第53話 会ったことのない人間

「鬼だ! 鬼だ! 」


 寄ってくる人間の顔は、楽しいような雰囲気があった。だがその人間を遠巻きに見ている者は、よく見てみると地獄の着物を着ていた。

その人間でさえ、自分を見る目に恐怖はなく、ニタニタといやらしい感じの笑いを浮かべていた。地獄では見ない人間の表情であった。


「これが鬼か! 初めて見た! 」

「大きいだろう! ハハハ 」


 海のそばにやってきて、体をペタペタと体を触った。

驚いたのは海の方だ。今まで自分を見た人間で、こんな風な者は会ったことがない。そして気が付くとあっという間に多くの人間だらけになっていた。


「俺にも鬼を触らせろ! 」

「あんた邪魔よ! 前からあんたが嫌いだったのよ」

喧嘩も始まり、いつもなら騒ぎ立てる人間を一括する海が、おどおどとした目で、自分より少し小さな生き物に振り回されていた。

「歌の通り・・・」

海は自分が小さな花になったように、抵抗もすることもなく人に押されながら、ふと地獄の服の人間を見た。

「いい気味だ」そんな声が聞こえてきそうな顔をしていたが、それに対し怒る気も起きないようなうつろな自分が、海は信じられなかった。しかし


「いや、いかん、何をしているんだ俺は! 俺は鬼だ、何を弱気な事を言っている、やっている」


そうして自分の手にしがみついているような人間を振り払った。人ごみの中でそうしたので、もちろん人間同士がぶつかったのだが。


「痛い! 鬼に傷つけられた! 」

「ひどい鬼だ! ひどい鬼だ! 」


という合唱が始まった。

「鬼とはそういう生き物だ」と海が言ったところで、ざわめきで聞こえるはずもなく、その上聞く耳も持たない者達をどうすればいいのか海にはわからない。

すると一瞬で海は空高く上がった。

自分の少し曲がった角を、いい具合に鷹が足でつかんで飛んでいる。


「鷹だ! 大きな鷹だ! 欲しい!! 」


声が下から登るように聞こえたが、


「一度お前の角を鷲掴みにしてみたかったんだ」

「朝鷹!! 大丈夫か? 」

「今のお前に言いたいよ」

「さっきのお前の方がひどかったぞ」

「そうか? もう大丈夫だ」

「なんだよ、心配したんだぞ」

「ありがとう、海」


人間は何かをわめくように言っているが、それが全く聞こえないようなところを、朝鷹は一直線に目指した。 





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