第16話 異例の出世


「神鬼からそう呼ばれるとは思わなかった、ハハハ。ああ、様をつけなければいかんかな」


「いいえ、いいですよ、赤鬼の頭」


「全く、やめてくれ、他人行儀だし、皮肉中の皮肉だな」


「あの頃、知風が本当に喜んでいた。自分と同類がいる、俺も鬼になったほうがいいかな、とか」


 二人は小さな川の遊歩道のベンチに座っていた。

曲線のしゃれたベンチの前には、コンクリートでまっすぐ護岸された浅い川が流れている。平日の昼間、体のがっしりした大男と、細身の若い男とは少し面白い組み合わせであると、散歩の年配者は思い、歩き去っていた。



鬼は地獄の使役者、仕置き人である。

それ以上でもそれ以下でもない。



 だから地獄に落ちた人間が束になってかかってこようとも、決して負けない力と知恵を持っている。

つまり、彼らの力は人間の能力を強くしたものであり、神々のように、まして神鬼のように、過去に戻り歴史を変えることなど、できようはずもない。彼らの上司中の上司、閻魔大王様でさえ、その力まではないと言われている。あと鬼の力としてあるのは、人間界に行ったとき、大き目の人間の姿になれるくらいである。

 

 地獄のことに関しては、大神でさえ口すらはさむことはない。だから鬼たちにとっては、閻魔大王がこそが力のすべてであり、神々の事などを気にかけることも少ない。人間界にいるとき以外にはだ。そう、鬼たちは時折この世に出てくる。

何のため、

「息抜き」以外の何物でもない。


自分たちが相手にしている人間の生きている姿と、仕事相手に将来ならない数少ない人間に会うことは、鬼たちにとっても楽しいことのようである。



「人間界で鬼の姿に戻って噛みついたりするから、昔話が残ってしまったろう? 」


「人を食ったことになっていてびっくりした、ちょっとだけ血が出ただけだったのに。甘嚙みだ」


「甘嚙み・・・今なら聞いていいだろう? そのあとどこに? 」


「知っておいたほうがいいか。最下層の地獄の送られた」


「鬼もいない、というあそこか? 」


「ああ、あそこの人間は・・・人間じゃないな。欲求だけしかない。いや、人間ならではの生き物なのかもしれない。動物なら生き残っていない。

毎日祈ったよ「ここから出してください、もう二度とあんなことしません」ってな。だが、簡単に出してくれそうにないから、仕方なしにあそこの人間たちを観察することにした。それが今は、多少・・・ってとこだ」


「地獄の地獄を見た鬼か・・・」


「だが、意外にいるぞ、あそこを見て俺のように出世した鬼が」


「ハハハ、自分で言うとは、凄い」


「成長したと言ってほしいな、神鬼」


楽しく話していた。誰も知ることはない、鬼と神が。



 もちろん鬼たちにとって、神鬼はまさに「神」であり希望であった。大神が鬼のどこの部分を取り入れたのかはわからない。しかし神鬼に会った鬼はすべからく、彼を「仲間」と認識できた。それは人間界で同じ鬼を見つけた時と全く同じようであった。


「なんでも木を生やしたらしいな、大変なことだったろうに」


「そうでもないさ。鬼たちの仕事のほうが大変だ」


「フフフ、皆泣いて喜びそうなことを言う」


「言葉だけしかかけられないから」


「伝えておくよ、その一言が大事なことだ。すべてを解きほぐす。鬼とて言葉を持つ生き物だからな。

そうか、お前が大神になるのだな、とうとう」


「もう少し先になりそうだよ、まだ大神にはお会いしていない」


「本当か? 目覚めて挨拶にもいかずか? 」


「眠りにつくとき、なぜかしつこいまでに言われた。目覚めたらしばらくゆっくり過ごせ、と。自分にわざわざ会いに来る必要ないからと」


「大神になる運命からは逃れられないから・・・か・・・

だが大神の好意に甘えるつもりでもなさそうだな、その目を見ると」


「ああ、聞きたいことがある、四百年分」


「今日中に終わるか? 休暇があと五日なんだが」


「それは大丈夫、一時間後には俺から解放されるさ」



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