第52話 朝鷹の思い


「朝鷹、大丈夫か? 」


熱にうなされたようなうつろで、苦しそうな顔は、海ももちろん初めて見たものだった。閻魔様に忠告を受けたものの、心のどこかで「そんなことあるはずがない」と思っていたのも確かだった。しかし、朝鷹も神の歴史からは逃れることは出来ない運命なのだと海は悟った。


 腕の良い漆喰職人の塗ったような灰色の空に向かい、海は叫ぼうと思った。しかし、


「海、大丈夫だ、慣れるまで少し時間がかかるだけだ。だが、できれば、私を一人にしてくれないか? 」


「一人? 冗談じゃない! そんな顔色のお前を一人にできるわけがないだろう? 」


その言葉を聞いて、苦しそうな朝鷹は笑みを浮かべた。


「ありがとう、海。でも私は病気の子供ではないから、本当に大丈夫だ。だがいろいろなことを心の中で整理しなければならない、その姿を正直誰にも見られたくはないんだ」


そう言っている朝鷹は、先ほどよりは体調が良いようにも見えた。


「海、向こうの方に人間の集団が見える。できれば一人で行って、様子を見てきてくれないか? きっとそれまでには何とかなっていると思う・・・」


「そうか・・・わかった、行ってみるよ。だが体調が戻らないようならば、すぐにここを出よう」


「ああ、ありがとう、海」


「とりあえず、見に行ってみる」


と少し急ぐように海は歩き始めた。


 

 

 

「どういう所なのだ、何故こんな所なんだ」

歩けば歩くほど、海は怒りに似たような気持が起こってきた。


「歩くのに困るようなところでもない、こんな場所で罪が償えるのか? 何の罰も与えられていないようじゃないか」


けし粒のような人々が次第に大きくなり始めたが、どうも何もせずに地面に座っているようで、海の表情は厳しくなるばかりだ。


「奪い合うと歌っていたが・・・そんな風でもないな」


だが大きな海の姿は、全く遮るもののない場所にいる人間達にも見えたのだろう。一人が気が付くと、大勢が「鬼だ! 鬼だ! 」と騒ぎ始め、逃げるのではなく、あの女と同様、こちらに向かってきた。

 地獄にいる人間は、男も女も一枚の布に頭の穴をあけただけの布に帯という格好だが、ここの人間は、生きていたころの衣服が擦り切れたものを着ているようだ。


海は足を止め、人間すべてがこちらに来るのを待つことにしたが、彼らが近づくにつれ、今まで感じたことのない恐怖が体中を覆った。





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