第45話 初めての神


「あなたは・・・」


 海は何よりもその人間の目に惹かれた。はっきりとした、揺るぎのない、大きな意思を感じた。

あの若い男もしっかりとした目をしていると思った。今まで地獄で会った人間は、自分たちに恐怖しながらも、どこか軽蔑した冷たさが、瞳の中にはっきりと見て取れた。


「嘘をついてもわかるんだぞ! 目は口ほどにだ! 」


自分もそう言いながら、人間を痛めつけていたのだが、この若い男はその事実も見てきたような穏やかさがあった。


「あなたは・・・神様ですか? 」


鬼の仲間でないことはわかった、だとしたらこの結論しかない。


「はい、修行中です、あなたもお若い方なのでしょう? 」


「は・・・い・・・」

そう答えて、鬼の先輩の言葉が浮かんだ。

「人の世に出たら、迷うことがある。そのときは神を見つけて助けてもらうといい。彼らの領分なのだから」


「少しお話しませんか? 」

「わかりました」


村から少し離れることにした。


 二人は大きな川の岸辺に行き、大きな石に腰をかけ話し始めた。

海は正直に今まであった事を話し始めた。そして結論として自分が味方をすることを決めたと告げた。


 それを聞いて若い神はしばらく考えていた。水の中小さな魚の群れが泳ぎ、急に反転し、また泳ぎ出す。海もそれを見ながら、半ば神が何を言うかは想像できた。



「閻魔様から咎められることを覚悟の上で、なさるおつもりですか」


「私のこの力は、地獄に落ちた人間を罰するだけの力とは思いません、この力を持って生まれたのですから、良いことをだって出来るはずなのです。あの男は若いだけでは無いと思うのです、地獄で見てきた人間とは違います。私も一度だけ、急に天国に行った罪人を見たことがあります。その人間の瞳ととてもよく似ています。あの男は、その恋人の女も、普通の幸せを望んでいるだけです。将来、地獄にはきっと・・・」

海は言葉が詰まった。心が苦しく感じたのだ。


神はしばらく何も言わなかった。ただチョロチョロと流れる水の音が響いていたが、若い神は海の方を向き、はっきりと言った。


「手助けしてはいけません」

その声が思いのほか穏やかだったので、海は驚いたが


「どうしてですか? 逃がしてやるだけです! 」

「追っ手が来て、追い詰められたら・・・二人はどうしますか? 」

「あ! 」

最悪の結果がすぐさ浮かんだ。殺されるか、それとも自分たちで命を絶つかどちらかになってしまうだろう。そうならないように自分が全力を尽くしたとしても、地獄に戻った後は責任は持てない。他国にまで追ってはこないとは思うが、最近は国々の連絡が整いつつあり、罪人の引き渡しなども行われるようになっている。

海は、己の愚かさを思い知らされた。


しかし、神は優しくこう言った。

「大丈夫ですよ、あなたが手を出さずとも」

「神のあなたが何かなさるのですか? 」

「いえ、何もしません、する必要が無いので」

「どういう事なのですか・・・」


穏やかさが心地よいままだったので、海は信じられると思ったのだが、

「ただ、二人が早まった事をしないようにしなければなりませんね。ちょっと変装でもして」


「変装?? 」


神の言葉とは思えなかった。









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