第51話 御前
「海、お前、珍しく何かやらかしたな。閻魔様が直々にお呼びだぞ」
「え! 」
地獄で仲間の前、驚いて見せたのは、そうする必要があったためだった。嘘も罪の一つであるが、朝鷹と自分の関係はほとんどのものが知らなかったし、話すこともあまりしなかった。こと将来の大神だとわかってからは、神の
「多分朝鷹のことかな・・・」
この前会ったのは半年ほど前で、その時はほとんど人と会わず、
朝鷹は楽し気にほかの動物と戯れていた。いろいろと姿を変えながら。
だから海としては叱られることはないと思っていたので、そう怖がらなかった。
海は閻魔宮殿についた。
べったりとした感じで塗られた極彩色の門、屋根瓦はあるがその色は日に日に違って見えるので、何色であるとは言いがたいが、今日は深い緑色に見えた。
だが、普段はいるはずの番人たちもいない、鬼の十倍もあろうかという古い木の大扉を、一人でゆっくりと開けた。
「あれ、意外に狭かったんだな」
この扉を鬼が開け、人間たちは閻魔様の御前にやってくる。
特に罪を多く犯した者の場合は、まっすぐ伸びた閻魔様への道の横を、鬼がずらりと並ぶ。自分も幾度となく並んだ。極悪人を鬼に知らせるためだ。
その時はとてもこの道が長いと思っていたが、それはひしめき合うように多くの鬼がいたためだと、海はやっと気が付いた。
しかし、真正面にはもちろん閻魔様がいらっしゃる。つやつやとした真っ赤な顔、今日は橙色の服をお召しになられていた。
「閻魔様、海でございます」
膝をつき、海は頭を垂れた。
「海、早速だが、お前に頼みがある」
「頼み? でございますか? 」
「そうだ、大神様からの願いで、朝鷹殿に最下層の地獄を見せてやってほしいというのだ」
「え! 最下層の地獄ですか? どうして・・・」
「それは大神様のお考え故、わからない。だが私も聞いたのだが、大神も何代かに一度はあそこを訪れるそうだ。もちろん私は何度か行ったがな」
「は・・・ということは、私と朝鷹・・様が一緒にということですね」
「ハハハ、様をつけたことがないと見えるな、本当に仲が良いことだ、本当に・・・」
閻魔様は安堵したような顔になり、海を見つめた。
「ただ、海、これは朝鷹殿本人には言わないほうが良いかもしれないが、最下層の地獄に行くと、大神様でも体調を崩されることがあるという。私は・・・何ともなくはないが、そこまで極端なことはなかった。もし、朝鷹殿に何かあったら、大きな声で叫べ、すぐに戻そう」
「そんなに・・・大変な所なのですか? 」
「お前も聞き知ってはいるだろう、我々にとって地獄は住処だが、神々にとってはそうではない。とにかく、体調のことだけを留意してくれ、ああ、それと・・・」
その後大王はあの歌の女性のことを告げたのだが、それよりも海が朝鷹のことをひどく心配しているのが分かったので、閻魔大王は海としばらく話すこととした。海のほうも普段は話すことなどできない大王様に、聞いてみたいことはたくさんあった。それは地獄についての不満や疑問ではなく、すべてが朝鷹に関することであった。
「朝鷹が優れた神であることは間違いがありません、ですが、すべてを背負っているようで、あまりにもかわいそうに思う時があるのです。私たち鬼はむしろ気楽なのかもしれません」
「ほう、鬼のほうが気楽と申すか」
「あ・・・申し訳ございません、下っ端ですので、頭は大変でしょうが・・・」
「お前は・・・心優しいのう、海。朝鷹殿の苦しみが見えるか」
海はそれに答えられなかった。
非道なことをする人間すべてに、本当は朝鷹も鉄槌を下したいであろうとは思う。また自分の非を認めず、他人を責めるばかりの者を見た時の、朝鷹の力が抜けたようなうつろな目が、海にはたまらなく辛かった。それゆえに、二人はここ最近、人前で会うことは少なくなったのである。
海が黙ってしまったので、逆に大王の方が話始めた。
「その昔、大神にふさわしいものを数人育てて、その中でということもあったのだが、人のように「争い」となることがあったので、今はそうはしていない。それが良いかどうかは私にもわからん。
私はお前と同じ、下っ端の鬼から始まり、頭となり、閻魔になった。
地獄での私の仕事の多くは明確であるが・・・まあ、お前もあそこで学ぶことも多くあろう。無理にとは言わんが」
「行きます」
「だが、かなり狭いところを長い時間歩くぞ、お前確か狭いところが嫌いだったろう? 」
「え! 」
歩き始めの海の愚痴はここからきていた。
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