Dialog:合流
空港直通の急行モノレールの停車駅で、二人は旧友と再会した。
改札を通り抜けてきた彼女は、のんびりとした歩調で二人の前にやってくる。
数秒、互いの顔を眺めた後で、ジェニーが口を開いた。
「おう」
「ん」
それが、ほぼ七年ぶりに再会する友人との第一声だった。
時差ボケでもあるのか、猫のような欠伸を一つすると、眠そうな声でルーシーは言った。
「それで?誰を殺すって?」
駅近くのビルの陰に停めたバンに、三人は乗り込んだ。
「あんた、全然変わんないな」
ケリーが呆れたように言う。ルーシーは意味不明の唸り声のようなもので答えた。
黒い編み上げブーツにODのカーゴパンツ。ぴったりした長袖シャツの上に濃い茶色のミリタリージャケットを羽織っている。荷物といえば、古ぼけたダッフルバッグが一つだけ。およそ都会的とはいえないファッションだ。
にもかかわらず、彼女の美貌は通りがかる者を残らず振り返らせるほどだった。
ほとんど白に近い金髪は緩く波打ち、薄いブルーの瞳は宝石のごとくで、計算され尽くしたような顔のサイズと曲線は、その長身と完璧な調和を成している。わずかに垂れ気味の目尻は常に眠たげな印象を与えるが、それが隙のない美しさの中に一滴の愛嬌を加えていた。
「ジェニー、バイクは?」
薄汚れたバンを不審に思ったのか、ルーシーが運転席に声をかける。
「ちょっと訳あり。その辺も含めて、ケリーが説明してくれるよ」
「あたしがかよ」
ケリーは文句を言ったが、隠れ家に着くまでの間に経緯を説明してくれた。ルーシーは途中窓の外を眺めたり、端末を弄り回したりでおよそ話を聞いているようには見えなかったが、これが常態だと知っている二人は構わず話し続けた。
「…まあ、そんなところ。ちなみにこのバンはスクラップヤードで見繕ったやつ。ナンバーは偽造だから、職質くらったら一発で終わりだから」
一通り話し終わるとルーシーは、ふーん、と面倒げにつぶやいた。
「つまり、そのSOCってカイシャを潰すのね」
おそろしく端的な物言いだったが、ジェニーは否定しなかった。
「物理的に潰すのはその海中施設だけのつもりだけど、まあ結果的にはそうなるかな」
「潰すって簡単に言うけどな」
話の流れを危ぶんだケリーが割って入る。
「どうするつもりだ。会社の雇ってる傭兵だっているだろうし、それに『アレ』だぞ」
「そのへんはどうにかするよ」
ルーシーが平然と言ってのけ、また欠伸をした。
「相変わらず頼もしいなお前は…」
呆れ果てたような顔でケリーがため息をついた。
「ま、計画はベッドに戻ってから話し合うってことで」
「腹へった」
ジェニーが話を区切ったところで、ルーシーが子供のような口調で言った。
「外食は無理だぞ。あたしら一応お尋ね者だからな。ジェニーの手料理で我慢しろ」
「ベジタリアンメニューを特別に作らされる身にもなってくださる?」
「あんたも肉やめてみたら?健康になるよ」
「あんたが酒をやめたらね」
やりあっている間にバンは人気のない地区に入り、そこからさらに脇道に逸れる。「FOR SALE」の看板の吊り下がったビルの間をすり抜けた先に、空き地があった。その端に、ぽっかりと口を開けたトンネルがある。
ジェニーが車を降り、トンネルの前の鉄柵をずらしにかかる。
「あのベッドを見つけたのもあんただった」
「ああ」
「あんたの放浪癖もたまには役に立つって言ってたよな」
「そうだっけ」
ルーシーがジャケットの懐から、潰れたタバコの箱を取り出す。一本抜き出し、咥える。
「窓開けろ」
吸うな、とは言わない。ルーシーは大人しく従う。
傷だらけのジッポーでタバコに火をつける旧友を、ケリーは眺めた。
「今時、外で堂々とタバコ吸おうなんてのはあんたくらいだよ」
「こんな誰もいないとこでも?」
