第61話 最終話 神鬼の選択
神鬼が人界に現れ、人間にとっては長い時間がたっていた。
「こんな時間に誰かやってくるのですか、大王様」
と新米の青鬼は、自分の三倍はある閻魔大王に聞けるはずもない。かなり朝早く来るようにと、昨日自分だけにこっそり言ってくれたのだが、思えばその前から布石のような会話があった。
「私も実は青鬼だった。だが赤の方が力がありそうだからそう見せているだけだ。お前の水色は・・・若い頃の私そっくりだ」
そんな話を聞かされては、頼まれた仕事を嫌だ等と言えようはずもない。
大きな宮殿の中、いるのは自分と大王様だけだ。でも門の戸はほんの少し開いていて、青鬼はこれが不思議ではあった。
そしてその隙間から、ペタペタと足音がする。人がやってきているのだ。
「え? 」
青鬼は首をかしげた。若く、澄んだ瞳の落ち着いた青年だった。
着ているものは地獄の物だが、違和感しか見て取れない。
「人は見かけによらない」とは言うが、地獄で償わなければならないほどの罪を犯した人間とは感じられなかった。
それを証明するかのように、男は閻魔大王の御前、恐怖に怯えるわけでもなく、こびへつらうわけでもなく、静かに膝をつき、頭を垂れた。
「お前の犯した罪は何だ」
決まった台詞のような大王の声に
「人の人生を変えてしまいました、やってはいけないことでした」
素直に男は答えた。
青鬼は鳥のように首をかしげてばかりで、どこか不自然な感じの二人に疑問は大きいものの、自分の経験不足が原因であろうと、最後にはいつものように姿勢を正し、大王の言葉を待った。
この罪人を所定の地獄に連れて行くのが自分の役目なのだ。
「どこの地獄がふさわしいか・・・そうか・・・」
ほんの少し大王が笑ったように思えた。
その後
「この男を最下層の地獄に連れて行け、お前はすぐに帰って・・・まあ、向学のため見に行きたいのならばそれでも良いが」
「え! 最下層の地獄ですか!! 」
青鬼は恐怖した。赤鬼の頭が行ったというその場所のことは伝え聞いていたからだ。鬼も恐れぬ人間達がいるという所、実は若い彼にとっては怖い物見たさのような興味が無いわけではなかった。
「わかりました」
素直にに聞き入れた男はすぐさま立ち上がり、青鬼の行動を待っていた。珍しく鬼は慌てるように閻魔宮殿を出て、後には勿論男が続いた。
二人は歩き始めた。かなり遠くに地獄の釜の湯気が見え、小石のような大きさだが、ピカピカと光る針の山もある。当然、人の悲鳴も耳に届いていた。
その様子を、どこか子供のように見つめるこの男が何者なのかわからないが、さすがに彼も鬼であるので「普通の人間ではないかもしれない」という予想が次第に大きくなった。そしてどこか自分と似たような感じもする。ということは
「時期大神となる神鬼様・・・」と最初に思いついたが
「いやいや、それならば鬼の頭が付き添うはずだ、自分のような者ではあるまい、だとすれば、見た目と同じ、若い何かしらの神であるのか」大人の理論が勝ってしまった。なので
「あの・・・あなたは神格の方ですか? 」
丁寧な言葉に少し神鬼は微笑み
「ええ、そうです。最下層の地獄を見に行き、出来ればどうにかならないかと思いまして」
「どうにかならないか、ですか? 」
「ええ、何もしなければ、現世が悪くなる一方ですので」
神らしい言葉に、青鬼は自然に
「なるほど、わかるような気がします」
穏やかな笑みを見せた。
歩けば歩くほど、人間の声は次第に小さくなっていった。
終
神鬼ーしんき @watakasann
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