神鬼ーしんき
@watakasann
第一章 神々との対話
第1話 目覚め
その姿を、意外に多くの人が目にすることができた。
時は十一月だった。
無人駅の始発電車に乗る人々は、日が昇る直前のための、ある種奇跡のような静寂と暗闇の中を歩いた。そして自分の足音とともに駅に着く前に気が付いた。
駅は地方の一級河川のすぐそばにあったため、ホームは二階にあり、自動改札なども設置はされてはいなかった。広い階段は車道側を向いており、煌々と電灯に照らされ、高いところにある階段の踊り場で、ぽつりと一人で立った若い男がいた。
少し重そうなパーカーをかぶり、マスクをして壁を見ている横顔。数年前なら多少恐怖を感じさせるものであろうが、ウイルスの蔓延した現状では、極めて常識的な姿だった。だが、どう見ても若いのに、手にはスマホはなく、音楽を聴いているわけでもなく、ただじっとしたまま、人形のように動かなかった。
年々温かい秋が続いているとはいえ、ホームでは寒いのかもしれないと、彼を横目に数人は階段を上って行った。しかし気温の変化はさほどなく、それよりも町中に目覚ましのように響く発車ベルが鳴っても、あの若い男がやってくる気配はなかった。誰かを待っているのか、どうなのかという疑問がさっと心の中を走ったが、乗客たちはそれを深く考えることもなく、それぞれ一人占めした長い座席で、スマホをいじり始めた。
日は昇った。多くの人が駅にやってきたが、彼はそこから全く動くこともしていなかった。しかしそうであることを誰も知りはしない、なぜなら朝電車に乗り、速攻戻ってくる人間などいはしないからだ。
「ちょっとイケメン」
「そう? 」
女子高生たちは、踊り場を数段昇った所から、本人に聞こえるか聞こえないかという、高度で手慣れた感じの会話を楽しみ、別の女の子は「それは失礼でしょう」という感じで、伏し目がちに彼を見つめた。自分よりも少し年上で整った顔立は、恋という、他の子たちと同じ楽しい想像を生んだ。
一方会社員の男性たちは、人の邪魔にならない所に立った男に、そう興味はなかった。だがどこか知的な風貌は、目の前の写真パネルを熱心に見ているのかもしれないと思った人間もいた。
「そうそう、川を渡るこの電車だ。鉄道マニアにしてはカメラを持っていないけど。パネルを留める釘のところに、目隠しに色を合わせたシールが貼ってある。それを見ているのかな? 」自分と同じささやかな発見を楽しんでいるのかもと考えていた。
全く動かないようではあったが、ただ彼の眼は、時々ほんの少し開いたり、閉じたりということを、ゆっくりと続けていた。
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