Dialog:初依頼

「お前、やっぱり市警の仕事、辞めるべきじゃなかったよ」

 バーテンのモンドが、ピンクの義手でロックのグラスを差し出しながら言った。

「……」

 ジェニーは上目遣いでその顔を睨みつけながら、黙ってグラスを受け取った。

 小さく音を立てながら、ピンクの右腕がグラスを磨く。パトロール警官時代に、強盗が隠し持っていたDIYショットガンで失った腕だ。もう四世代は前の義肢(マキナ)を、取り換えもせず頑固に使っている。そういう男だ。

 反論が来ないと見て、モンドは続ける。

「1課の捜査員のくせして、ホシを追うより戦術チームと一緒に撃ち合ってる方が多かったような奴がよ、独立して私立探偵なんて無理があるってもんだ。弾代で足が出るに決まってる。そうじゃねえか?」

「うるっさいなあ!」

 ジェニーは声を荒げ、ちびちびと舐めていたウィスキーのグラスをカウンターに叩きつけた。数人の客が振り向き、興味なさげに向き直る。

「あたしだって、ぼんやり警官やってたワケじゃない。ツテも情報源もある。それに弾代は経費で請求できるんだから」

 残ったウィスキーを一気に呷って息を吐き、つぶやいた。

「…一人でも平気よ」

 グラスを置き、指ではじく。溶けはじめた氷の上から、モンドは新たに酒を注いだ。

 日没ちかく。開店直後の店内に、まだ客足はまばらだ。太陽が沈んで、ネオンやホロ・ボードの光がその埋め合わせを始める頃には、今日も混み合うだろう。そうなる前には店を出るつもりだった。

「昨晩、ドニーの奴が来てよ、お前の話が出たぜ」

 ドニー・シャープ。戦術チームの小隊長だ。

「行くアテがないならウチに来ないかってよ」

 モンドの店「8マイル・モート」は市警関係者のたまり場だ。身内の噂はすぐに広がる。彼らの間で、ジェニー・”パイレーツ”・コリガンが署長に辞表を叩きつけたという話は、いまだにニュースバリューを維持していた。

「みんな心配してるぜ。相棒に死なれて自棄になってるんじゃねえかってよ」

「…そんなんじゃないわよ」

 ジェニーはグラスの中に目を落とす。

「…そりゃ、勝手に死にやがって、なんてのは思うけど、それはいいのよ。いやよくないけど、そのホラ…あたしだってそれなりの覚悟ってのは、一応ね?」

 グラスを持ち上げ、わずかに口をつける。

「これでもパトロール勤務含めて七年警官やってるわけだし、死んだ同僚はほかにもいるし…だから、辞めた理由ってのは、そこじゃないの」

 そこで言葉が切れた。モンドが片眉を上げてみせる。

 店先から、古風なベルの音が響いた。

「モンド!いつもの二つ…」

 そう言って入ってきた二人組が、カウンターの方を見て動きを止めた。モンドが小さくため息をつく。ジェニーは無表情だ。

「あー…」

 言葉を探す男に、モンドのほうが先手を打った。

「ロン、パイ。今日は早いじゃないか」

「ああ」

 ロンが答えた。視線をそらしてくれたことが、ジェニーにはありがたい。

「張り込みの交代からまっすぐ。もうクタクタでさ…」

「マイがちょっと遅れててね。すぐ持っていくから、座っててくれ」

 ふたりは曖昧にうなずくと、そのまま奥のテーブル席まで歩いていった。

 ジェニーはウィスキーを飲み干す。そのままスツールを降り、札を置いた。

「もういいのか」

「うん、ごちそうさま。また来るよ」

「そうしてくれ。…気をつけてな」

 小さく微笑んで、ジェニーはカウンターに背を向けた。さっきの二人が何か言いかけるのが見えたが、そのまま店を出る。

 愛用のキャスケットを頭に乗せた途端、つばの先で水滴がはじけた。肩をすくめて、フェイクレザー防弾ジャケットの襟を立てて歩き出す。さいわい、たいした雨ではなさそうだ。モノレールの駅に向かう最初の信号につかまった。

