第44話 海の決心


「そうか、人間になれば通れたか」


海はそう言いながら朝鷹と同じように岩の隙間から中に入った。だが


「内から閉めることは出来ないな、と言うことは」とチラリと朝鷹を見たので、

「わかったよ」と朝鷹が岩に手を当てただけで、岩は自分から元の所に戻るように動いた。


「こんな・・・・簡単なのか! 俺が汗水垂らしていたのに! 」

「地獄で働くお前の姿を見たいと思って」

「何だと!! 」「ハハハハハ」


二人は笑い合ったが、また同じように足を進めながら、すでに鬼に戻り、ぽつりと海が漏らした。


「今の女、お前と会ったときの女に似ているな」


「ああ、偶然だろうと思うがな」

それは海が鬼として初めて人間界に出たときのことだった。


 




 人が村を作り、それが国となり、人々に階級が出来て久しくなった時代であった。


「人間界でいらぬ事は絶対にするなよ。閻魔様からのお仕置きがあるんだぞ」


それは冗談めいたところが一欠片もない言葉だったので、海は心に深く刻んでいた。数日は何事もなく過ごし、海に行ったり山に行ったりということを楽しんでいたが、ふと一人の若い男と出会った。

彼が心深く考え、思い悩む時間が過ぎて、何かを「行おう」としている気迫が見えた。それが「死」と隣り合わせであろうとも。

「俺は旅の途中だ、お前のことを聞いたところで、何も出来ないし誰かに言いふらす気も無い」

その言葉に、男は倒れ込むようにすべてを話し始めた。


 男には結婚を約束した恋人がいた。

だがその地の有力者で、親ほど年の違う男が何人目かの妻にほしいと言いだした。金子をくれるからか、それとも逆らったらありもしない罰を受けると思ったのか、親はそれを受け入れてしまった。

「嫁ぐ日に彼女を奪い去って遠くに逃げるつもりだ。そうすれば彼女の親に責任はかからない。近隣の山の道は調べ尽くしてあるが、その先は正直行ったことがない。旅をしているのであれば、教えてくれないだろうか? 」


 海は悩んだ。手助けまでは出来ない。しばらくは戦が起きないような土地を教えてやったが、心が晴れようはずもない。

話をすればするほど、真面目な男であるし、お互い心底好き合っている。そしてどうもその有力者という男は、美しさでその娘を選んだわけではなく、「仲を引き裂く」のを楽しむような、本当にタチの悪い男であることもわかった。


「やっぱり、手伝ってやりたい。俺ならば無事に彼らを逃がすこと出来る」

そう思うと、自分の心が青い空のように澄み、海はこのことを告げようと男のところに向かった。

 村はいつもと変わらないように見えた。道ばたでヒソヒソと話す年増の女達。時折通る、絹を着た高貴な感じの女性、それに頭を下げる人々。海もまぎれるように頭を下げ、行き過ぎたので歩こうとしたそのときだった。

 

自分の肩が誰かにつかまれているのを感じた。

決して大きな力ではなかったが、海は一歩も先に進むことが出来なかった。




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