第4話 告白


「どうかされましたか? 梢の音が、何か気がかりですか? 」

「あなたは若いのに、とても落ち着いていらっしゃるのね、朝に会ったときも思ったのだけれど」

「そうですか? まだ怒られることもあります。今日は私はあなたに良いものを頂いてばかりでしたので、もし何かお礼にできることがあればと思いますが」

「お礼、ですか? 」

「お話の相手にというのはいかがですか? 」

「あなたは・・・人の心が読めるのかしら」

「いえ、そうではありませんよ。失礼ですがお顔の表情から何か特別な事があったご様子なので」

「そうね・・・そう、恥ずかしい後悔の話ですけれど・・・そう、あなたぐらいの年齢の人に聞いていただく方が・・・多少の償いになるのかもしれませんね」

「償い、ですか? 」

「犯した罪は消えないですけれど」

彼女は悲しげに、でも少し微笑んでいた。


二人は建物の外にある手作りの木の椅子に腰掛け、女性は話し始めた。


「私の先祖は古くからこの土地に暮らしてきました。でも兄は若くして亡くなり、私が成人してしばらくたって、父母もなくなりました。元々ここは私の家の土地でした。この場所に公民館を建てたいと市が言ってきたので、生前地区のためいろいろやっていた父の意向もあって、土地をを市に譲渡しました。一つの条件だけを付けて」

「条件? 」

「ここには、樹齢百年になる大きな木が生えていたのです。大きな木でしたが、後々調べたら、この種類の木が、そこまでなるのはとても珍しかったそうです。幼い頃はこの木の下で遊んだりしていました。毎年実がなって、それをたくさんの鳥たちが食べに来ていました。その時はこの木の下には絶対に行きませんでした。糞が降ってくるので・・・でもとても楽しい思い出でした。亡くなった父母も兄もこの木が大好きでした。ですから敷地内に木を残してくれるのでしたら、と言ったのです」

「でも・・・」

「そうです・・・切られてしまいました・・・」

「どうしてですか? 」

「この木を残すと公民館が複雑な形になってしまうからということでした。設計上どうしても無理だからと言われました。今でしたらそれは可能かもしれませんが、何せ昔のことです、コンピューターもない時代、すべてが手書きでしたから・・・」

「押し切られたのですね・・・」

「いえ、私が、いけなかったのです」

「どうしてですか? 」

「私しかこの木を守ってやることはできなかったはずだったのです。木がショベルカーで押し倒され、そのしっかりした根が現れたのを見た時、何故、もっと強く言わなかったのかと怒りと後悔しかありませんでした。私しかいなかったのです、私が木を守らなければならなかったのです。私の祖先もそうやって守ってきたのかもしれなかったのです。私が殺してしまったのは一本の木だけではありません、その木の実を食べて命をつないできた他の生き物たちもそうなのです、私は殺してしまったのです。でも、その当時私は若く、結婚もしていませんでした。「これ以上言ったら・・・私は周りから悪く言われるかも、頑固な女だと思われる、結婚もできなくなるかもしれない」そんな体裁があったのです。そんなことを気にしてはいけなかったのです。「この木を残さないなら、土地は譲らない、返してもらう」そう言えたのは、この世界中で、私しかいなかったのですから・・・」


 公民館には学校から帰って、習い事のためにやってくる子供の姿が見え始めた。二人はしばらくその様子をぼんやりと眺めていた。


「ごめんなさいね・・・孫にも直接話していないような事を」

「いいえ・・・あなたはそれが罪だとおっしゃるのですか? 」

「この世には・・・きっと刑法には触れないけれど、重大な罪を犯した人間はたくさんいるのだと思うんです。それが・・・世の中を悪い方向に向けているんじゃないかって」

「この木があれば、世の中が良くなったと思われるのですか? 」

「実はね、この付近は最近水害が発生するようになってしまったの。もし、あの大きな木がずっと生きていてくれたなら、その数え切れない葉っぱや、枝や実が、たくさん水を吸ってくれたんじゃないかと思って・・・例え一本の木でも、大きな木であればあるほど、その力が強いでしょうから」

「そのことを、責めていらっしゃるのですか」

「もちろん、実際にあの木の実を食べていた鳥たちも大きな被害者になるでしょうね。冬に葉が落ちると、必ずいくつかの鳥の巣があった。私も小さい頃それを家に持って帰ってしばらく眺めていたし、他の子もそうだった・・・」

ちょうどその頃の彼女のような子供たちが、次から次へと公民館に入っていっている。


「面白くない話でごめんなさいね・・・本当にありがとう、聞いて下さって」

「いえ、良い・・・勉強になるお話でした」


二人はお互いお辞儀をして別れた。


その日の夜十時になり、公民館の夜勤の男性は、建物のチェックをすべて終え、入り口に素早くチェーンをかけ、すでに敷地の外に置いてある電動自転車に乗り帰途についた。

その人間と入れ替わるように、フードの男が、低いチェーンをまたいで真っ暗な公民館へと入っていった。



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