(…ライセンスは月明けには発効する)

 赤信号を眺めながら、ぼんやりとこれからの算段を立ててみる。

(現役から一年以内ならほぼ無審査ってホントだったな…事務所はとりあえず自宅でいいとして、仕事用の端末とアカウントがあった方がいいか…退職金、雀の涙だけどそのくらいは…それから…)

 その時、雑踏と宣伝音声を突き抜けて、一際大きな音楽が鳴り響いた。

 音源は道路を挟んで向こうの大型モニタだ。あかるい木立の中に佇む女。その前に鎮座する石造りの墓標。女声アルトをメインにした音楽はいかにもリラクゼーションを狙ったふうだが、違法改造トレーラーのロードノイズすら圧倒する大音量が全てを台無しにしていた。

 音楽に重ねてナレーションが入る。

『かなしみを乗り越えて。愛する人のおもいでを、永遠に』

 女の前に、幽霊のように半透明の男が現れる。いい役者を使っているのだろう、二人は自然な笑顔で手を取り合う。

『新進のAI技術で、あなたの痛みに寄り添う。ソウル・オラクル・コミュニケーションズは、悲しみに耐える人々の味方です』

 手をつないだ男女の姿がホワイトアウトし、ハートを持って降りてくる天使のイラストと企業ロゴが表示される。ジェニーは、次のCMに切り替わるまでそれを睨み続けた。

 モニタが、新製品の化学リキュール飲料の宣伝に切り替わる。ジェニーはキャスケットを目深にかぶり直し、つばを吐いた。青になった信号を足早に渡る。



「そういうわけで、あたし今日からフリーだから」

 ジェニーはそう言って、見せつけていたライセンスカードを懐に仕舞う。

「まあ七年もいたんだし、ここらでひとつ独立して薄給の公僕稼業から足を洗おうと、そういうわけ。ケチな経理とネゴらなくても、他人のカネで優雅に捜査。その上報酬はがっぽりと、そんな生活がアタシを待っている!」

 そこまで一気にしゃべると、机に出されたカップを取る。湯気を上げるカフェインレスコーヒーを一口すすり、やめときゃよかった、という顔をする。

 対面の女は、面倒臭そうにそれを眺めていた。

 燃えるような赤毛は乱雑の一歩手前という程度に整えられ、ゆったりとした黒のチュニックとパンツ、サンダルといういでたちだ。首にかかる髪をかき上げれば、デバイス・ワイア用ポートが四つ、白いうなじにインプラントされているはずだ。

「…そんなこと言いに、わざわざ来たわけ」

「冷たいこというわね。近況報告も兼ねて、旧友の様子を見に来てあげたんじゃない。ちょっとは喜んでよ」

「どうせ、あわよくばタダでおいしいネタを流してもらおうとか考えてるんでしょ」

 ジェニーの愛想笑いがわずかに引きつった。

「や、やーねぇ、そんなことないわよーぅ」

「ネタを流すのはいいけど、カネは払ってもらうわよ」

 赤毛の女は自分のカップを持ち上げ、口をつける。昔からこいつとはメシの好みは合わなかったな、とジェニーはぼんやりと考えた。

「…わかった。認める。下心があったことは否定しない。ケリーの話はちょいちょい聞いてたし、フリーになったからには使えるコネは総動員しなきゃ、ってのもあるし。依頼するときは、ちゃんと払うよ」

 女、ケリー・マーシアは小さく鼻を鳴らしたが、とりあえずは納得したらしかった。

「それにしても…」

 ジェニーが周囲をぐるりと見渡す。

 港湾地区から少し離れたビジネス街の小さなビルの一室だ。二人のいるエントランスの応接テーブルから、小綺麗な受付と五分ごとに絵が変わる高解像度(ハイ・レズ)ホロ・モニタが見える。

