第5話 写生
次の日の午前中、秋のちょうど良い天候を喜ぶように、小学生の集団が町を歩いていた。大きなスケッチブックを、それぞれがきちんと持てるほどの大きさの子供達だった。
「他の人と距離をとってあまり話さないように」との注意は受けていたものの、やはり外に出た興奮と嬉しさからか、次第に会話が生まれてきた。引率の先生達も、多少のことは大目に見ようと、とにかく車との事故が起こらぬよう目を光らせていた。
「あそこの公民館面白いよね」
「うん、木をぐるっと建物が守っているみたい」
「でも植物なんだから太陽の日が当たらないとだめでしょう? 」
「それ、私のお姉ちゃんから教えてもらった。朝はカーテンとか閉めないようにって、あの公民館の建築家が言ったんだって」
「五年生は毎年あの木を描きに行くもんね」
「私、今日説明する人知ってる、公民館の習字教室にいくとき会う人」
「私のおじいちゃん、あの公民館を一緒に建てたのよ。ようせつの建築家っていってた」
「建築家なのに、僕のお父さんと同じ溶接の仕事? 」
「こらこら、あんまりしゃべらない、公民館に着いてからきちんと説明してもらうから。まあ、一つだけ言うとすれば、ようせつというのは「若くして亡くなった」という意味の難しい言葉。とっても将来を嘱望されていた建築家で、しかもイケメン」
「そうなの? 先生」
「それも後のお楽しみ」
楽しげに子供たちは歩いている。その後ろ、かなり離れたところを、一人の若い男が子供の歩調に合わせるように付いてきているのに、教師たちは気づいていた。
そして集団は目的地に到着した。秋の日差しの中、公民館の中央にある木の前に子供たちは座り、白髪の女性がその前に立ち、話し始めた。中心の木は巨木で、二階建ての公民館から、頭が少し飛び出ている。それが視力検査の形のようになった建物と一緒になると、とんがり帽子のようだと、一部の人はこれを愛称のように使っていた。帽子のツバの色は変わらないが、頭の部分は季節により緑、赤、黄色、そして枝模様となった。今は木の実の赤と葉っぱの緑色だった。
「さて、皆さんよく来て下さいました、きっと木も喜んでいるでしょう。でも残念なことに、昨日まで「マミチャジナイ」という眉の白い渡り鳥が来ていたんですが、今日は姿が見えません。ほかの鳥たちも何故か今日は実を食べに来ていませんね。毎年鳥を描く生徒さんもいるので、残念ですが」
「きっとカラスがいっぱいいたから来ないんだよね」
「そう、今日はうるさいくらいにカラスが鳴いてるよね」
「ほんと、ゴミの日じゃないのに」
「ほら、静かにしてお話を聞いて」
「いいんですよ、先生。皆さんこの公民館がとても不思議な形になっていること知っていますか? 今から五十年前くらいにできたものです。私はどうしてもこの木を残してほしくて、いろいろな人に相談しました。しかしその当時「木を守る建物」を造ってくれる人は、なかなかいませんでした。しかしとても才能のある建築家が現れて、この建物を設計してくれました。残念ですが若くして亡くなり、私も何回かしかお会いしたことがありませんが、写真を見せましょう」
「わ、イケメン!! 」
「え? なんか見たことのある人? 」
「どこで? 」
「さっき、後ろのほう歩いてなかった? 」
「ハハハ、嘘ばっかり、マスクしててわかるもんか! 」
その会話を聞いて教師たちは顔を見合わせ、一人の先生が軽いフットワークで、建物の周りに先ほどの男がいないことを確認すると、全員が安堵の表情を浮かべた。
そして先生も生徒も、やるべき事をし始めた。
一方、若い男は、その建築物と木全体が見える、近くのスーパーの屋上駐車場にいた。
警備員が首をかしげるほどの長い時間、立ったままだったので
「あの、どうしたんですか? 」
年配の彼は職務を遂行しなければならなかった。
「ああ、すいません。僕は建築を勉強中なんです。あの建物は面白いなと思って」
「ああ、そうなんだ! あれを建てた建築家は、何でも死後とっても有名になったらしいね。時々地方のニュースになる。そうか、君も建築を、だからずっと見ていたんだ」
「ええ」
若い彼はニッコリと答えた。
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