第6話 笑いの神


「ハハハハハハ、やはり大神になる人間は違うのお、ワシが神鬼殿のような力があったとしても、昔に戻って建物を造り、ヒトの歴史を細かく調節するなど絶対にやらんことだ。ハハハ、良い事、良い事、だが動物たちの記憶までは手が回らなかったと見えるな、なじみの猫が首をかしげてやってきた」

「そうですね、詰めが甘かったです」

「四百年ぶりに目覚めたその日の夜に、まあ、愉快、痛快、爽快、小さな事とはいえ、全くもって豪快なことだ、ハハハハハ」

 八百万の神々の一人で在られる指物の神は、男性の年老いた姿をしておられました。元々垂れた目は、笑うと七福神の大黒天のようになられるのですが、体はやせており、それが職人の神らしい所のようにも思われる方でした。


「指物の神は昔から私にお優しい」

「そう呼ばれるのも久しぶりじゃ、今じゃ「さしもの」と読めん人間のほうが多い。だが伝統工芸となっておるから、格が上がったかな、ハハハ」

「この世のことを受け入れるのも、素直でいらっしゃる」

「神鬼殿のように眠ってはおらんでな、ああ、面白い、言葉遣いも昔に戻ったようじゃ、ハハハ、楽しいことじゃ。大神がワシに珍しく頼みがあるとおっしゃるから、何事かと思ったら、神鬼殿が目覚めるので、しばらく一緒にいてやってほしいとな。驚くやら何やら」

「大神は・・・私のやった事をお怒りになるでしょうか? 」

「もしお怒りならば、それを鎮めるために喜んでこの命を捧げましょうと申し上げるつもりじゃよ、神鬼殿、ワシはもう生き過ぎたかもしれんので」

「そのようなことを」


「だが、それよりも・・・」指物の神は目を急に輝かせた。


「それよりも、何でございますか? 」

「昨日の昼間に、川の土手にゴミを投げ捨てる常習者の車が、直後に道から転げ落ちたほうが問題なのではないかな」

「何のことでしょう? 」

「ハハハ、神鬼殿、ワシも神の端くれのもんでな。まあ、しばらくはゆるりとなさると良いだろう」

「一週間くらい、と言うのでしょうか、今の時代では」

「そうそう、それが正解じゃ。それより神鬼殿、一つ教えてくれんかの」

「はい、何をでしょう」

「何故その女性のためのそこまでやってやったのじゃ、力を試したかったのもあるとは思うが」

「建物を建てるのが、時代がどれだけ変わったかを知るのに一番良いと思いましたので」

「なるほど、だがそれだけでは無かろうに」

「はい、握り飯が、おにぎりと言わなければならないですか、あまりに美味しかったので。それに自分の分まで私にくれたのです」

「握り飯? そのために? ハハハハハハハハ! 」

「本当に腹が減っておりまして」

「空腹に勝るものはないか! 若い若い! 」


屋根瓦が変色した古い平屋の中から、その日は笑い声が絶えることはなかった。

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