「みんなそう躾けられてんのさ。発想そのものがないんだ。…それ、大事に吸った方がいいよ。あんたのいない間に倍以上に値上がりしてるから」
ルーシーが眉間にしわを寄せた。
ジェニーが戻り、再び運転席に乗り込む。
「手伝ってくれてもいいと思うんだけど?」
「めんどくさい」
「時差ボケ」
喉の奥で刑事流の呪いの言葉をつぶやきつつ、ジェニーは車を前進させた。
トンネルに入り、ふたたび一人で鉄柵をもとに戻してから、バンは暗く狭苦しい通路をゆっくりと進んだ。メガフロートの地下区画はまさに迷宮だ。ケリーが改造したスタンドアロンの旧型電子地図を見ながらいくつかの角を曲がり、小さな梯子の前で停車する。
「ところであんた、今まで何処にいたの?」
梯子を登りながら、ジェニーが下のルーシーにたずねた。
助けを求める連絡を入れた時、帰ってきた返事は「わかった。二十四時間待て」の一言だけで、詳しい話は一つもなかった。そもそもそれ以前に、この数年間はほぼ音信不通の状態だったのだ。
「昨日までいたのはコンゴ」
「また辺鄙なところにいたのね」
言いながらジェニーは頭上の蓋を持ち上げ、中に這い込む。後の二人もそれに続いた。
「第二次FIBの下で中隊長やってたんだけどさ、ウチらの隊でダイヤ鉱山を取り戻してから、政府軍内でお決まりの内輪揉め。飽きてきた所であんたのメールが来たの。里帰りもいいかと思って」
「アレをやったのはお前か…!」
ケリーが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「あたしは大損するところだったんだぞ!ダイヤ相場があれでどれだけ混乱したか…!」
「損しなかったんならいいじゃん」
「国際情勢は複雑怪奇ねえ」
ジェニーはキッチンに向かい、ケリーはふてくされたようにソファに沈み込んだ。ルーシーは部屋の隅にダッフルバッグを放り出すと、「出来たら起こして」とだけジェニーに言ってビーチチェアに寝転んだ。
「昔に戻ったみたいだね」
眠りに落ちる寸前、ルーシーは小さくつぶやいた。
食事の後は作戦会議になった。
ジェニーの作戦は、ルーシーが海中施設の正面入口で派手に暴れて注意をひきつけ、その隙に脇の通用口からジェニーとルーシーが潜入。ウェアラブルカメラを使って施設内をリアルタイムで撮影し、戦術チーム…具体的にはドニーの私用端末…に送信する、というものだった。
「あの施設が、チェルシーが推理した通りのものだったら…まあ資料を見るとまず間違いないと思うけど、もしそうなら、いくら長官の鼻薬が効いてたとしても、市警は動く。特に戦術チームは、便宜上市警の各署に駐屯してるけど、指揮系統は本庁警備部の直属だから、大隊長がその気になれば独自に動ける。そうなれば、あたしらは施設内で粘って騎兵隊を待てばいいってわけ」
自信満々で説明する旧友を、ケリーは憮然とした表情で眺めていたが、やがて陰気に口を開いた。
「それが『作戦』?」
「なによ。文句ある?」
「文句も何も、ぜんぶ他人任せじゃない。戦術チームが動くっていう確証はあるわけ?」
「そこはまあ、多分大丈夫」
ケリーは顔を覆ってため息をついた。それから、ビーチチェアに寝転がったルーシーのほうを振り返る。
「あんたからもなにか言ってよ。プロでしょ」
ルーシーはわずかに首をもたげると、
「戦地じゃ、もっと酷い指揮官はいくらでもいた」
とだけ言って、また寝転がった。
「マトモなのはあたしだけか?大体、そのドニーって男にどうやって連絡つける。ネットのログは確実に追われるぞ。なにか特別な符牒でもあるのか?」
「ないよ、そんなの」
「じゃあどうすんだ」
決まってるじゃない、とジェニーは平然と言った。
「手紙を書くのよ」
ケリーは一瞬、呆気にとられたように沈黙した。
「…いや、だからメールはログを追われるって…」
