第24話 若返り

「神が直々にとはいかがなものか、との大神の声が聞こえてくるようだ」


「ですが指物の神、こちらに来て、とても若々しくなっておいでですよ」


「ああ、さすがにやる気のある若者と一緒におるとこちらも若返ると言うものだ。ヤレヤレ、今日も行ってくるとするか」


「行っていらっしゃい、指物の神。私も少し出かけるかもしれませんが」


「わかりました」


玄関の重いドアが閉まる音がして、部屋は朝食の匂いを少し残したまま、しんとしていた。締め切った窓の外から聞こえる車の音の量も、休日のそれであった。

神鬼はのんびりする事も無く、雷神に会った時の登山用の服に着替え、リュックを背負い、あれ以来履いていないトレッキングシューズを靴箱から取り出した。


「少し軽装過ぎるだろうけれど、ほかの人間に会わなければ良いだけのこと・・・」


ぽつりと独り言を言って、少し目をつぶった。

しばらくの時間、玄関で立ったまま過ごし、



「さあ行こうか」


少し明るめの声を出した。



そして次の瞬間には

神鬼は山奥にいた。


大きな木々が互いを主張するように生えてはいるが、杉のようにまっすぐの木は無く、地面はほとんどが枯れ葉と枯れ枝に覆われていた。

しかし、神鬼が降り立ったのは、わずかにみえる石の部分で、そこには積もった枯れ葉も、不思議と泥もなく、人一人がちょうどまっすぐ立っていられるほどのスペースがあった。


「ここでは見えるかな、すこし隠れようか」


神鬼は枯れ葉の積もった方を向いて、


「虫たちが冬ごもりをしていなければ、私を隠してくれないだろうか」


と言った。


すると、ある部分落ち葉が急に、サササと音を立てて、まるで生き物のように右と左に別れ、かなり大きなくぼみが現れた。

そこは落ち葉と枯れ枝で完全に隠していた穴だった。

「ぴったりだね、どうもありがとう」


神鬼がそこには入ると、落ち葉は今度は逆回転でも始めたように、全く前と同じように戻った。

だが、今度は無音だった。

何故なら、すぐ近くで小さな金属音、足音、そして人の声が聞こえたからだった。




「平安時代から続く薬師の家系でいらっしゃったんですか・・・」


「ええ、この山は薬草の宝庫なのです。ですからずっと守らなければいけませんでしたし、守ってきたのです」


「だからこれだけ希少種があるんですね」


「調査はご自由にしていただいて結構ですが、何をどれだけ採取したという報告は正確にお願いします。もちろん規定量以内で」


「わかっています・・・・・違反したときの罰金でヒーヒー言っている所は知っていますので」


「ハハハ、神様は見ていますよ、とにかく熊と、山火事を起こさないように十分気をつけてください。それでは・・・ここから先は本当に小さな道です。滑り落ちたら最後のようなところもありますので安全第一に」


「頑張ります、七十代のあなたがそうなのですから」


「私は慣れておりますので、それでは」


老人を一人残し、四、五人のグループは重そうな荷物を背負い、さらに山の奥へと向かっていった。それをしばらく見守るように立ったままだったが、老人はあたりを見渡し、明らかに何かを待っているようだった。



「ありがとう、もう十分だ」


神鬼の声はその老人に届いたかどうかはわからない。だが


「オオ!!! 」


かなり先に行っている一行に聞こえるかもしれないほどの驚嘆の声が上がったのは、落ち葉や小枝がまるで扉であるかのように開き、

そこから若い男性が現れたからだった。


「あなた・・・あなただ・・・そう・・・あなただ・・・」


その声は、今度はどこか神鬼を責めるようにも聞こえた。





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