「ハッカーカルトの教祖様って、こんな儲かるの」

「ウチはカルトじゃない」

 ケリーはぴしゃりと言い放ってカップを置いた。

「ここはプログラマとシステムエンジニアの私設スクールで、アタシは代表兼主席講師」

「スリと強盗のスクールでしょ?」

「VXガスを作れるからって化学者を根こそぎ逮捕する?」

 ジェニーは小さく両手を上げ、降参を表明した。口喧嘩で勝てたためしはない相手だ。

「相棒に死なれたんだって?」

 ジェニーの表情が凍りついた。

 目だけを動かしてケリーの顔を見る。表情になんの変化もない。

「…知ってたんだ」

「まあね。小さいけどニュースにもなったし」

 嘘だな、とジェニーは思う。たしかに、警官が死ねば発表がある。だが、彼女が自分の相棒だったということはどこも取り上げていない。

(調べたのか…)

 そう考えると、少し気分が安らぐような気がした。少なくとも目の前の女は、こいつなりに旧友のことを気にしてくれていたのだ。本人は絶対に認めないだろうが。

「辞めた原因はそれ?」

 昔と変わらない遠慮のなさで、ケリーが聞いた。ジェニーは首を振る。

「死んだこと自体は、まあまだ納得できてないところもあるけど…警察を辞めた原因は別」

「なに?」

「……ソウル・オラクル・コミュニケーションズ」

 ケリーが息を吐き、椅子の背に身をしずめた。なにかハッカー特有のジャーゴンで、呪いの言葉らしきものをつぶやく。

「オーケー、だいたいわかった。クソポリ公のあんたのボスがが死んだ相棒のAIを組ませて、あんたに見せた、と」

 ジェニーは肩をすくめてみせたが、いささかぎこちなかった。

「捜査の一環。仕方ないことよ…ってわかってるつもりだったけどね」

「AP弾を叩きつけてやりゃよかったんだ。辞表じゃなくて」

「映してたモニタはぶっ壊しちゃったけど」

 コーヒーにまた口をつけながら、ケリーは多少納得したようにうなずいた。

「あのカイシャは気に入らない…ネットから情報を拾って死人の幽霊を組み上げるなんてのは下衆の極みってやつ。ソレをありがたがる連中もクソ。自分の脳ミソをレイプされてヨガってやがる」

「あのAIが証拠として認められるようになったの、やっぱりウラがあると思う?」

「無いわけないよ…クソポリの親玉か、さらにその上か、いくら積んだのかは知らないけどね」

「だよねえ…」

 ジェニーは溜息をつき、すっかり冷めたコーヒーのカップを眺めた。

 SOC社のAI作成工程は完全なブラックボックスだ。故人の人格を、生前に残した様々な情報から擬似的に組み上げるという大雑把なキャッチコピーが公表されているにすぎない。過去数度、その内容を開示するよう裁判が行われた事もあったが、原告側が勝った例はまだない。そんなものが犯罪捜査の証拠としてまかり通っている。そう考えると、今頃になってげんなりした。

「辞めて正解だよ」

 ケリーが椅子の背に頭をのせたまま言った。そうかもね、とジェニーは思う。

「…そろそろ行くわ。今日はありがと」

 立ち上がったジェニーを、ケリーは意外そうに見上げる。

「飲みに行かないの?失業祝いをしてやろうと思ったのに」

「誰が失業者だ。このあとバイク屋寄らなきゃいけないの。ようやく修理が終わってさ」

 仕事でも乗り回していた私物のバイクは、先々月の神経加速剤(ハイプ)闇取引検挙の時、逆上したチンピラが起こした銃撃戦で弾をくらった。.40拳銃弾を六発。経理部に二時間すわり込んで、なんとか修理代の半分までは出させた。

