第二章 人間との対話
第18話 社会参加
人々は自分が思っている以上に「神」という言葉を頻繁に使っている。神棚や神社といった実際に神を祭っている所ももちろんだが、数少ない人間の持っている卓越した技術に対し、賞賛として「神業」であるとか、「その道の神」という具合にである。
そしてこの国にも、そう呼ばれる人がやはり少なからずいる。多くは尊敬の部分がほとんどを占めるはずのこの言葉に対し、そういう意味で使われない人もいた。
「良かったわね、神様、後輩ができて」
「偉く見えるよ、凄く」
「二人目の神になるか? だな」
多くの人は半笑いを浮かべて、廊下を歩く三十代半ばの男性と国家公務員になりたての若い男二人組に声をかけた。
「神様と呼ばれていらっしゃるんですか? 」
「都合の良すぎる神様だよ。こんな風に使っていると、本物の神様から怒られると思うんだけれど」
公官庁がひしめき合う霞が関ビル群の中での話だった。
「さあ、やっと着いた。まあ二人には広い部屋だからいいと思うよ」
と一室に入った。
部屋は十畳ほどだった。四台ほどのデスクとその上にいくつかにパソコンがあった。一つのデスクには資料がたくさんあって、電話、ペン立てもあった。部屋の隅にはとても小さな食器棚とテーブル。その上に瞬間湯沸かし器とコップが一つあるだけだった。
あとは古い来客用のソファーとテーブルが、飾りのように置いてあった。
だが、神鬼はこの部屋の窓以外のところを埋め尽くしているものに驚いた。
「よく、資料が整理されてありますね。医のか・・・」
「いのか? 」
「いえ、ちょっと思い出したことがありまして」
「ああ、そう、とにかく座って話をしよう。スティックコーヒーでいいかい? 」彼の顔はソファーのほうを向き、体はもう食器棚のほうにあった。
「ありがとうございます」
ゆっくりと神鬼は座った。
彼は素早くコーヒーを持っては来たが、明らかに来客用テーブルの高さに慣れていないように、ゆっくりカップを神鬼の前に置いた。
「さすがに少し聞きたいこともある。四月の人事異動直前に急にこ
こに配置転換なんて。君も正月早々大変だね」
「いえ、望んでここにやって来たので」
「仕事の内容はわかっているかい? ここはかなり特殊中の特殊だ」
「省庁の金の無駄な支出を抑えること。使途不明金、不透明な外郭団体の統廃合ということですよね。こんなことを専門にやっている部署があったんですね、内部に」
「まあ、大っぴらじゃないけれど。何せ一人ぼっちになったから。元々大勢いたんだよ、でも一人減り、二人去り、で残ったのはこの部屋だけ」
「仲間が必要な仕事でしょうに」
「志だけは強く持っていないといけないからね、難しいよ。みんな俺が折れるのを待っているのかもしれない。だから正直君が来てくれたのはうれしい。が・・・」
「が、何でしょうか」
「今が正念場なんだ、
正念場というより絶好のチャンスと思っている。
今動かなければいけないんだ。
これこそ神様のくれたチャンスだと俺は思っているんだ。コロナウイルスは確かに脅威だ。感染力が高く、若年層には害が少ないと言われているが、これも将来はわからない。潜伏していて、急にってこともあるかもしれない。
だが俺たちはコロナの事が仕事じゃない。あくまで税金の無駄遣いをやめさせること、しかも身内にだ。
今まではこの身内が味方の部分も持った敵だった。
だが今は違う。国レベルで本当に「財源が必要」な状態になっているんだ。甘い汁を吸っていたとかどうとかいうことを問い詰めることも無く、「バッサリ行かなければ」という気運になっている。仕事の量も極端に多くなるだろう。激務だよ、辞めるのなら今のうちだ」
「私が必要ではないですか? 」
「途中で辞められると困るというのが何よりも本心だ。
俺は今までの経験があって動くけれど、君の場合はそうではない。俺は悪いけれど本気でね。
正しいことを積み上げていかなければ、子孫に負の遺産しか残せなくなる。それを負から正にできる絶好のチャンスなんだ」
情熱的に語る神様を前に神鬼は
「わかりました。早速教えてください。できうる限り頑張ります」
「じゃあ速攻始めよう」
二人は仕事を始めることにした。
神鬼が突きとめていたのは、毒を作ったのがこの国の自然や歴史を総合的に研究するという目的で立ち上げられた、公的な機関であるということだった。だがこの組織自体が大きな建物を持っているわけではなく、代表者は一人で、様々な研究のとりまとめをやっているようであった。もちろん直接的にそこに行くことも考えたのだが、現在のこの国の様子も知りたいと思ったために、国の中枢に入りこむことにした。今回はちょっとした記憶の操作だけだったが、何せデーター上のこともやらなければならなかったので、
「ゲームのようだな」と神鬼はつぶやきながらここまでやって来た。
そしてこの「神様」と呼ばれる男性がいる部署があると聞いて、毒の発生源を突きとめるのにもちょうどよいと、少々からかいの気持ちも持ってやって来た。
「孤軍奮闘というが、本当にこんな人間もいるのか。気骨があるというのは古い言い回しだが、まさにその通り。刀のある時代に生まれていたら・・・少々怖い人間になったかもしれないが」
そう思いながらとりあえず彼の仕事を手伝うことにした。するとすぐに
「凄いね、パソコンを完璧に使いこなしているじゃないか。こりゃ早いよ。こっちの専門じゃないんだろう? 」
「ゲームに近いかな」
「ゲーム? 使いこなすゲームみたいなこと? 」
「まさにそうです」
神の理解力は並ではなかった。
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