第55話 朝の挨拶


「おはよう、海」


 どれだけ眠っていたのかはわからない。途中で何度も目が覚めて、朝鷹の方を見たらまだ横になっていたので、自分も起きるのは止めたのだ。だがそれからの方がきっと深い眠りだったのだろう、疲れはかなりとれていた。


「水だ、海」

「ああ、ありがとう」

竹筒に入った水は、尽きること無く出てくる。これこそ神の持ち物だ。


何事も無かったような朝鷹の様子に安心はしたものの、さてこれからどうするのだろう、どこに行くかは、神である彼が決めることである、と海は考えていた。


「予定など立ててもここでは仕方がなさそうだ、何となく歩いてみようか」

「何となく、か? 朝鷹」

「ああ、とにかく一人でも多くの人間に会えと、大神から言われているような気がする」

「ここの人間に? 」


 結局二人は人間界にいる時の姿になって、この地獄を歩くことにした。すると、昨日は気が付かなかったが、全くの一人でいる人間が、ちらほらといるのに気が付いた。


「行ってみようか」

と、どうも地面に絵を描いている人間の所に向かうと、

「やめようか、海」と朝鷹は足を止めた。

そこには線があって、細かな模様も描いてあるようだった。

「ヘビ、かな? 細かいな・・・・」

うねうねと曲がった線の中にある小さな直線、丸、三角など、楽しげに描いてあるようだった。

「上手だな、褒めてやった方がいいんじゃないのか? 」

「かもしれない、でもきっとそれは今じゃない」

かなり遠くにいるが、描いている真剣な姿には、多少近寄り難さまであった。

すると、こちらに数人が一直線にやってきているのが見えた。ガヤガヤと何かをしゃべり、どう見ても「悪いことをする雰囲気」でしか無かった。


「海、すまないが、あいつらをどうにかしてもらえないか? 」

「わかった、朝鷹」


海は彼らが、このあたりに到着する直前から、地面をズズズ、と滑っては笑っているのを見ていたので、何をするかなどはお見通しだ。



「お前達、また絵を壊しに来たのか? 」

「なんだお前! 見ない顔だな、偉そうに! 俺たちの仲間に入れてやらないぞ」

「悪いことをする仲間になど、誰がなるか」

と、久しぶり人間を遠くに放り投げた。

「痛い、痛い! 」

投げたられた者はそう言い、他の者は、海に向かっていくことも無く遠くに逃げ去った。

絵を描いていた男は、一瞬手を止めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る