「そうじゃなくて!手紙!紙に書いて封筒に入れて切手を貼って、ポストに入れるやつ!」
ケリーの反応が予想外だったらしく、ジェニーは説明しながら笑い出した。
「ニューアイランズ市じゃ、手紙は検閲されないよ。よっぽどマークされてる大物でもない限り、ね。知らなかった?」
目を丸くしたケリーの後ろで、ルーシーがケラケラと笑った。
「人間、たまにはアナログに立ち返ってみるもんだ」
それを聞いて、ケリーはそのままソファに倒れ込んだ。うつぶせのまま、不愉快そうな唸り声を上げる。
「わかりましたよ。私が無知でございました。その男と文通でもしてせいぜい上手くやってよ」
「拗ねないでよ。あんたにやってもらう事はまだ山ほどあるんだから」
「さしあたり武器だな」
ビーチチェアからようやく起き上がって、ルーシーが言った。
「急いで来たから、ほとんど置いてきちゃった。こっちで調達できると思ったんだけど、実際どう?」
「アテはある。ただ、どうしてもハッカーの協力がいるわね」
ジェニーのわざとらしい物言いに、ケリーは鼻を鳴らして答えた。それから急に思いついたようにルーシーを見る。
「そういえばあんた、どういうルートで帰ってきたの?空港から尾行がつくかと思ってたけど、そんな気配なかったし」
ルーシーは立ち上がって伸びをしながら、三人の荷物を集めた部屋の隅の方に向かった。
「米軍に乗せてもらった」
荷物を物色しながら、事もなげにそう言った。
「ちょうどこっち行きの輸送便があったから、顔見知りに頼んで。インドのどっかとグアムで給油して…ねえ、酒とかないの?」
半ば呆れ、半ば感心して、二人は荷物をかき回し始めたルーシーを眺めた。
「傭兵って、案外役得があるのね」
「あいつぐらいでなきゃ、そうでもないんじゃない…おい、そのバッグに触るな!」
ケリーの言うことに構わずバッグの中を漁っていたルーシーは、やがて一本のマグナム・ボトルを手に戻ってきた。
「いいのがあるじゃん」
キッチンからコップを取って、ボトルと一緒にテーブルに置いた。素朴な画が描かれたラベルの、シェリーワインだ。
「あんた、これ持ってきたの」
「しばらくロクな楽しみも無いだろうと思ってな」
「開けるよ」
ポケットからマルチツールを取り出したルーシーが、意気揚々と開栓にかかる。ポン、と音がして、甘酸っぱい芳香が地下室に満ちた。
「ルーシーがいたら、一晩でカラだよ」
「わかってる」
ひそひそと話す二人を意に介さず、ルーシーは真紅の液体を無造作にコップに注いでいく。三つのコップが満ちると、それぞれが取って持ち上げた。
「…再会に」
ジェニーが言って、乾杯した。安物のコップは味気ない音しかしなかったが、シェリーは美味かった。
最初に限界を迎えたジェニーがビーチチェアで毛布にくるまった後も、ケリーとルーシーはぽつぽつと話しながら飲み続けた。
ここ数年の近況や仕事の笑い話などをとりとめなく話した後、しばらく二人とも黙った後に、ルーシーが言った。
「自分の番だ、って思ってる?」
コップに口をつけようとしたケリーが、一瞬動きを止める。
じろりとルーシーを睨みつけると、残りの酒を一気に呷った。空のコップを叩きつけ、太い息を吐く。
「…そうよ。悪い?」
そう言ってソファにもたれかかった。頬が染まり、目が据わっている。一方のルーシーはまるで変化がない様に見える。
「メシの好みが合わない相手は苦労するよ」
「知ってる」
ケリーの体が、ずるずるとソファに崩れ落ちる。何かモゴモゴと言っていたが、やがてゆっくりと寝息を立て始めた。
ルーシーはしばらくそれを眺めていたが、やがて部屋の隅から毛布を一枚持ってくると、そっとケリーに掛けてやった。
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