第19話 偏食


「またそのおにぎり? 好きだね」

「簡単に自分で作れますから。外食もそんなにできないですし」


昼食を仕事場で食べながら、神鬼は例のおにぎりを頬張っていた。


「ちょっと野菜不足・・・って今日はサラダも持参? 健康的だね。弁当男子、ハハハ。他の部署の子に話したら、俺が人気者になるかも」

「先輩もずっとコンビニ弁当じゃ、体が壊れますよ」

「家に帰って・・・飯を作る気力なんて残ってないよ」

「すいません、私には祖父がいるので。でも仕事のためにも健康第一ですよ」

「わかりました、休みに作りだめでもします」


 神鬼は二人で仲良くやっていた。彼の言う通り仕事は忙しかったが、先輩曰く

「手の平を反すとはこの事かな・・・」と呟くほど、統廃合も、経費の不透明な支出による来年度の削減措置も手早く進んだ。


「彼らが少なくとも一年前までどんなだったかを教えてやるのは、先になりそうだ」と、ぶちまけたくなる過去の不満も語らず、彼が仕事に集中していたので、神鬼は自分の目的そっちのけで手伝っていた。だがもちろん気が付いたこともあって、その組織は、なぜか国の大きな研究施設の設備を自由に借りることのできる力があるようだった。

「外堀から埋めていくのも良いか」

と思いながら職務をこなしているうち、やはり先輩が神鬼に対し多少なりとも疑問を持つようになった。


「俺は他人のことにあんまり興味がないんだ、昔から。本は好きだけれど、偉人伝的なものは嫌いでね。でも・・・」

「でも、何ですか? 」

「君には、ちょっと聞いてみたいと思ったんだ。

君のご両親って・・・どんな方なんだい? 」

「あ・・・その・・・母親は・・・知らなくて・・・

今は祖父と二人で住んでいます」

「ごめん、込み入ったことを聞いたね、この話はやめよう」

そんな仲になった。

残業も当たり前となり、全く遊ぶことができないのではと先輩は心配してくれたが、神鬼は正直に答えた。


「仲の良かった友達に、とっても良い感じの彼女ができて、どうも結婚まで行きそうなんです」

「つまり、彼が忙しくて遊ぶ暇がないってことだ」

「そういうことです」

「なるほど、でも君にはいないの? 結構いろんな子から聞かれるんだ、俺のことじゃなくて」

彼は苦笑した。

「先輩は・・・もてるでしょうに」

「ずっと仕事が忙しすぎてね、まあ典型さ。付き合ってたら「仕事と私どっちが大事なの! 」って感じでね・・・年のせいかそれが面倒になった」

「確かに仕事が忙しすぎます。人を増やすことはお考えにならないんですか? 」

「この前「新人が優秀だから十分だろう」という上司のありがたいお言葉があってね。確かに君以上の人材はないだろう。金も昇進も目的ではないんだね。とにかくありがたいよ、大変だけど正直今が一番面白い、楽しい。だって昔は自分たちが甘い汁を吸っていたくせに、俺に恨み節を見事に歌い上げるやつばかりだったけど、今はそうじゃないからね。

君はそれに・・・ハニートラップ的なことにも強そうだね、すぐにでもかぎ分けられそうだ」


「そういう女性は色気で押してくるでしょうから。先輩もあったんですか? 」

「あったよ、たぶんそうだと思うけど」


昼休み中も楽しく過ぎていった。


 

だがその日の仕事終わりだった。

二人で一緒に部屋を出て歩いていると、顔見知りの若い女性がじっとこっちを見ている。

先輩は「お先に」と歩調を速めて去っていくと、入れ替わるように女性が神鬼のそばにやって来た。そして手に持ったバックからさらに小さなバックを取り出し

「良かったら食べてください! 」

とそれをちょっと強引とも思えるような感じで神鬼に渡し、彼女は一直線に走り去っていった。


「逃げるように行かなくても・・・」


と神鬼が少し笑ったのは、何人かが見ていたためもある。

とにかく、家に帰ることにした。


「ただいま帰りました」

「お帰り、神鬼殿」

指物の神も東京に来ていた。だが東京という大都会を何よりもうれしく思っていたのは、指物の神だった。江戸指物、この地に様々な思い出のある神にとっては、本当に終の棲家のようであった。

だが、今度の家はコンクリートでできた古いマンションだった。


「どうされた? 食べ物をもらったようじゃな」

「ええ、有無を言わさず渡されました」

「ハハハ! それはバッサリな言いようじゃな。知風も良い子を見つけたようじゃし、その子はどんな子じゃ神鬼殿」

「よく見ませんでした。今はそんな気分にはなれませんので」

「おかわいそうに。だが料理は旨そうじゃな、いい匂いじゃ」

「そうですね、いただきましょうか」


と、いつものように神鬼は食卓についた。指物の神がまるで母親のように鍋でそれを温めていると、神鬼は急に目つきが変わってきた。

そして、指物の神が

「旨そうな匂いだ。これは料理上手な子のようじゃないか、胃の腑をつかむ作戦とみた」と楽しそうに、ちょっと味見をしようとしたとき


「だめです! 指物の神!! 毒だ!!! 」


「え!!! 」


二人の神はしばらくの間、温かな料理の前で凍り付いていた。



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