第47話 自然 不自然


 神は自分の名を朝と名乗った。海も名乗り、言葉の組み合わせが良いのに二人は笑った。

そして、早々に計画を実行することにした。




「あ! あれは! 」


 人気の少ないところで海と男は話をしていた。結婚の日取りが近づき、さすがに男は覚悟を確かなものにし、日々を過ごしていた。しかし不意に目に入ったのは、赤い衣の高名な占い師。

道の途中の石に腰をかけ、それが日常になっているのか、石が当たる部分の赤が薄れ、布が所々ほつれていた。

海は人の心が読めるわけではないが、その占い師を見た男の心が、その表情から手に取るように分かった。


「あれは例の占い師だ、だが本物だろうか? 赤い衣は古くなってはいる、でもあれは絹の衣だ。色々な所であの占い師の偽者が現れている。だが、本物であったら・・・嫌、やめよう。占ってもらったからどうなるわけでもない、こちらの決心が鈍ってしまう。それに、占いに払う金品は、これから先のことを考えると使うわけにはいかない。これは神から試されているのかもしれない。誰かに頼っては、未来は開けないのだと言われているんだ」


短い時間で男はきっとそう考え、占い師を遠巻きに避けるように行こうとしたので、逆に海は


「良い顔をしているな、腹をくくった顔だ。だったら尚更あの有名な占い師の前を胸を張って通るといい」


「そうだな、そうしよう、これでは逃げているのと同じだ」

と苦笑し、占い師の前をまっすぐ向いて歩いた。

そして、二人が完全に通り過ぎてしまってからだった。


「若い方、これから大きな事をなさろうという決意が見えますが、おやめなさい」

朝は声をかけた。

胸はドキドキと激しいほど鳴ってはいるが、男はゆっくりと振り返った。

「この占い師が自分の事など知るはずもない。だが彼の経験から、似たような者を見てきたのかもしれない」頭の中では冷静に考えることができていた。

彼が一度打ち立てた、大きな壁のような決心は揺るぎはしなかったが、それに荒波や暴風が途切れることなく当たっている気分になった。



「時の流れに身を任せることは、良いことも悪いこともある。若い方、あなたにとって今「何もせぬ」事は最大の苦痛に違いない。

だが、何よりも若いあなたは大きな間違いがある」



「間違い? 何が間違いなのですか? 心が間違っているとおっしゃるのですか? 」

すぐに若い彼は反論した。


「あなたの心のことではありません。あなたが心を込めて、知識のすべてを使い考えたことを行ったとしても、あなたはその困難に打ち勝つことは出来ない」


「どうしてですか? 」


「相手が何倍も狡猾だからです。心根もないので、言葉を巧みに使い、前に言ったことを翻すことに何のためらいもない。だがそういう人間にも感情はあるので、自分の気に入らないことがあれば、相手を悪人にする大胆さも持ち合わせています。それが他人の残酷な部分に火をつけ、実際にやっている者は「命令だから」という心の逃げ場ができる。だから惨いことをしても己の心を責めることはないのです。

 そんな人間達に勝つことは、若いあなたには難しいでしょう。ましてやその人は地位のある人間で、あなたがそうでないのなら・・・残念ですが表立ってあなたを助ける人はいない。だとすれば、あなたは・・・すべてを失う、自分の命、自分よりも大切に思っている命までも」


 海が気が付くと、男はいつの間にそうなったのか、道に膝をつき、両手で顔を覆ってしまった。


「ああ・・・・」


絶望の声がした。





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