第10話 聞こし召す


「私と同じ山に降りられた方がよろしいですよ」


と神鬼が言ったので、雷神はその通りにすると、同じように洗濯物に驚き、片手で数えられるほどの登山者から多少「あれ? この人はどこにいたのかしら? 」という顔をされた。

日が傾きかけていたため、雷神は速足で山を下り始めたが、また再び太鼓の音がした。

それにすぐに呼応して、カラスやほかの鳥たちがうるさいまでに鳴き始め、また家々に飼われている犬までもワンワン、ワオーンと大きな声を上げた。


「今日は一段と良く鳴くね、お前も老犬なのに」と犬小屋の横で人間が言うのを聞いて、雷神はやっとその音が、人以外にしか聞こえないことに気が付いた。


本当は雷神である、少し太めの中年男性は立ち止まり、しばらく空を見上げた。



 だが動物たちの騒ぎ様は飼い主たちが困るほどだった。鳥籠の中のペットのインコも、猫も犬も、鳴かない大きな陸亀までもが、首を長く高く伸ばしたまま、固まったように動かなくなった。

また飛ぶ鳥たちは、どこに行ってもついてくるような、逃れられないその太鼓の音に最初は恐怖した。だが、聞けばそう危険そうな音ではない。今年はどこでも行われなかった、人間の祭りの太鼓のようであった。


「あれは雷神様の太鼓には違いないだろうが、別の神が叩かれているのだろうと思う」

一羽の雀がそう言ったのに、ほかの生き物も納得はしたが、その不思議に、何か理由があるのだろうとも感じた。なので山に住む者は、その奥の奥にひっそりと佇む、老木のもとに自然と集まり、この音の正体は何なのかと尋ねた。

そして尋ねられたどの山の木々も同じようなことを言った。


「あれは神替わりの太鼓、私も本当に幼い時に聞いたことがある」

「あれは神替わりの太鼓と呼ばれるものに違いない、話を聞いたことがある」


そしてこう話を続けた。


「神が替わられるのだ、今の大神が長い眠りにつき、新しく若い神が大神におなりになる。この音を神々が聞し召し、我々も聞くことができた。さあ、聞こうではないか

ゆっくりとした太鼓だ。音は最初は鋭いが、それが徐々に優しく響いてくる。

新しい大神も、そのような御方なのだろう」


太鼓の音はしばらくの間流れ続けた。雷神が指物の神と会う直前まで。



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