第2話 にぎりめし


 多くの人が仕事を始める時間になると、ここが無人駅になった理由がわかるような数の乗客だけになった。この駅で乗る人、降りる人、すべて彼の姿を見たが、朝の人と同じで、いやな感じは全くないが、そう記憶に強く残るような事でもなかった。

だが一人の七十年輩の、美しいまでに白くなった髪の女性は、遠くから彼の姿を飽きることなく見つめていた。それは離れたところに住む孫と背格好がよく似ており、コロナのためきっと会うことは随分と先になるだろうとの思いから、ため息交じりに彼の横を通った。

そして彼女がほかの乗客と全く違ったことは、ここから二駅ばかりの菩提寺に行き、用事のため、そこからすぐさま帰ってきたことだった。

彼女はホームから階段を降りようとしたとき、自然に口に出てしまった。


「あの子はずっとあそこにいるのかしら? 」


大きな声ではなかったものの、自分とあと数人の乗客の足音では消せないようだった。彼女は自分の犯した小さな失礼のため、一番最後に階段を降り始め、ゆっくりと頭を下げるように彼の後ろを過ぎようとしたときだった。

「グウ」

自然な、聞き慣れた音だった。ちょうど昼ご飯の時間だったので、彼は彼女の方を振り向き、目と、マスク中の口が、微笑んだようになっていた。

「おなかがすいているんでしょ? 若いから」

彼女も久々に見も知らずの若者に声をかけた。



「ごめんなさいね、私の作ったものしかなくて」

「いえ、とてもおいしいです。中身は鮭と、昆布と、梅干しと鰹節を混ぜたものですか。大きくて食べていて楽しいです」

「母がよく作ってくれたの。父も兄も大好きだったから、お墓にいくときはいつも持って行くのよ」


二人は電車の高架の下にある、小さなバス停の椅子に座っていた。

おなかの鳴る音が響くほどすいていたのか、彼は行儀はよいものの、本当に一心不乱に食べていた。

「お茶もあるからどうぞ」

彼女がペットボトルの未開封のものを渡すと、彼は少し驚いたような顔を見せたので、

「いいのよ、気にしないで。飲んでちょうだい」

その言葉の後、なぜか彼は急に神妙な面持ちになった。そしてペットボトルの蓋に手をかけ、本当に、驚くようにゆっくりとそれを回して開け、今度は一気にゴクゴクと飲み始めた。


「ありがとうございます、お茶も頂いて。それに、こんなにおいしいにぎりめしは初めてです」

「にぎりめし??? 」

「あ・・・あ・・・おにぎり」

「ふふふ、あなたの年でにぎりめしっていう人もいるのね、面白いわ。時代劇が好きなの? 」

「え、まあ」

「ああ、込み入ったことを聞いたわね、ごめんなさい。私これから用事があっていかなければならないの。あと二つあるからどうぞ。でも後でおなかが痛くなってもちょっと責任は持てないけれど」

「本当によろしいんですか? 」

「ええ、久しぶりあなたくらいの年の人と話せて楽しかったわ、ありがとう」

「こちらこそ、どうもありがとうございます」

じゃあねと、少し若い感じで彼女はバス停を後にした。道を曲がり、コロナの前はコンビニだったところが中華料理店へと改装されているのを見た途端、何故か慌てた感じで持っていた大きめの袋を探り始めた。


「あら? おにぎりとお茶はどうしたかしら? 一度お墓に供えて・・・持って帰ったはずだったのに無いわ。お昼ご飯にしようと思ったのに。ああ、食べ物を供えたままにしないでと言われて何年もたつのに、今日はどうしたのかしら? おかしいわね、取りに行く時間もないし・・・」彼女がそう言っている頃、若い彼はおにぎりを食べながらつぶやいていた。


「ありがとう、ごめんなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る