い。

「…片付いたかな?」

「うむ」

 ルーシーは小走りに、放り出していた荷物類のところに行くと、例の異様な信号拳銃を持ってきた。左手には、細長い弾頭が二つ。燃え上がる輸送車に一発ずつ、それを撃ち込む。黒煙を上げる輸送車に、再びオレンジ色の閃光が瞬く。

 念のためね、とルーシーが言った。

 荷物の所に戻り、ライフルと信号拳銃を放り出す。マサカドは几帳面に、元あった所に弓と矢筒を立てかけた。

「さて」

「ん」

 正確に五歩分の距離を空けて、二人は対峙する。マサカドが刀の鞘を払い、ルーシーがマチェットを引き抜く。

「じゃ、続きやろっか」

「おうとも」

 マサカドが笑い、ルーシーも微笑む。そのまま、二人は同時に地面を蹴った。

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