「だからまた今度ね。初仕事の受注祝いかな」

「だったらそっちのオゴリだ」

「富める者として貧しき者に施そうとは思わないわけ?」

 ケリーは鼻で笑ったが、エレベーターまで見送ってくれた。

「あ、そうそう。仕事用に新しい端末買おうと思うんだけど、オススメある?」

「スカンダ・テックのMIL-spade。買ったら持ってきなよ。セキュリティを書き換えるから」

「なに、さっそく営業?」

「…独立祝いってことにしといてやるよ」

 ポン、とチャイムが鳴り、ドアが開いた。

「アイツからは、なにか連絡あった?」

 エレベーターに入ったジェニーに、ふとケリーがたずねた。

「いや、全然。まあ、便りがないのは…ってやつでしょ。殺したって死なないようなやつだし」

「そうだね…それじゃ」

「うん。また」

 小さく手をふる。ケリーはわずかにうなずいて答えた。ドアが閉まる。

 下降するエレベーターの中で、壁に背を預け、ジェニーは大きく息をついた。天井を見上げ、微笑む。

 会いに来てよかった。



 バイク屋で愛車を受け取り帰宅したジェニーは、自宅マンションの駐車場入口を半ば塞ぐように停められた高級車を見て舌打ちした。

 駐禁切ってやろうか、という台詞が頭をよぎり、自分がもう警官ではないことを思い出して不快感に拍車がかかる。バイクを押しながら、管理人に言いつけてやろうと考えていると、唐突に背後から声をかけられた。

「すみません。ジェニー・コリガンさん?」

 唐突にフルネームを呼ばれて振り向くと、男が二人立っていた。高価そうなスーツ。髪を七三になでつけた笑顔の男と、明らかにボディガードらしいミラーグラスの大男。間違いなく、さっきの高級車から降りてきたのだろう。

 たっぷり三秒間ほど二人を睨め回してから、警戒を隠そうともせずジェニーは答えた。

「そうですけど、どちら様?」

 七三の男が笑顔のまま踏み出す。いつの間にか取り出した名刺を、両手でうやうやしく差し出した。

「わたくしナガヤマ&スタンリー法律事務所のササキと申します。こちらは助手のハン君」

 受け取った名刺をうさんくさそうに眺める間、ササキと名乗る男はそう自己紹介した。

「…法律屋の先生に呼び止められる覚えはないけど。警官も辞めたし」

 ジェニーは名刺を突き返した。ササキはそれを受け取らない。

「そう。その事についてお話がございまして」

 ジェニーの眉間に皺が寄る。

「あたしは円満退職だよ。まあ退職金はたいして出なかったけど…あんたらの出番は無かったはずだよ」

「コリガンさんの退職については、私共も問題視はしておりませんよ」

「じゃあ何さ」

 ジェニーの声に滲んだ怒気を気にもとめず、ササキは続けた。

「お話というのは、チェルシー・ヤナカさんの死についてです」

 沈黙が降りる。

 ジェニーの視線は目の前の男の顔面に固定されたまま動かない。何も読み取れない、無表情な笑顔だ。

「いささか込み入った話ですので、どこかすこし落ち着いた所で…」



 自宅近くのコーヒーチェーンで、二人はテーブル席についていた。

 ハンと呼ばれたボディガードは、少し離れた席にいる。出されたコーヒーに手もつけず、こちらのテーブルと店の出入り口を一定の間隔で見回している。ひょっとすると人型ドロイドかもしれないな、とジェニーはぼんやりと考えた。

「当事務所はSOC社に対し、AI作成工程を開示するよう求める訴訟を何度か取り扱っております」

 ササキがそう切り出した。

「しかし残念ながら、これまでのところ一件たりとも勝訴していないのが現状です。あちらの法務部は優秀ですし、どうも司法関係にもコネがあるらしい」

「ほおん」

 全くの他人事という顔で、ジェニーはコーヒーをすする。

「私どもの方でもいくらか調査をいたしましたが、あちらの機密保持体制はやはり堅固でして…現在に至るも、決定的な情報を掴むことはできておりません」

 ササキはそこで一度コーヒーに口をつけた。

「ところが、ですね」

 おもむろにカップをおろし、続ける。

「最近になって、SOC社の案件に関わっていた当事務所の者が、チェルシー・ヤナカ氏から接触を受けていたことがわかったのです」

「は!?」

 ジェニーが身を乗り出した。

「チェルシーが、あんたのトコの事務所に?」

「やはりご存じありませんでしたか」

 納得したようなササキの物言いが癇に障る。

「正規の捜査ではなかったということですね?」

「…企業相手は二課の仕事。あたしらの管轄じゃなかった」

「つまり、ヤナカ氏の個人的な捜査だった、と」

 ジェニーは黙り込み、視線を落とした。ササキは、先程までと打って変わった無表情で先を続ける。

「職務上のパートナーだったあなたにも秘密にしていたほどです。よほど慎重に調べていたんでしょう…実際のところ私どもは、彼女の死について、この一件が関係しているのではないかと疑っています」

 ジェニーが視線だけを相手に向ける。

「…どういう意味?」

「公式発表の内容は私どもも信じておりません。ヤナカ氏を模したAIによる汚職の自白、その結果としての彼女の死、など」

 カップを握るチェルシーの手が強ばる。それを知ってか知らずか、ササキは続けた。

「AIの作成工程が公開されていない以上、その証言は信頼に足るものではない…いやそれ以前に、殺されたその二日後に犯人が自首、そのまま捜査が終了などというのは明らかに都合が良すぎる。実行犯を操り、事件の早い幕引きをはかった首謀者がいると考えるのが自然です。それが誰かはもうおわかりでしょう」

「つまりあんたは、あのAIの証言はデッチ上げで、あいつが死んだのは『知りすぎた』からだ、って言いたいわけだ」

「端的に申し上げれば、おっしゃる通りです」

 ササキは眉一つ動かさず答えた。

 しばらくその顔を眺めてから、ジェニーはおもむろにテーブル上の呼び出しボタンを押した。

「ビール」

 やってきたウェイトレスにそれだけ言う。さすがに眉を上げたササキに向かって、

「シラフでできるか、こんな話」

と吐き捨てるように言った。

 ジェニーの心中を慮ってか、それとも単に呆れているのか、ビールが到着するまでササキは口を開かなかった。ジェニーが最初の一口を喉に流し込むのを待って、ようやく続きを始める。

「…我々も、多少は調査をいたしまして」

 スーツの内ポケットから取り出したデータメモリは白い艶消しで、骨を思わせる。

「ヤナカ氏の足取りを追って、彼女が何を調べていたか突き止めようといたしました。しかしなにぶん専門外のことで、ここしばらく行き詰まっておりまして…そこにコリガンさん、あなたが警官を辞して探偵を始めるという噂を耳にいたしました」

 ここからが本題、とばかりにササキが身を乗り出す。

「コリガンさん。長くパートナーを務めたあなたなら、彼女の足取りを推理することができるのではないですか?もしヤナカ氏の捜査が何らかの結論に達していたとすれば、それはSOC社に対する切り札になるかもしれない。我々としては見過ごせないのです」

「…あたしに追跡調査をしろっての?」

 ササキは頷いた。骨のようなメモリをジェニーに差し出す。

「我々の調査結果はこちらにすべて収めてあります。ご利用ください」

 受け取ったメモリとササキの顔を何度か見比べてから、ジェニーは大きくため息をついた。

「調べたんならわかってると思うけどさ、チェルシーはデキる警官だったんだよ」

 メモリを脇に置き、ビールを一口呷る。

「腕っぷしもつよいし、銃の腕もいい。頭も切れるし、度胸もあった。ストリートの連中とも上手くやってた…みんなに一目置かれてたんだ。だから」

言葉が切れる。ササキは神妙な顔で聞き入っていた。

「…だから、あいつが、名前も知らないどっかのチンピラに殺されたなんてのは、信じられなかった。いや、今も信じてない。あんたたちと同じだよ」

「では」

「でもね」

 ササキの言葉を遮り、ジェニーは相手の顔をまっすぐに見た。

「問題はさ、この件を調べれば、名前の通った警官をあんなふうに殺せる連中を相手にしなきゃならないって事だよ。初仕事にしちゃハードルが高すぎる」

「危険に足る報酬はお約束します。経費に関しても、必要と思われるものは何なりと」

 タイムラグなしに模範回答が返ってきて、ジェニーは二の句が継げなくなった。苦虫を噛み潰したような顔でしばらく黙っていたが、やおらグラスを掴んで残ったビールを一気に飲み干すと、言った。

「それじゃまず、ここ払っといてくれる?」

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